8話 救世主とあがめられて困る。
「まぁ、なんていうか簡単に言うと、実は使えるんだよ。公言して下手に持ち上げられると困るから、黙ってたんだ」
「……ねぇアルバ。一応、鑑定させてもらってもいい?」
セレーナはそう言うと、腰元から巻物を取り出す。
彼女の特殊スキルは、アポロン家に伝わる『鑑定』魔法だ。
俺は属性魔法ならば大概を使えるが、一方でそれら固有魔法はその一族にしか操れない。
もしかすると、鑑定士としての血が騒いだのかもしれない。
「いいよ、別に。セレーナに隠しておけることでもないからね。でも無駄だと思うよ」
俺が手を差し出すと、彼女はそれを巻物に触れさせる。
「世の知をすべる賢者に、その存在の本質を問う。魔導鑑定……!」
こう詠唱をすると、巻物に文字が浮かび上がった。
そこに記されていたのは、「なし」の二文字。そう、神官と同時に鑑定士に見てもらったときも同じことが起きた。
「うそ、なんで分からないの」
「……さぁ。でも、使えるのはさっき見て分かったろ? 嘘じゃないんだ。他にも属性魔法なら何種類かは使えるよ」
ほら、と俺が荷物の中から取り出たのはメモ帳だ。
そこには、使えるようになった魔法を属性ごとにリスト化していた。
詠唱が必要な物はその文面を記しており、そうでないものは実際に使用した際の感覚を書き残して、再現性を高めている。
……と言って、そんなに厳密なものではないのだけど。
『縮突』の欄に書かれている説明は、「なんかシュッって伸びるやつ」だけである。
「……すごい考え方ね。でもまぁ少しわかるかもしれない。生きづらいもの、貴族社会」
「ああ、まったくだ。だけど、別の意味で、物理的にここもまともに生活できる環境じゃなさそうだな」
「それをここに来て言っても仕方ないわよ。とにかく、ありがとうね。今のアルバ、格好良かったわ。セリフはともかくね」
「……あ、あぁ、うん。これくらい気にしないでいいよ」
やべえ、無能を演じ続けてきたせいか、褒められ慣れてなさすぎないかな、俺。
まっすぐ言葉にされると今更ながら恥ずかしくなって、前髪を引っ張って目元を隠す。
「そ、そういうセレーナもまったく怖気づいてなかったよな、うん」
小声ながらもなんとか会話を繋げようとしたところで、後ろから「本当に助かりました」と声をかけられた。
タイミングが悪いことこのうえなし!
しかし、仮にも赴任した村の住民との初めての会話になる。俺は咳払いをして、一応は鍛えてきた外面を用意し、とりあえずそちらを振り向いた。
すると、どうだ。そこは地面であるにも関わらず、躊躇のない土下座である。
「そ、そこまでしなくても! 大したことはしてませんから!」
「いや、私たちには到底できないことです。それに、我々のような身分の低い者が貴族様にお助けいただけるだなんて、そうそうありえないことですから」
さしものセレーナも、この態度には俺の横で面食らっていた。
こうなっては、話を伺うことすらやりにくい。
俺はひとまず、彼らに立ってもらうよう促してから、状況を確認する。
「それで、あの魔物はどうしてこんな集落の中にまで現れたんです? 普通、集落の周りは魔除け効果のある柵が張り巡らされているはずじゃ……」
「それが、この間壊されてしまったんですよ」
「そりゃあいったいなにに? 魔物ですか」
「いや、それはちょっと答えられませんが……。修理しようにも、村にはお金も技術もありません。それで家に引きこもっていたら食べるものがありませんから、本当に助かりました。ご貴族様は、また魔導具の処分にいらしたのですか?」
その質問には、不意を突かれた。
このトルビス村の人にとって、そもそも貴族はそういう存在になっているらしい。
悪気のない素直な質問が、なによりもこの村の現状を表している気がした。
「いいえ、そういうわけではありません。実は諸事情でこのトルビスの整備と開拓を任されることになったんです。俺、アルバと言います」
「私は、同行しているセレーナよ。よろしくお願いするわ」
「お二人とも貴族の方ですよね。それが、こんな村を整備、開拓……?」
当然、そこは疑問に思う点だろう。
だが、正直に言えるわけもない。
なぜなら俺はあまねく罪を犯したとして(兄・クロレルの仕業が原因だが)、半ば追い出されるようにここへ派遣されたわけで……
「ここに来たのは、彼が街で窃盗、暴行等の悪事を――」
って、セレーナさんん!?
俺は思わず首をぐるんと捻り、とりあえず彼女の腕を取ると数歩後ろへと連れていく。
「どうしたのアルバ」
そして、本当に素直に驚いたとでも言わん顔で首をかしげるのだから、彼女はつかみ切れない。
そういえば、こういう行動の読めなさも彼女らしさの一つなのだった。
「どうしたもこうしたもないよ……。とりあえず王都でのことは秘密の方向で! 下手に怖がられたら、ここでの生活が面倒になるだろ? というか、お野菜とか分けてもらえなくなるかもしれないし」
「あら、そう。今は更生しているみたいだから、言っても大丈夫かと思ったわ。そういうことなら任せて」
セレーナはきわめて理知的に見える顔で、こくりと首を縦に振る。
はたして、どこまで分かってくれたのだろうか。
疑問に思う俺などつゆ知らず、彼女は自信ありげな足取りで、俺より先に村人たちの元へと戻った。
胸に手を当てて、静かに切り出す。
「私たちは、このトルビス村を救うために来たの」
と。
うん、今度は、大言壮語きわまりない。
悪いけど、そんなつもりまったくないよ!? 俺は自由なスローライフを謳歌するためにきたんだよ!?
俺は慌てて訂正せんとするが、村人たちはもう目を輝かせて、
「俺たちにも救いの神が降りたってことか!」
「ありえるな。なぜなら我々はすでに命の危機を彼に救われている!」
口々にこんなことを言い合っているではないか。
きっと命を助けられたことで、色眼鏡がかかってしまっているのだろう。
今はどれだけ否定しようとも、聞く耳を持ってくれなさそうだった。
「……えっと、とりあえず村の案内をお願いしてもいいでしょうか」
ならば、と今だけはこの立場を利用させてもらうことにした。