夢を見て約束を思い出す
部屋の中は、皆寝静まり真っ暗だ。携帯のバイブ音が響いて、ソファで寝ていた蕾が飛び起きる。
ポケットからスマホ……ではないものを取り出す。スマホにアルファベットの物理キーボードがついているようなスタイルで見慣れない機器だ。一昔前のガラパゴス携帯ではなく、海外で使用されていた携帯に似ている。画面には日本語ではなくアルファベットが並んでいる。
『長野県の旅行は楽しんでいるかい? 俺の方は今から管理人と食事だ。うんざりする。』
薫からのメールで、そんな文面が書かれている。
『こっちはまだ朝の4時前だ。時差を考えろ。そして愚痴を仕事用携帯で送ってくるな。』
『だって長野の山なんだろ。電波が入らないかもしれないじゃないか。それにこの会話は機密情報だ。もし管理人に愚痴がバレたらまずい。』
蕾たちが使用しているのはテルヴァーティが打ち上げている人工衛星の電波を使用した、衛星通信機器だった。そのため、地球全域で電波が入り、機密情報も漏れにくい仕様となっている。
『バカ、この通信方法は暗号化してもテルヴァーティ内部からなら見ようと思えば見れるってお前が言ってただろう』
『そっか』
薫はIT系が得意なはずなのにどこか抜けている。
『とにかく、管理人から呼び出されてはるばるヨーロッパまで来たけど、何事だろう。ランチが終わったら報告するよ』
『報告? 面倒な話だったら聞きたくない。それより土産をたのむ。』
『土産かぁ。じゃあ長野の方も買ってきてね。報告はさせてもらう。なんだか胸騒ぎがするんだ。今回の任務についての話かもしれない。』
『勝手にしろ』
蕾は最後にそう話を終わらせた。薫のただの暇つぶしのようなメールに苛ついたのだろう。腕を組むとまた寝直した。
周りにある建物がどんどん崩壊していく。水の中で聞く音のように、こもった悲鳴がどこからか聞こえてくる。
――世界が崩壊していく……。
何故か恐怖は感じない。世界がぼやける。
――世界が終わるときに、俺は誰かとここで誓った。
振り向くと、白い肌をした黒髪の少女がいる。口を開いて何か言っているが聞こえない。なんて言っているんだと聞こうと思ったが、自分の声も聞こえない。
2人で高い場所を目指して、ビルに入る。他の建物は崩壊していくのに、このビルだけが頑丈な造りなのだろうか。
ビルの中を見上げる。中央に、螺旋階段があり上まで続いていた。ビルというよりかは灯台とかタワーみたいな建物なのだろうか。少女が先を歩き、蕾はその後ろをずっとついていく。鉄の階段を登るカツンカツンという音だけは聞こえた。
1番上まで登ると、外界に出る。強い風が吹いて思わずふらつく。崩壊していく建物の非日常感と、変わらず広くて高い青空が対照的で、何だか馬鹿みたいだと思った。
隣に立つ少女が蕾の顔を覗き込む。その少女の顔は……相原乃那未だった。
――何故お前が?
乃那未に、手を握られる。晴れやかな顔と世界の終わりは似合わない。乃那未が口を開く。声は聞こえないのに、口の動きで確かに言っている言葉が分かった。
『必ず見つけて』
言葉が蕾の頭に流れ込んでくる。
……どんな時代でも、どんな生物に生まれ変わっても私は貴方を必ず見つけて、今度こそ幸せになる。生まれ変わったら、もっと素直に生きるの。
お前には無理だ。
――俺は笑ってそう答えた。
世界が終わる前に、空を飛びたいと言ってこの建物に登ってきた。空を飛ぶことが少女の夢だった。
手を強く繋いで、空中に身を投げ出す。自由落下して、地面に衝突する瞬間――
蕾は眩しさに目を覚ました。目の前で、乃那未がにっこりと笑っている。
「せんせえ、思い出した?」




