それ以前に少なくとも一回以上は発生していた
中学生のとき眠れない夜はよくあった。ただ大体は日中の出来事による、過剰なエネルギーで尖った眠れない夜だった。気に食わない友達とモメた日、理不尽な教師と怒鳴り合った日、自分の下駄箱に修学旅行の写真の顔を切り抜かれ、死ね、と書かれて貼られていたような日の夜、二、三人の容疑者を思い浮かべる男は興奮して眠れなかった。残念なことだが女の子を好きになって眠れない素敵な長い夜はなかった。その一方で「夜の蓋」の夜も何度かあった。耳を熱くしたまま悶々とする場合とは違い、あの気配を感じると少しほっとしたものだった。今夜は「あれ」だ、と思えたからだ。
少年だった男は布団の中で身体を丸め「夜の蓋」を開けた。当時はまだしっかり残っていたあの匂いを嗅いだものだ・・・・・・。
小学生のときにも何度かあった。しかしその殆どは何年生だったのか全く曖昧になってはいるものの、卒業する前には「夜の蓋」と呼んでいた。そしてまた三年生だったか二年生だったとき、小学校に入ってこれが最初だ、と思った日の夜のことは覚えている。
小学校生になり、洗髪しているときシャンプーが目に入っても大騒ぎしなくなった男は、家の二階の一室を自分の部屋にあてがわれ一人で寝るようになっていた。自分の秘密を全部知っている自分の部屋に「あれ」が初めて訪れた夜は春だった。
・・・・・・三年生か二年生だかの春休みは終わっていたはずだ。一人で寝ていて怖い夢を見たらどうしよう、等とはとっくに思わなくなっていたころ、やはり突然に気配を察知したので直ぐに身体を丸め「夜の蓋」を開けた・・・・・・思うのだが、セブンスターはセブンスターの味でしかないように「夜の蓋」を開けたときの不眠の匂いは「夜の蓋」を開けると漂う匂いでしかなく、だから未だに何にたとえればいいのか、何と比べられるのかも分からない、そんなあの匂いを嗅いだのだ。これまでとは違い、当時は嫌でもなんでもない、むしろ守られている感の強い両親の匂いが混じることはなかった・・・・・・それ以前のことは全く不明だ。ただ二階で寝るようになってから最初に察知した夜、あの匂いを嗅ごうとして身体を丸めたということは、それ以前に少なくとも一回以上は発生していた現象であることに違いない・・・・・・。