come next story 0006 最終話
改装が終わった喫茶店には木の香りが漂っていた。
壁が塗り替えられ、椅子が少し新しくなっても落ち着く空気はそのままだった。
いつもの席で珈琲を飲んでいると、紗英が近づいてきた。
「お久しぶりです」
「うん、整理しに行ってた」
「心の?」
五郎はふっと笑った。誰かに心の中を話ししてもいいと初めて思ったからだ。
「昔の家に、行ってきた 父の声が響いていたあの場所・・・今は別の家族が住んでいて、洗濯物が揺れていたんだ・・・」
「それ見て、どう思ったんですか?」
「くやしさ・悲しさ・寂しさ、色んな思いがまじりあった感じで、もう縛られなくていいんだ、という解放感 あれは俺の人生の全部じゃない、ほんの一部だってことに気が付いた・・・」
沈黙の後・・・
「紗英さんありがとう」
五郎が、ふと言った。
「俺、一人でずっと闘ってきた 誰にも言えず、叫ぶこともできず・・・でも、あなたがそっと傘を貸してくれた日、"誰かが傍にいる"意味を初めて知った。
紗英はそっと微笑んだ。
「それはあなたが手を伸ばしたから」
目に見えない絆がそこに確かに生まれていた。
孤独なレジスタンスにはじめて仲間が現れたような、そんな感覚だった。
喫茶店の窓の外に春の光がそっと差し込んで、見守っていた。
もう、自分を隠す必要はない。
これから先誰かと共に歩いていける、五郎の中に新しい確信が生まれ、それは「絆」であった。