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夜の蓋  作者: ハクノチチ
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突然の手紙

・・・・・・終戦記念日の夜に男はその友達と派手な喧嘩をした。いつもの仲間とダラダラしていた運動公園の一角で友達が捕まえたセミを男の頭の上に乗せようとしたき、舌を鳴らして手で払うと相手の顔を叩いてしまったのだ。バイクを燃やした日以来二人の間に漂っていた緊張感が爆ぜた。

怒り狂った子ザル同士の殴り合いをしているうちに男はヘッドロックの形で捕まり、しかしそのまま相手を腰に乗せ、手加減することも躊躇することもなく風車の様なバックドップを放った。たまたま下が芝生だったから良かった。今は本当にそう思う。口喧嘩の経験しかないまま、身体だけが大きくなって、そして痛みを怖がらずに取っ組み合う若者はいつだって危険なのだ。

倒れた相手を上から蹴りつけることを、今更躊躇っていると逆に足をすくわれてしまい、結局は馬乗りになられた。顔を散々に殴られているあいだ、過剰なアドレナリン放出のおかげで痛さは余り感じなかった。温まり始めた鉄板プレートみたいな顔の発熱と鈍い衝撃があるだけだ・・・・・・あっという間に体力も尽き、目の血走った子ザルの拳は止んだ。男は下のまま髪を掴まれ、二人の肺は焼けるくらい息が上がった。怒りで首の血管が浮く男の顔はみるみる赤く腫れ、殴り過ぎた友達の拳はそのうちざまぁなく青く腫れた。おそらく両手の骨は今夜を一生忘れないことだろう。

二人の喧嘩を止めようとしていたベスパに男は介抱された。相手は、喧嘩を止めようとしていたベスパを制していた他の仲間と帰っていった。彼らの間には、将来何かの偶然が無ければどれだけ時間をかけても渡れないほどの亀裂が生れた。


ムキになって夜に恋の歌を唄うセミがそこらの木に抱き付いている公園に残った二人はベンチに座ったまま殆ど口を聞かず、二時間ほどを過ごし二時になったころに立ち上がった。

バイクを停めた駐車場の近くのトイレで横に並んだとき「なんだかさ、さらば青春の光みたいだったな」ベスパが言った。男はその意味を長いこと勘違いしていた。ベスパ乗りの青春映画があるってことを知らなかったのだ・・・・・・。


夏休みが終わってもバイクを燃やした友達は学校に来なかった。喧嘩をはやし立てたSRとCBをカフェ風にいじる二人とは、どちらからも距離をとり、ベスパはベスパで学校の外で組んだバンド活動が忙しく、彼らはもう二度と揃いのパーカーを着て登校することをしなかった。

バイクを燃やした友達が、どうやら九月の終わりには学校を辞めていたらしいことを二学期の終わりになって男は知った。また、夏休み前からすでに登校しなくなっていた友達の彼女には手紙くらい書こうと思っていたまま、自分が抱く彼女への心配と励ます気持ちは、殴られ続けたことと全く別の問題であることを承知しながら、どうしても分離することが出来なかった。



 ・・・・・・思えば結構嫌味な女の子だったしな・・・・・・


 今夜眠れない男は、十八歳の冬に眠れず、いや眠らずに朝を迎えるまで感じていた同じ気持ちを独りごちた。


 彼女は確かに嫌味な女の子だったのだ。別の中学出身の彼女は、グループで追い込んでいた子が自殺しちゃった、と笑ったことがあった。

 クリスマスが近かった日のモス・バーガーで驚いた男は聞き返した。彼女は冗談よ、と言ったのだったが、友達は本当だ、と言った。たぶん本当のような気がした男はそれ以上その話題を口にすることはなかった。友達の新しい彼女とも上手くやって行こうと思ったからだ。しかしそれほど上手くやっていけはしなかった。汚い言葉使い、下ネタ万歳、意味なく何かを、たとえば男の我慢の限界を試そうとする攻撃的な揶揄。なんとなく仲が打ち解けてくると逆にそんなことだらけになった。だからいつのころからか男は三人で顔を合わすことはなるべく避けた。学校でも放課後でも他に誰かがいなければすぐに別れたし、出向くことをしなかった。

 年が明けて春になり、学年が上がると彼女の体重は増減し始めた。当然の報いだ、と囁く女子はかなり多かった。そんなわけで彼女の彼氏である友達は、人気者男子ランキングで上位に跳ね上がったものだ。



 ・・・・・・あの冬、俺は一体何を考え続けていたのだろう? 今となっては殆ど思い出せない。たぶんずっと腹を立てていただけだったのかもしれない。いつものようには布団の中で身体を丸めず、部屋のエアコンもつけず、ただ寒くて小便を我慢していただけだったのだろうか? いや、違うぞ。彼女に書かず終いとなってしまった手紙の書き出しを考えたりもしたんだ・・・・・・


 

 こんにちは。夏には出さなければならなかった「突然の手紙」ですが、すっかり冬になってしまいました。すみません。

 君がいなくなった学校には、今あいつもいません。君たちの間に何があったのか、何がなかったからなのかぼくらは誰も何も知らない。たぶん君のことを理解していたのがあいつだけで、あいつのことを本当の意味で理解していたのが君だけだったからなのだろう、と今はそう思っています。互いのその理解力がぼくらの歳にしては些か深く嵌り過ぎてしまっていたことで、君もあいつも学校にいないのだろう、と思っています。


 あいつがバイクを燃やしたことは知っていますよね? 父親を許せないから自分のバイクを燃やす、という行為をぼくは全く理解できないでいました。でも今では確信を持っています。それは君の腕と似たような理由によるものかもしれない。

 父親から愛されていようといまいと(残念なことだけれどあいつは愛されていないと、信じていたのかもしない)、息子として父親を肉体的に傷つけること、ともすれば命を奪うこと、そんなことは絶対にしてはいけないと思っていたからだった。あるいは自分自身のそれを。だから代理にバイクを燃やしたんだ。

 君も、きっともう十分に君のバイクを改造したろうし、燃やしもしたと思う。何か簡単に言ってしまって申し訳ないけれど、元気になったら連絡して下さい。今はそう思っています。


                                バイバイ。


 もちろんこれは当時考えた内容ではなく今夜考えたものだ。

 なるほど、確かに「今はそう思っている」。


 本当はもっと意趣返し的な内容しか頭に浮かばないまま、窓の外が明るくなると彼らにも自分にも、膀胱の張り具合にも耐えられなくなって嫌になった。


 「どうでもいいや、どっちも勝手に死ねばいい」とはっきり口にした。それが結果的には十八歳の夏から冬にかけ蒸し返えし続けた気持ちを、明け方の心の中から新鮮な大気の中に飛ばす合図になった・・・・・・。




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