不思議な骨董店
――変な店。
それが第一印象だった。駅から離れた住宅街。店がまったくないわけではないけれど、何だかとても不釣合だった。ならどこにあるならいいのかと言われても、そんなのわからない。
珍しく好奇心が働いて、ちょっとだけ入ってみることにした。ドアを開けると、上の方に付いていた鐘がカランカランと鳴る。入ってみた印象もやっぱり、変な店。見慣れない物が雑多に置いてあって、薄暗い。それでも掃除はされているらしく、ゴミも埃もまったくない。雑貨屋だと思ったけれど、違う気がした。何て言うんだっけ。
入口のすぐ傍にある棚に置かれたガラス玉。手に取ってみるとキラキラと光を反射して色を変えた。中に細工があるのかと思って角度を変えたりしても、液体が入っているわけでもなければ反射材が入っているわけでもない。本当にただのガラス玉だ。手の上に置いたまま動かさなくても、外からの光を反射して色を変え続けている。なのに棚に戻した途端に透明なだけのガラス玉に戻ってしまった。熱に反応するのかと思ってはみたけれど、実際のところはわからない。
――ふうん。
何に使うのかわからないものが多い。どんな人が買っていくのだろうか。
だって店って、買う人がいるから商品を置いておくんでしょ。買う人がいなかったら店、潰れちゃうでしょ。商売にならないじゃない。そう思って見てみると、どれも値札らしいものがない。展示品、なんだとしたら、もう少し丁寧に置いとくだろう。
いくつかの棚を通り過ぎてから、後ろを振り返った。しばらくは何が気になったのかわからなかった。それから壁に掛った鏡に気付いて、何となく覗いてみた。鏡って、自分や周りにあるものが左右正反対に映るものでしょう。ならこれは鏡とは言わない。だって、背後にある店の様子は普通の鏡のように映ってるのに、映ってる人物が自分ではないのだから。すごく大人びていて、優しそうな女の人。着ている服もまったく違うのに、動くと鏡のようにその女の人も動く。ホラー映画の定番のような状況なのに不思議と怖いとは思わなかった。むしろ面白くて、手を上げてみたり横を向いてみたり。人が見てたら阿呆だと思われるだろうな、なんて考えながら、自分でも意識せずに首を傾げた。そしたら鏡に映ったその人は、首を傾げずにっこりと笑った。
ぎょっとして後ずさると、タイミングよく大きな音が響いた。心臓が止まりそうなほど驚いて慌てて周囲を見回すと、音の正体は柱時計だった。耳の奥に心臓があるのかと思うほど、鼓動が大きい。肺の奥から、これ以上は出ないと思えるほど息を吐きだしてから恐る恐る鏡を振り向くと、そこにはもう、さっきの女の人は移っていなかった。代わりに間抜けな顔をした自分が映っている。狐につままれた、というのは、こういうことを言うのだろうか。
我ながら情けないとは思いつつも、そそくさと鏡から離れた。
――ホラー映画じゃないんだから……。
ホラー映画は嫌いじゃないけど、自分がいきなりそんな世界に放り込まれるとなれば話は別だ。
出よう。わけのわからない決意をした途端、何かが足に触った。頭の中が真っ白になって固まっているとにゃあと声がした。こんな変な店にいる猫となると、人面犬ならぬ人面猫だったりするのだろうか。いつまでも固まっているわけにもいかなくて、ありったけの勇気をだして下を見ると、いたのは普通の黒猫だった。嫌な汗が滲んでいた。こんなに心臓に悪い店からは早く出たほうがいい。
落してしまった鞄を拾おうとすると、猫が鞄を漁りはじめた。口が開いていたらしく、猫が中身を外に出してしまっていた。何てことをするのか。鞄にしまおうとすると、家の鍵を気に入ってしまったのか、猫が放してくれない。取り返そうとすると低く唸る。どうやら気に入ったのは鍵ではなくキーホルダーのようだった。前足で突いて遊んでいる。青いクリスタルを思わせる錨の形をしたキーホルダー。欲しいのかと訊いてみると、返事でもするかのようににゃあと鳴いて座りなおした。付けてくれとでも言いたいのか、顎を上げて待っている。仕方なくキーホルダーを外してはみたものの、手放すとなると惜しくなった。安物とは言え気に入って買ったものだ。考えていると催促するかのように猫がまた鳴いた。そんなに気に入ったならと首輪に付けてやると、すぐに床に置いてある鏡の前へ走って行って自分の姿を鏡に映している。まるでお洒落をした女の子が鏡の前でチェックするかのように、向きを変えては鏡に映った自分を見ている。
それを見ているうちに、まあいいかと思えるようになった。少し気に入ったという程度の自分が持っているよりも、そこまで気に入った猫が付けている方がいいのかもしれない。
鍵をポケットに入れて立ちあがると、猫がにゃあと鳴いた。今度は何だろうと思って振り返ってみても猫の姿はなかった。探すべきか店を出るべきか、と考えていると、猫が何かを運んできた。体重をかけて押してみたり、噛みついて引きずったりしながらこちらへ運んでくる。重いというよりは運びにくいのだろう。苦労しているようだったから仕方なく手伝うことにした。近づいてみるとそれは本のようだった。B5版くらいの大きさで、紙が茶色く変色していた。古めかしい表紙を開いてみると、本ではなく日記帳のようだった。何も書かれていない。いつの間にかに猫が万年筆を銜えてきていた。この猫は何がしたいのだろうか。まさか万年筆で日記をつけろとでも。一人一台はパソコンを持っているような時代に、わざわざそんなことをする人がいるだろうか。学校でも万年筆を使っている人は見たことがない。せいぜい教授の研究室で見た気がする、という程度だ。
そんなことはお構いなしに、猫は店の奥へと消えてしまった。どこに戻せばいいのかわからない。適当に棚に置いておこうかと思っても、どの棚も日記帳を置けるスペースがない。奥に見えるカウンターにでも置いておこうと立ちあがると、カウンターの奥から人が出てきた。年齢不詳、といった感じだ。単なる老け顔なのか、若造りの年寄りなのか。おじいちゃんと言っていいものか、おじさん、お兄さんではないだろう、などと思っていると、お気に召しましたか、と低く落ち着いた声とともにカウンターから出てきた。日記をつける習慣はないし、始めてもいつも三日坊主だから、と断ると、楽しそうにその人は笑った。日記なんてつけたいときにつければいい、と付け足す。聞き慣れないことを聞いた気がした。何かを始めてすぐにやめてしまうと、いつも決まってまたなのかと言われた。少し考えてから値段を聞くと、そんなものはないと言われてしまった。売り物だろうと確認すると、キーホルダーのお礼だと笑う。どう考えても釣り合わない。納得できずにいると、この猫ももらったキーホルダーを今は気に入っていても、明日には飽きてしまうかもしれない、それと一緒だと言う。何だかんだで説得されてしまい、日記帳と万年筆をもらって店を出ると外はもうすっかり夜だった。
家へ帰ると学校のレポートはさっさと終わらせて、早速日記帳を開いてみた。万年筆なんて使ったことがないし、普段のレポートはパソコンで作成しているから字も汚い。何となく要らない紙で練習してから、まずは日付を記入した。それからその日のことを書き始めた。大学からの帰り、駅を出てから何を思ったのか、普段通らない道を歩いていたら見つけた変な店のこと。そこで見た物のこと。猫のことやその店にいた男の人のこと。パソコンで打てば10分くらいで終わるような内容を書くのに、気がついたら2時間もかけていた。
――骨董店だ。
あれは雑貨屋じゃなくて骨董店っていうんだ。それだけであの店での不思議な商品の説明がつくとは思えなかったが。
次の日、もう一度あの店へ行ってみようと思ったけれど、なぜか見つからなかった。周辺を散々歩き回った挙句、駅まで戻って道を思い出しながら歩いてみたのに、結局見つけることができなかった。代金を受け取ってもらえないなら、せめて差し入れをしようと思ったのに。諦めて家へ帰ると、そのことを日記に書きとめた。それからはあの店がないかと探しながら駅からの道を歩いた。日記を書く日もあれば書かない日もあった。せっかくの日記帳に嫌なことは書きたくなくて、楽しいことを探すようになっていた。日記に書くために何かを探すというのは逆のような気がしなくもない。これだと何ページあるのか数えたくもないような分厚い日記帳が、いつになったら全部埋まるか不明だ。途中でやめてしまうかもしれない。
まあいい。何しろ店の人が三日坊主でもいいと笑っていたくらいなんだから。
行を開けないと読みにくいことを実感しました。なので、行、開けております。
もう少し行間を広げることができればまた違うのだろうが、どうすればよいのだ・w・?