13人の魔女
この世界には魔法がある。だが全ての人が使えるわけではない。
小さいながらも世界から一目置かれる国がある。
世界は彼の国を魔女の国と呼んだ。
彼の国では1年に一度、13歳の少女から13人の魔女が生まれる。
どこの誰が魔女に選ばれるのかは誰にも分からない。
大店の娘が魔女になった事も、道端の家なし子が魔女になった事もあったのだから。
故に彼の国で幼女を虐める馬鹿は居ない。幼児同士でも争わない。
魔女になった幼児にどんな目に遭わされるか分からないからだ。だって誰が魔女になるかなんて分からない。だれがなってもおかしくないんだから。
でも、馬鹿はいる。どこにだって…ね。
サラは妾の子だった。大きな商家の次男坊と言う中途半端な立場の男がサラの父親だった。母親はその商家の勤め人だったので受け入れざるを得なかったのだろう。元々が遊びで手をつけられたので身籠って直ぐに捨てられた。だが、事態を知った大旦那が匿うように養ってくれた。
勿論それは孫可愛さでは無く世間体と魔女怖さだ。腹の子がもし女の子だったら…
この世界は13才を越えた女に優しくはない。だが万が一にも投げ出して無事に産まれてしまい13まで生きて万が一にも魔女だったら…
故に大旦那は彼女達親子を囲った。サラが穏やかに過ごせたのは3歳までだった。大旦那が急逝した。
サラは母親と共に実の父親と暮らすことになった。
実の父親の家は今まで住んでいたアパルトメントよりも広いが既に父親家族が住んでいたのでサラ達親子の居場所は納屋だった。元々大きな商家の息子ではあったが商才はなく、申し訳程度に持ち店で3番目の店を預けられているだけのやはり中途半端な男の父親に甲斐性などなく大きな家の割に家財の揃わないチグハグな家だった。
その日からサラ達親子のベットは湿った干し草にボロのシーツを被せたものになった。
また、何の因果か父親の母親、つまりサラの祖母たる大奥様は他国の出だった。そして父親の正妻は祖母の親戚筋の出でこれまた他国の出だった。
そしてまた、何の因果か父親が捨てたはずの母に再び手を出し始めた。
因みにサラには異母兄弟となる姉と同じ歳の弟がいたが一緒に遊ぶことなどついぞ無かった。
暫くして母はサラの兄弟を身籠った。
本妻は激怒した。当然だろう。他国から小国に嫁いできて妊娠早々に浮気をされ、捨てたと聞いた浮気相手は義父に匿われ、折り合いの悪かった義父がやっと死んだかと思えば、後始末で浮気相手を押し付けられた。そしてその浮気相手には旦那との子が既にいて、更に子供が出来ただと?その流れには魔女なんてのが絡んでくるから余計に馬鹿馬鹿しくて仕方がなかった。しかし何故女の嫉妬は男でなく相手の女に行くのかは世界の不思議である。
翌月の雪降り仕切る日に母は本妻からの頼みで使いに行き帰ってこなかった。『川の水はさぞ冷たかろう』といった本妻の声はきっと川の水より冷たかった。
それから暫くして今度は父親が死んだ。酒に酔い辻馬車道で寝ていたところを馬に踏まれて死んだらしい。
中途半端な男にはお似合いの死に方だった。
この国の仕来たりなど知らない本妻はサラを虐め始めた。
寒い…お腹すいた…12歳といくつかの月を過ぎた頃のことサラは痩せ細った手を擦り合わせて息を吐いた。母親譲りだった銀の髪はこの数年ですっかり色褪せ白髪のようになり、ボロボロの服と痩せ細った身体も相まって一目見ならば老婆のようだ。
「早くしな!グズ!今日も飯抜きになりたいのかい!」
義母が容赦なく責め立てる。例年より早い冬の気配がする早朝の外で凍えながら洗濯を終わらせた娘に言う言葉ではないと万が一にも他人が聞いたら思うけどだろうが、サラにとっては日常だった。
「ごめんなさい、奥様、もうすぐ終わらせます!だから、せめてスープだけでも…」言い終わる前に頬に痛みが走った。そして頭の上から冷水をかけられる。今日はいつもより機嫌が悪いようだ。今日はきっと夜まで飯抜きだとわかった。
この家に住むもの以外サラの存在は忘れ去られていた。家の敷地からは出た試しはないし、外から見える位置には立ち入りが禁止されていたからだ。サラにとってこの家が大きな世界の全てであった。
無論家族等とは思われていなかった。蔑みの対象。奴隷。使用人以下の小間使い以下。取り敢えずは動くのでこき使う割と便利な雑用人形…そんな程度だ。
元々蓄えの少なかった家に大人1食分程度で働くサラは案外使い勝手がよかった。ただ、存在だけは秘匿した。周りはみんな魔女を信じている。幼女にこんな仕打ちをしているのがバレたら村八分にされるかもしれない。そう思うほどにこの国の国民の意識は本妻には狂って見えていた。まぁ、それは事実、本能的な危機感だったのだろう。
サラの姉は、13歳を過ぎた頃から周りの対応の変化を感じ始めていた。今まで悪戯をしても笑って許してくれていた大人達が許してくれなくなった。
「おい、エマグリーン、お前さん今いくつになったんだい?」父の残した店でおやつになりそうな干し棗をくすねたエマグリーンに店番をしていた雇われもんのおじさんが聞いてきた。エマグリーンにとってここ一年くらいでよく聞かれるようになったことだ。「あと2日で14よ?」くすねた棗を齧りながら小首をかしげた。おじさんはあと2日ならもう目はねぇなと呟くとエマグリーンの頬に思いっきりの良い張り手を与えた。「今までは大目にみてやってたけどなぁ、お前が一月に一体いくら店のもんくすねてると思ってんだ!大奥様がお前に甘くて叱りゃぁ直ぐに泣き喚くから今まで控えてたが、もう容赦はしねぇぞ!」昨日まではこんな事がなかったのに…衝撃で床に尻餅をついていたエマグリーンは謝りもせず走って家まで逃げた。家のドアを入るとそこにはちょうど良い憂さ晴らしのサラが目に入った。幼さに母親そっくりの狂気を乗せた顔がニヤリと破顔した。
エマグリーンはサラの前に食べかけの棗をぶら下げて見せた。昨日から水だけで空腹を凌いでいたサラにとってはこの上ないご馳走だ。涎を必死で飲み込みサラはきいた。「お恵みくださるのですか?お嬢様?」エマグリーンは表情だけでニヤリと笑顔をつくる。そして施しを受けられるよう両手を差し出していたサラの目の前で棗を己の口に頬張った。何度目かの咀嚼のあと嚥下するとエマグリーンの顔は満足そうな顔でサラを見下した。「そんなに欲しかったの?ごめんなさいね〜。代わりにもっと良いものをあげるわ」そう言うが早いか脇にあった薪を手に取るとサラの鳩尾へと殴りつけた。ぐふっと空気の漏れる音と共にサラは床へ転がり込んだ。同年代と比較しても明らかに痩せて小さなサラは簡単に吹き飛んだ。腹を抱えて悶絶するサラにエマグリーンは追い討ちをかけるかの如く蹴り始めた。踏みつけるように…蹴り上げるように、それを執拗に行った。「サラの分際で生意気なのよ、本気で食べれるとでも思ってたの?あんたがもらうのなんて、この蹴りくらいしかないってわからないの?身の程知らず!…まだ私だって魔女の卵なのにぶったあのおっさんも皆んな皆んななんなのよ!!」サラには、エマグリーンが何を言っているのか理解できなかった。ただただこの苦悶の時が過ぎるのを小さくなって待つしかなかった。
サラの弟は12歳になる頃から自身の身体の変化に戸惑いと持て余しを感じていた。同年代と比較してもがっしりとした体つきは母親にとっても自慢だった。事実地域の同年代の子供達とかけっこをしても喧嘩をしても負け知らずの悪ガキだった。そんなドミニクは変声期を迎え性に興味を持ち始めた。3、4つ年上になる兄貴分達の影響であろう。女は嬲るものだと教わったのだ。そして最近生え始めた髭や息子の立髪がそれを肯定するような感情を助長した。しかし、兄貴分達は13歳以上の女の子しか狙って襲わなかった。乳臭いガキは襲わないと言われたが、この国暗黙のルールがそうさせていた。しかし他国育ちの母親に育てられたドミニクにはその感覚が分からなかった。そして快楽を知り欲望だけがたぎった。だが自分より年上の女の子達を1人でどうこうするだけの勇気はなかった。同年代の女の子達は自分よりも成長が早かったから、もし抵抗でもされて逃げられて警務兵でも呼ばれてはたまったものでない…ようは群れなければ何も出来ないいくじなしだったのだ。
しかしながら快楽を覚えた身体は正直に欲望を羨望した。女の体を貪りたいと…
そしてそれは家にいた。ボロ雑巾のように蹲り気を失っているサラがそこにはいた。
いつか自身の父親が浮かべたような卑下た笑顔を浮かべドミニクは義姉の体を地下室に運び込み弄った。まだ小さいながら膨らみ始めた双丘を乱暴に揉みしだき始めた頃、サラは絶望に目を覚ました。声をあげようとしたが即座に気付かれボロ布を口に押し込まれ、秘めたる蕾まで暴かれた。そして姉弟として超えてはならない一線まで…
情事が終わるとドミニクは「この事は誰にも話すなよ。話したらぶっ殺す」そう言い捨てて部屋へと上がっていった。サラは自分から出る自分でない白濁の体液と己の破瓜による朱、目から出る体液に塗れながら唇を噛み締めさらに赤い体液を混ぜ込んだ。今の行為が何であったかは分からないがよくない事であるのだけは本能でわかった。だから地下を覗いていた人影があったのを気づかなかったのかもしれない…人生何度目かもわからなくなった混沌の感情はサラの視線を床に張り付かせていたのだから
暫くしサラは鉛のように重く痺れ、不快な体液を流す躯体を引きずる様に物置へと這いずった。
幸いにもまだ継母は帰ってきていない。空は夕焼けから夜へと手を伸ばしている。早く夕飯を作らねば折檻は確実だったので、サラは汚れた自身の躯体を濡らしたタオルで拭きあげるとヨロヨロと立ち上がり痛む躯体に鞭を打ち厨へと向かった。幸運にもその日継母の帰りは遅く折檻だけは免れた。
しかしドミニクの欲吐きはその後毎日行われた。
その日、それはやってきた。
あと数日で年の瀬という寒い冬の日だった。
夕食を終えたエマグリーンとドミニクはとうに寝た時刻、サラは珍しく応接室にいた。それもエマグリーンのお下がりの今迄着たことのない様な綺麗で柔らかなワンピースを着て。
目の前には禿げた頭に脂ぎった蟾蜍のような顔、でっぷりと突き出した腹から伸びる四肢がアンバランスなほどに短い、太った身なりの良い男…その右手に継母である。
継母は今まで見たことが無いくらい上機嫌な笑顔である。
「エマグリーン、今日からあんたはこの旦那と一緒に隣国で働くのよ。14歳を過ぎて独り立ちする頃なんだから丁度良いでしょう。」
「14過ぎにしては小さいが器量は良いな。これなら処女でなくても金になる。嬢ちゃん、母ちゃんの言いつけ守らねぇで男遊びしたからこんな事になるんだぞ」
隣の男はグフグフと笑っている。
サラはエマグリーンでは無いと、14にもなっていないと声にしたかったが、口からその音は発声されずパカパカと口が動くだけだった。男遊びとは何のことかも口にしたかった。だが先ほど飲まされた殺鼠剤を溶いたような臭いの酷く舌が焼けるような味の薬湯のせいだろう。サラの声は音にならなかった。
サラはそのまま引き摺られらるように黒塗りの馬車に乗せられた。乗り心地は悪く肉の無いサラの臀部が直ぐに痣になるほどに揺れる街道をサラは身体を弄ばれながら行った。声は殺さずとも出ないので発する事は早々にやめた。音を発する事を止めた口には男の逸物を咥えさせられ扱いを間違うと殴られた。逆に上手く扱えれば白濁した生臭い液体を吐き出した後のサラの口に砂糖菓子をくれた。
男が宿に入ってもサラは馬車の中に繋がれ、薄い毛布にくるまっていく夜か過ごした。不思議とあの屋敷よりも上等な毛布と食事に心が揺れた。
身体を弄ばれても秘部を暴くことまで男はしてこなかったのも幸いした。
だがそれも国境までの事だった。
あの夜、愛息子が泥棒猫の子に誑かされたのを目撃した継母はサラをエマグリーンだと偽って隣国へ売ることに決めた。この国では14歳を超えなければ隣国に出ては行けない。14以下で出国する時には必ず役場のに申し出をしなければ行けないのだが、14を過ぎれば自由だ。
故に先日14歳になったエマグリーンの名でサラを売った。13の頃に男遊びをして悪評がたち嫁の貰い手が無くなった。このままじゃ女郎にしかなり用が無いし、家に居つかれても困ると女郎買いに言い訳た。
しかし、サラは国境を越えることが叶わなかった。サラも継母も知らなかった。国境には『国境の魔女の福音』と呼ばれる結界があり許可なく魔女の資格者が国外へ行くのを阻んでいる事を…
人目につかない隣国との境。人狼の森の中の国境を越えようとした馬車は国境の結界にあたるとどういう訳か一歩も動かなくなったのだ。「てめぇ、まだ14未満だったのか?」男はゲンナリとした様子でサラに尋ねた。こういうことは稀にある事なのだろう。サラは頷きもせずに虚な瞳を床に固定したまま人形のようにしていた。深くため息を吐いた男は少しばかりの食べ物と銀貨を3枚握らせてサラを馬車から降ろした。「俺は騙されたんだ。悪いのはお前の母親だ。恨むならそっちを恨めよ」そういうと馬車は不思議と国境を越えて行ってしまった。
サラは途方にくれつつも広い世界に出れた事に喜びを感じていた。やっと手にした自由は国の端の国境線。それも何もない森の中。不思議と笑いが込み上げてきた。「ふふふふふふふふふっ。あはははは!!」なんだかよく分からないがサラは不意に楽しくなってきた。誰も居ない森の中、たった1人と置き去りにされたのになんとも言えない高揚感と全能感に包まれた。
それからいく日経ったであろうか。僅かな食料と川の水で飢えを凌ぎつつ、薄くなった轍をサラは辿っていた。
今宵は下限の三日月なのだと夜空を煽いだ。
見上げると大きな月が笑っているようにサラには見えた。サラの瞳は元の焦茶では無く金朱の不思議な色に光っていた。それこそが魔女への覚醒の序章だった。その日、サラは13歳と13日で魔女へと目覚めた。年の瀬前日今年13番目…今年最後の魔女の誕生だった。
なんだかとっても馬鹿馬鹿しい。なんだか全てが憎々しい。どうして私ばかりがこんな目にあわなければならなかったの?産まれたら場所が悪かった?選べないというのに?でもこの子は違う。そうね、分かったの。私気付いたの。全ては私が魔女になる為の必然だったって。魔女って万能じゃないのね…私の魔法はこれだけなのね…でもいいわ…あいつらに復讐出来るのならなんだって…私という魔女が幸せであれるならなんだって…
いつの間にかサラは国境線から国の中央にある魔塔城と呼ばれる場所にいた。でも驚きは無かった。魔女として目覚めたのを感の魔女が気づき、視の魔女が確認し、動の魔女によって転移させられたのだろう。そして、これから己に起こる事は知っていた。浄の魔女により清められ、飾の魔女により彩られ今いる魔女全ての前に立つのだ。全ては今までの魔女達と同じ道筋。
サラは思い出したのだ。
サラは自分が世の中から忘れられた存在だった。
その魂の傷を標べにサラの魔法は決定された。
故に魔女の本質を
己が魂が忘却の彼方に留めた魂の片鱗のあり方を…
全ての魔女は1人の魔女から生まれた事を…
そして自分達魔女の目的を…
「お帰り。我が同胞よ。」漆黒に身を包み顔にはベールを纏い、紫煙を燻らす妖艶な女がサラの目の前で微笑んでいる。
「欲の魔女とお見受けいたします。私はサラ。今年13番目の魔女として『忘』と『白』の魔法に目覚めました。」サラは事もなく告げる。
「忘却…白紙の魔女は久しいね…辛い思いをさせてしまったようだ。本当に馬鹿な連中だよ。忘却は最大級の禁忌。伝承と忠告すらされぬとは嘆かわしい。」欲の魔女は音もなくサラの頬へ己の手を当てがうと慈愛に満ちたような眼差しでサラを愛しんだ。「お前が最も忘れ去りたい者達に忘却は最大の祝福だと思い出させてやると良い。」今宵の月のように大きく口角を上げ美女は笑う。サラはもとよりと薄く笑みを浮かべ言ってのけた。
継母は最近、自分の身の回りでおかしな事が続いている事に薄寒いものを感じていた。小さな事ばかりで大した事はないのが余計に気持ち悪い…そう思える位なのだ。
事の起こりは忌々しいサラを追い出して半月は過ぎた頃だったろう。順番待ちをしていれば順を飛ばされ「ごめんよ、すっかり忘れちまってな」などと言われる事が増えた。パン屋ではうちのパン生地だけ焼き忘れられていたり、逆に焼かれて取り出し忘れられて黒焦げになっているなんて事もあった。服屋にいけば取り置きをお願いしていた服は売られていたし、店宛てに発注した品のいくつかは届く事がなかった。ツケや借用書は忘れないくせにと悪態をついたがどうしようもなかった。うっかりが重なったのだと自分の不運を嘆くことしか出来なかった。
エマグリーンは最近、自己顕示欲が満たせないことに苛立ちを感じていた。気付いたののはサラが消えて半月過ぎた頃だろう。14歳を迎えて世間は益々エマグリーンに厳しくなってきた。その不平を今まではサラを折檻する事で晴らしていたがそうもいかなくなり、年頃の娘らしく化粧や新しい服を纏い誉めそやされることで充していた。しかし、誰も褒めてくれる事が無くなった。新たな装いを纏ったのだと言っても、流行りの化粧に変えたいのだと訴えても、周りの友だった人々は何が変わったのかわからないと曖昧に笑うだけとなった。どうして誰も気付いてくれないのか…何故誰も褒めてくれないのか…元々のお嬢様気質も手伝ってエマグリーンは奇抜な化粧や派手な服装で気を引こうと努力した。誰にも変化が認められずただの変な装いの頭のおかしな奴と蔑まされ、友は1人…また1人と去っていった。何故誰も私を見てくれないのかと嘆く他なかった。
ドミニクは最近自分の快楽とは何だったのかをしばしば思い出しあぐねていた。そう思い至ったのはサラが消えて半月が過ぎた頃だった。急にいなくなった便器に苛立ちはあったものの思い出しては己の欲を満たしていた。しかし、徐々に快楽の感情が思い出せなくなってきたのである。あれだけ弄んだサラの身体すら上手く思い出せないし、どうして興奮していたのかも忘れてしまった。すると身体は正直な物でドミニクの逸物は雄々しく猛る事が出来なくなった。自分の息子が役立たずになったのが恥ずかしくなり、誰にも知られたくなくてドミニクは家に籠るようになった。触れても腫れもしない自分の息子に夜な夜な泣き嘆き声を枯らす日々を送った。
1人…また1人と一家からは人が離れていった。
1人…また1人と一家の事を忘れていった。
少しづつ店の客も減っていった。
徐々に一家は忘れられていった。
一家が家業で店を営んでいた事もやがて忘れられた。
忘れられた店に客は来ないし、品も届かない。
住んでいる事すら忘れられた家は人が居ても廃墟のようだった。
忘れられた者達は己が不幸を呪ったが何故そうなったのか思い至れない。
そう…サラを忘れてしまったのだから…
故に己を憎み己を呪い不は不を呼んだ。
そして、ゆっくりゆっくりと心から死んでいった。
人が真に死ぬ時は他人に忘れられ語られなくなった時だという。
一家は魔女の呪いによって生きながら死んでいった。
でも死にきれない。
だって、サラが覚えているのだから。
年齢を忘却した魔女は悠久の時を生きる。
まだまだ殺してはやらない。許してやるつもりもない。
側から見たら小さな嫌がらせかも知れないがサラは十分に楽しみながら復讐を行なった。
其々が何故そこで生きて、どういう関係なのか忘れ去り自分の名前すら思い出せず苦しむ様をゆっくりとサラは眺めていた。
死ぬ事すら忘れて死霊となっても尚、サラの復讐はつづいた。
そして、肉体から解放された魂が各々罪を忘れる事を禁じる呪をかけた。
未来永劫自分達が犯した罪を忘却出来ない焼印を魂に刻みつけてやった。
1番幸せな時から徐々に周囲の人々から忘れられる呪いも刻みつけた。
生まれながらにして全ての前世を憶えている。ましてそれが辛いし暗い記憶なのだ。前向きに生きたとて最後は大切な人々から忘れられる。忘却は罪だ。
最後の最後、魂が擦り切れて壊れるその時までサラは見届けた。
それはサラにとって最大限の家族への感謝だった。
私を忘れてくれてありがとう。
私を魔女にしてくれてありがとう。
魔女の呪いは恐ろしい。
人知れず呪われ、人知れず消えて行く。
だから人々は讃えなければならない。
魔女の怖しさを…