エピソード1
俺は収納アドバイザーの資格を取るため勉強をしていた。
きっかけはテレビだった。収納アドバイザーの資格を持ったお笑い芸人が素人の人の家に行き、収納の裏技やコツなどをアドバイスするという内容だった。
それを見てから俺はこの資格を取りたいと思うようになった。元々資格とか取ってみたいなとは思っていた、そんな中この番組を見て、これなら僕にでも取れるのではないかと思った。
そして何より俺はなんのために生きているんだろうと悩み始めた時だった。彼女はもちろん友達すらいない。俺自身の価値が分からなかった。そんな自分でも資格を取ることで価値のある人間になれるんじゃないかと思った。
とはいえすぐに飽きるのだろうと思っていた。
俺は相当な飽き性だ。インストールしたスマホのゲームアプリを一度もやらずに飽きて消したことがある。それぐらい飽き性だ。
だがそんな自分の予想を裏切るぐらい勉強にハマっていった。勉強だけが友達のような感じだった。高校への登下校中も勉強をするぐらいだ。
でもそれがよくなかった。
横断歩道を歩きながらも注意は完全にテキストに向いていた。
気づいた時にはもう遅かった。
「ここは・・・亅
ベッドの上で目が覚めた。見慣れない部屋のベッドで。
木でできた部屋、ベッド以外には部屋の中央に四角い机とそれを挟むようにして椅子が置いてあるぐらいだった。
これまでの記憶を思い起こそうとする。
俺はあの横断歩道で車に・・・
ガチャッ
外開きのドアが開かれた。
「お、起きたか」
入ってきた男は俺を見て安心した顔で言う。
筋骨隆々の男らしい体格、黒髪で白のYシャツにベージュのサスペンダーパンツを履いた男は、近い方の椅子に座った。
「ギルドの前で倒れてたからここまで連れてきたんだ、もう丸2日寝てたぞ、あ、そうだ、ご飯!ご飯持ってくるから待ってな亅
男は小走りで部屋を出ていった。
お腹は特に空いていない。小走りでご飯を取りに行った姿を見て少し申し訳ない気持ちになった。
それより、あの男はギルドと言っていた。ギルドってあのファンタジー系や異世界系の漫画、ラノベに出てくるあのギルドか?
ってことはなんだ、俺異世界に転生でもしたのか?
そんなことを考えていると男がトレイを持って部屋に戻ってきた。
部屋にある椅子をベッドの方まで持ってきてそこに座った。
「俺が食べさせてやるよ」
「え?あ、いや大丈夫です!自分で食べれますから」
右手を前に出して横に振りまくった。
男はなぜか残念そうにしながら、
「そうか、じゃあこっちの机まで来れるか?」
「はい、大丈夫です」
男は机の方に椅子とトレイを持っていった。
俺もベッドから出て机の方まで行った。
トレイには給食で出るようなパンに、クラムチャウダーのようなものが置いてあった。
「いただきます」
手を合わせた。
「名前はなんて言うんだ?」
食べていると目の前に座る男が聞いてきた。
「持田誠です」
「モチダマコトか、良い名前だな!」
「あの、お名前はなんていうんですか?」
「あ、すまん、言ってなかったか、俺はここのギルドマスターのマック・コールドだ!よろしくな」
手を前に出してきたので、俺も前に出すと、コールドさんは強引に僕の手を掴み握手を交わした。
「あの、俺がどういう人間かとか、もっと聞かないんですか?」
外で倒れていた男、もっと気になってもいいはずだ、でもコールドさんは最近あった楽しい話をずっとしていた。
「まあ、聞かれたくないこともあるだろう」
気を使ってくれていたらしい。今急いで話すことでもないし、気になったことを聞いてみよう。
「あの、ここってどこですか?」
「ここか?ここはギルドだ!ラグイン国の冒険者ギルドだ!」
ラグイン国?聞いたことがない。俺が知ってる国なんてたかが知れてるし、単純に知らないという可能性もある。
「あの、世界地図みたいなのありますか?」
コールドさんは世界地図を持ってきてくれた。
机の上に広がった世界地図を見る。
確実に初めて見るものだった。社会の教科書に載ってる世界地図とは全く違っていた。
大陸は2つしかない。ラグイン国は東の大陸にある国らしい。
「あの、日本って国知ってますか?」
「ニホン?知らないな」
「じゃあ、アメリカは」
「アメリカ?聞いたこともないな、アメリアって国なら知ってるが」
その後もアメリカ、アメリカと小声でつぶやきながら、記憶の中を探しているようだが、見つからなかったようだ。
これは、マジで異世界転生したのか。逆にそれ以外に何がある。この状況を異世界転生以外で説明することは、俺にはできそうにない。
意外と冷静だった。なんならワクワクすらしている。
「あの、ギルドってなんですか?」
コールドさんは驚いた顔をした。
「ギルド知らないのか、よし、じゃあ下来るか?行って色々教えてあげよう!」
今さらながら2階にいたことを知った。
階段を降りていくと、そこにはたくさんの人がいた。
2階にいる時から声や音は何となく気になってはいた。
中央に受付らしきものがあって、円形のカウンターの中に3人の女性がいる。その周りを丸い机が囲んでいて、そこには鎧を着て剣を携えた男や女がたくさんいた。
「ここがギルドだ!あいつらは冒険者って言ってな、このギルドでクエストを受けて、モンスターを倒したり、特別な鉱物や植物を採ってきたりするんだ」
「あのクエストっていうのは」
「まあ国や企業からの依頼かな、国からは治安維持のためにあのモンスター倒してくれとか、企業からはこれ作りたいからそのための材料採ってきてとか、簡単に言うとそんな感じだ」
説明を受けていると、1人の冒険者がやってきた。
「マスター、荷物が入んないんだよ、どうしたらいいかな〜」
「フルブ、お前はいつも持っていきすぎなんだよ」
「何がどうなるか分かんないじゃんか、だからできるだけ持っていきたいんだよ、ほら、あとこのポーションだけなんだよ」
フルブさんは赤い液体の入ったビンをリュックサックに入れるのを苦戦しているらしい。
コールドさんはフルブさんのリュックサックを僕に見せ、
「見てくれよこのリュックサック、もうパンパンだろ、コイツはいつもこうなんだよ」
確かにパンパンだった、でも、
「あの、たぶんそのポーション入りますよ」
「え?」
コールドさんは驚いた顔をしていた。
「あのリュックサックとそのポーション貸してもらっていいですか?」
「おお、分かった」
収納アドバイザーの勉強をしていた時のことを思い出す、テキストで学んだことを実践してみた。
「できました」
「ホントだ、入ってる亅
コールドさんは驚いた顔をしている。
「スゲー、あんたスゲーよ、ありがとー!亅
フルブさんは満面の笑みで抱きついてきた。鎧が当たってまあまあ痛い。
「おい、あの子凄いな」
「フルブの荷物があんなキレイなの初めて見たぞ」
いつの間にか僕たちの周りに人が集まっていた。
「なあ、俺の荷物も入らなくてどうにかならないかな!」
「君!俺も困ってんだよ、頼めないかな!」
俺を必要としてくれてる人がたくさんいた。
初めて自分も価値のある人間なんだと感じた瞬間だった。