03
村では真剣な話し合いが始まった。
生き残った者たち全員で行われる。
そこに余所者であるクロウは参加しない。
だから、安置されている命の炎のすぐ近くに座って終わりを待っていた。
炎にはあまり近づいてはならないとされていた。古くから続くしきたりで、理由は炎は人を焼くもので、過去何人もの命を奪ったものだからだ。
しかしクロウはそれを気にしていなかった。そのような炎があるのも事実だが、この炎がそうではないことを知っている。
クロウの生まれ育った所は盗賊に襲われ、何とか逃げ果せたのはクロウだけだった。
村のしきたりを通し、命を奪ったから危険だというならば、クロウにとって1番危険なのは人間だ。
そうではない。人間全てがそうではないことをクロウは知っている。
「むしろ、アンタが人を焼くほどの大火なら、どれほど良かったことか」
クロウは火に投げた自分の腕を眺めて笑う。
命の炎に差し込んだこの手は、ただただ温かく、まるで包み込むように、どこまでも優しかった。
確かに人が変わるように、火も変わるのかもしれない。ある日突然人を焼くことがないというのは嘘だろう。
しかし、何年も気が遠くなるほど、温まりを与えてきた炎が、今更そうするとは思えなかった。
そしてそうしてくれれば、人でも何でも食らってくれれば、誰かは生きることが出来るのに。
クロウはそう考えていた。
今も己の役目は火の番。
囚人の相手のように、そうする必要が果たしてあるのか。
悶々と考えはめぐるも答えはなく、うつらうつらとしていた先に、名を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、見慣れた青髪が揺れる。
「居眠り。してたでしょ」
「はい。終わったんですか」
「うん。火の番、ありがとう」
隣に座るハル。
心地よい温もりからか、疲労感からか。大きく声に出してため息をついた。
クロウは眉を寄せる。
ハルがため息をつくのは珍しい。
「……その、火の番って、なんなんですかね」
「うん?」
「囚人じゃあるまいし、番をする必要なんかないでしょう」
クロウはそのため息の理由を聞かなかった。
話したければ話せばいい。
禁じられているなら止めておけばいい。
話せるかどうかもわからないものを、聞き出そうとするのは無粋だ。
「んー。そっか。火の番ね。そう思ってたの?」
「思ってたの、ではなく、そう言われてきました」
「そうね。確かに」
ハルは炎に手をかざす。
「火を守る。話し相手になる。そんなかんじじゃない?」
「見張るのではなくて?」
「見張るも何も、命の火はどこにもいかないわ」
おかしな事言うのね、とハルは笑う。クロウも、抑え込むように笑う。
やはり、ハルは、村人とは違う。
ハルにはハルの考えがあり、受け継いでいるものも、染まっていないものがある。
「でも炎が危ないのもほんとよ。だから腕を突っ込むのはやめてちょうだい」
「了承しました」
いつか、ハルならば、分かってくれるだろうか。
この村の中ではきっと異端であろう自分の考えを。
「……クロウ」
「はい」
「私、行くことになった」
ガタンと音を立てて立ち上がる
物静かなクロウには珍しいことだった。
「………は?」
「行くことになった。聖地に。自分で決めたの」
「……は」
細い肩を掴み、揺さぶりながらクロウは声を上げた。
「何言ってんだ、あんたは!死にたいのか!」
その珍しい大声にひるむことなく、ハルはクロウの手を引きはがす。
「死にたいわけない!生きるために、行くの!」
その目は命の炎が宿っているようだった。
「私がいって、儀式を行う!氷の神様に怒りを鎮めてもらうの!それで帰ってきて、それでもダメなら他の手を考えて……」
「なんであんたなんだよ!」
「私が父さんたちの娘で、元気で力があって、帰って来れると信じてるからよ!」
ハルはクロウの肩を掴んだ。
細い手はか弱くても、決して弱者ではなかった。
クロウは唇を噛み締める。
「……なんでだよ。やめろって言っただろ」
「………」
「俺との約束はなんだったんだよ。親の道を追うなって、一緒に生きるって言っただろ」
「……ごめん」
互いの目が地に落ちた。
目が合うことは無い。
しかし、それでも光を失っていないのは、ハルの目だった。
「約束を破っても、私は皆が生きる道を選ぶ」
クロウは何も言わなかった。
何も、言えなかった。