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 屋敷の門をくぐってすぐ、後ろを歩いているたくみに呼び止められた。

 軽く振り向いた与六郎に、たくみは改まって、体の前で手を重ねた。

「改めてご挨拶を……たくみです、今日からよろしくお願いします。早速、先ほどは心無い視線に噛みついてくださって、ありがとうございます、なんかこう……気分が晴れました」

 淑やかに頭を下げる姿は、育ちの良さが伺えた。

「そういや俺の名前まだ言ってなかったな。俺は山崎与六郎。利家様の家臣で、典医をしている。隣の男はもう知っていると思うが、四井主馬だ。同じく、利家様の家臣で、俺の弟分だ」

 紹介すると、たくみは主馬にも改めて頭を下げた。

「主馬さん、どうぞよろしくお願いします。それから、さっきは奇術を見せてくれてありがとうございました。あの棒手裏剣どこ行っちゃんだんだろう……? いつかタネを暴いてみせますから。あと、あの水晶を使った手わざも、見事でした」

 照れる主馬に、にこっと微笑みかける顔も、屈託がなくて、可愛らしい。

 城を出発した時の、たくみの塞ぎこみようを思えば、主馬に感謝しなければならない。

「主馬、ありがとうな。茶を飲んでいってくれ」

「そのつもりです」

 主馬は真顔で言う。

 最初こそ、この切り返しに驚いたが。今ではお決まりのやり取りで、与六郎は心のどこかで毎回期待してしまっていた。

 よし。今日も主馬は冴え渡っている。

 頷きたくなる与六郎の正面で、たくみは目を輝かせて主馬を見上げていた。

「主馬さん、それとっても素敵。あたしも使っていい?」

「別に、構わないけど……?」

 無口な天然主馬はどうやら、年下に弱いらしい。


 ⁂


 茶の前に、と前置きをして。

 与六郎は井戸端までやってくると、釣瓶を顎で指した。

「水汲んで洗っとけ。たらいはそこ」

「洗う……ここで、」

「そ。そんな砂だらけで屋敷に上げるわけにいかないからな」

「……わかった。」

 井戸に視線を彷徨わせていたが、意を決したように井戸水を汲みはじめた。


「じゃ、着替え取ってくる」

 与六郎は踵を返し、『見張っとけ』という意味を込めて主馬に視線を送った。

 が、主馬は頷かなかった。

 呆然と、一点を見つめて固まってしまっている。

「主馬?」

 瞬きをしない双眸の前で、手のひらをかざしてみるが、反応を示さなかった。

「どうした、」

 主馬が硬直して見ているもの。それは井戸で体を清めているたくみだ。

 百戦錬磨の忍びを固まらせた事態とは、何なのだろう。恐る恐る首を向けた与六郎は、驚きに目を見開いた。


 諸肌を晒したたくみの胸に、男にはない、優しい膨らみがあったのだ。

 髪が短いから、童だとばかり思っていた男らには、まさに青天の霹靂である。

 滴る水は、上を向いた桃色の頂に弾かれ、張りのある丸みを撫ぜ。腰のくびれを舐めて、尻の丸みに零れて、落ちていく。

 磁器のように白い、陶器のように滑らかな肌は陽光が透き通っているかの如くだ。

 その様は、この世のものと思えなくらい瑞々しくて、美しい。

 釣り具師清六の与太話が、与六郎の胸の中で、伝説級の神秘と輝きで神格化された瞬間だった。


 与六郎と主馬が見ていることを承知のうえで、たくみは水浴びをしている。

 そこには躊躇いも、恥じらいもない。

 滝の奥に揺らめいて見える下生えが、女の宝物をしっかり隠していた。

「きれいになったかな」

 振り向いたあどけない笑顔にとどめを刺され。主馬は、後ろに傾いて倒れてしまった。

「主馬さん!」

「大丈夫か、主馬っ、」

 与六郎は、主馬の背中をがっちり抱き留めた。

 駆け寄ったたくみは、主馬を覗き込む。黒目は裏側に回ってしまって、魂が抜けたかのような面相だった。

 たくみは、勢い任せに与六郎の袖を掴んだ。

「どうしよう、主馬さんが!」

 ぶんぶん振られ、与六郎も目のやり場に困った。ささやかな胸の膨らみも一緒に揺れるからだ。

 女など星の数ほど見てきたし、その体も、心の機敏も、良く知っているつもりだ。

 この娘より、もっと体つきのいい女だって、たくさん知っている。存分に触れたことも、若気の至りで、一度や二度ではない。

 だのに、なんだか、見てはいけないものを見たような気まずさが、先に立った。

 脳裏に、「磨いとけ」と尻を叩いていた利家の姿がふと、浮かんだ。

「ちっ」

 舌打ちをして、空を仰ぐ。

 突き刺すような陽光が、幻影を消し去った。深くて短いため息の間も、たくみはおろおろと与六郎の袖を振る。その周りで、蝉の合唱が轟いていた。



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