01
雪に閉ざされた氷の村。
氷の神が守るこの村で、人は凍てつく寒さの中で互いに手を取り合い、支え合って生きてきた。
しかし、それにも限界が訪れていた。毎年、毎月、毎日。気温は下がっていく。
神が怒り、生命がそこにいるのを許さないかのように。
「クロウ。ここにいたのね」
村の高い見張り台に相応しくない可憐な声が響いた。
肌は寒さで少し赤らんでいるが、雪のように白い。長い青髪が首元や背を守るかのように覆っていた。
「…お嬢様、外に出ては危険です。中にいてください」
クロウと呼ばれた男は仏頂面でそう言った。淡く短い茶色の髪には薄く雪が積もり、同じ色をした目はゴーグルで冷たい風から守られている。
首元の、同じ赤い首飾りが揺れる。
この、身も凍る寒さから守るための道具だ。
「もうお嬢様ではないわ。そんなことを言うのもお前くらいなものよ。ハル。そう呼んでって言ってるじゃない」
「身の程はわきまえてます」
「そんなもの、もうないって言ってるのに」
ハルはふうとため息をつく。
「身分も関係なく、みんな寒くて凍えていて、結局なにもできないの。氷の神様の怒りは止まらない。
中も外も、温かさはそう変わらないわ」
「それでもまだ火があるでしょう」
街の中心には、消えない炎がある。
この氷の世界で生きていく上で、必要不可欠な命の炎だ。2人や街の人全員が持つ首飾りもその火からできている。
かつて、命の炎は村全体を温め、人々はその温もりの中で過ごしていた。
その命の炎が。弱っている。
この寒さに負け、小さい灯火のようになっているのだ。
「私は、大丈夫。火の近くには子供たちがいるといいわ」
「……そうですか」
雪と氷の世界を2人で見つめる。
見るもの全て、凍結した世界だ。
温かみもなく、毎日のように村人は凍え死んだ。
村の離れには血さえ流れることの無い氷の遺体が眠っている。しかしそれさえ雪が覆い、ただの白へと変えていた。
そんな景色。
生まれ育った景色をハルは睨むように眺める。
「貴方がここに来たことを思い出すわ。小さな子供で、背丈以上ある雪の中を歩いてきたのよね。かき分けて、かきわけて、外で遊んでた私の前で倒れるんだもの」
「当時、貴方も子供だったでしょう」
「ふふ。そうね。だから驚いたわ。最初雪の精霊かと思ったくらいよ」
「……」
懐かしそうに笑うハルを、クロウはじっと見つめる。
なにか言いたいんだろうと、その顔を見て思った。
「俺も驚きましたよ。こっちは死にそうで必死なのに、精霊さんこんにちはー、とか言って。ふざけてんのかなって思いました 」
「ご、ごめんね。あの時は、その……」
「冗談です」
自分がここから離れなければ、ハルが動きそうにない。
自分の着物をハルに被せ、クロウは手を引く。
「行きましょう。幸いまだ食い物はあります。湯はまだ、命の炎も作ってくれてますから」
「その食料も貴方が狩ってきた魔物の肉じゃない。なのにみんな余所者だって、無駄な見張り役ばかり…」
「いいんです。俺は。でも腹は減ったので、何か食わせてください」
「…わかったわよ」
クロウに手を引かれ、ハルが歩く。
繋いだ手は氷の世界の中でも、神の怒りの中でも、変わらず温かかった。