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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私が願ったこと

作者: 芦葉紺

 彼は私とは住む世界が違う少年でした。

 いつも綺羅綺羅しくはないけれど小ぎれいな服を着ていて、ペンケースや通学カバンには私の知らないブランドのロゴがひっそりと付いていて、荒い言葉遣いの奥にも育ちの良さがにじみ出ているような。


 貴族だ、と思いました。


 そんな彼と先代先々代、そのまた前からの財産で裕福ではあるものの親すらいない私。何故仲良くなれたのかはいまだにわかりません。だって誕生日に何をあげたらいいのかすらわからないのですから。


 でも、それは彼にとっても同じようでした。


「何あげようか悩んだんだけど、結局何も思いつかなくってさ。ごめん」


 申し訳なさそうにうなだれる彼に私は「いいですよ、その気持ちだけで嬉しいです」と笑いかけました。彼にも私と同じようなところがあるのが意外で、少し親近感を覚えました。……不意に胸を刺した痛みと他の友人たちに対する優越感のようなもの、そしてそこにあったのが当然のような顔をして胸のすみに居座る愛おしさは気のせいだということにして。

 私なんかが彼に抱くには、相応しくない感情でしたから。


「ほんと、ごめん」

「いいんですって」


他の友人たちへのプレゼントにはそれなりに値が張るハードカバーの本や、彼らが普段使っているものよりも少し高級な――そして彼らがそうと気づかないような――品の良い文房具などを渡すのが彼でした。私にもそうするのではなくて真剣に考えてくれたことが嬉しかったのです。


「……そうだ、代わりって言っちゃなんだけどお願い一つ聞いてやる」

「ふふ、『お願い』ですか」


 かわいらしい言葉と大人びた彼の印象がミスマッチで、私はつい笑ってしまいました。


「わ、笑うなっ!」

「すみません。……ふふっ」

「だから笑うなって!」


 ほんの少し、そう、少しだけ彼のことを理解できたような気がしました。





 それから数年が経ちました。

 彼が『命令を聞く』ではなく『お願いを聞く』といったことが気軽に権利を使うことをためらわせ、結局私が『お願い』をすることはありませんでした。――できなくなってしまいました。


 事故だったそうです。

 凍った道を歩いていて足を滑らせ、頭を打ったと聞きました。

 親戚と数人の友人たちが招かれた告別式で、最後に見た彼の体に目立った外傷はありませんでした。まるでただ眠っているだけのようで、でも手を握ってみればそこに血は流れていないのです。


 吐きそうでした。

 彼を焼いた炎に飛び込んで、灰になって混じり合ってしまえればいい。そう思ったとき、好きだったのだとようやくわかりました。


 気付かなければよかったのに。もういない人を恋うて苦しむことも、そうすればなかったでしょうから。


 告別式を終えたその足で学校に向かいました。

 お清めにと渡された塩は川に投げ捨てました。彼が川より海が好きだと言っていたことを思い出したのです。それにどのみち私には必要のないものでしたから。

 彼は清い人でした。このうえなく清いものをまとった私をどうやって清めるというのでしょう。考えてみれば滑稽なことでした。


 彼の机は昨日のままでした。

 椅子の背にかけて忘れ去られたブレザーも机の上の落書きも、きれいに整頓された机の中身も。


 ブレザーのポケットから彼のネクタイを取り出し、私のものと入れ替えました。少し穏やかな気持ちになって落書きのような文字を読み上げてみます。


「誕生日、プレゼント……?」


 まぎれもない彼の字で『誕生日プレゼント 一月中』と書かれ、上から二重線で消してあります。机の中には彼が持っているものと揃いの万年筆が一筆箋といっしょに入っており、宛名には私の名前が書いてありました。


「――っ、ああああああああっ……!」


 彼の残したものを見てしまったからか。誕生日プレゼントを選べるほどには、あの時よりも私を理解してくれていたことがわかったからか。何故かはわかりません。『お願い一つ聞いてやる』と言った、声変わりもしていなかった彼の声がフラッシュバックして、涙が止まりませんでした。


「なんでもお願い聞いてくれるって、言ったじゃないですか……!」




 ——だったら、戻ってきてくださいよ。




 そんな子供のわがままのような本音を、口にはするまいと思っていたのに。

 どうやら隠しきれていなかったようでした。



「俺、『お願い聞いてやる』とは言ったけど『叶えてやる』なんて言った覚えねーぞ?」



 ふてくされたような懐かしい声。

 目を開けると、彼が微笑んで立っていました。

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