木星を見ます
太陽は、木の向こうに沈み、ただ空が少し明るいだけだ。後部座席の後ろの窓から、夜が迫ってきているのが見える。
道は、木に囲まれていることや街頭がないことから、薄暗かった。
「この横道に入ってください」
乃那未が、後部座席から身を乗り出して言う。乃那未と蕾以外は、皆ぐっすりと寝ていた。
この道は、別荘の為だけに作られたらしくそこで道が終わっている。車のライトに照らされてログハウスが現れた。
「着いたよ!」
乃那未が横の2人を揺さぶり起こす。雄太はいつの間にか起きて、車の外に出ている。
辺りはスマホのライトがないと少し危ないくらいだ。なんだか大荷物の乃那未を先頭に別荘の玄関に入る。
「ちょっとブレーカー上げるんで待ってください」
しばらくしてパッと明るくなる。
「わぁきれーなお部屋ですねー!」
若葉が声をあげた。
全体的に木材なので、暖かみがありリラックスできるような雰囲気だ。
「たまに人に貸し出しているからね」
そこらへんでくつろいでくださいと言って、乃那未は姿を消す。
「貞子が出てくる井戸が埋められたりしてない?」
雄太がニコニコして言う。若葉がすぐに顔を青くして、怒った。
「金森先生怖いこと言わないで下さいよ!」
「ごめんごめん」
まるで褒められたかのように、笑って謝った。蕾だけは何のことだか分からず、ぽかんとしている。
貞子もきっと箱根から長野の方にはのぼってこないだろう。
「まぁ埋められた井戸はあるかもね。ここ元々古い建物を建て替えてつくってあるし、水道は井戸水を使ってるから……若葉ちゃん顔が青いけど体調でも悪いの!?」
現れた乃那未が口を挟んだが、若葉が恐がっている様子までは聞こえていなかったようだ。
「今お風呂沸かしてるからもう少ししたら入れるって言いに来たんだけど」
「絶対に1人で入れないです! 乃那未さん一緒にいきましょう!」
「良いけど私まだ入らないよ。木星観察するから」
「良いです〜私もお供します〜」
乃那未は先程持っていた銀色のレジャーシートと、細長いバッグを背負った。
「暗いし危ないんじゃないか?」
蕾が聞いた。
「バルコニーから観察するので多分大丈夫でしょう」
「な、何が危ないんですか」
「……熊とか?」
若葉の顔が蒼白になる。若葉は部屋に籠もっていたほうが精神的に良さそうだ。
「じゃあ先生、風呂入りに行こうぜ」
暁が両隣の蕾と雄太に言う。が、蕾はお前らだけで行って来いというように、手を振って自分はソファに重い腰をあずけた。きっと疲れて自分が先生である意識も薄れているのだろう。
乃那未と若葉は、バルコニーで銀色のレジャーシートを広げる。三脚を立てて望遠鏡を設置した。
見上げると、都会では想像出来ない程の数の星空が広がっている。
夜空で白っぽく明るく輝く星が、木星だ。乃那未が慣れた手付きで木星にピントを合わせていく。
「若葉ちゃん、木星見てみて」
若葉が、望遠鏡のレンズを覗き込む。
「……ぼんやりですけど、縞模様が見えますね」
乃那未は得意そうに頷く。そして、スマホのライトを付けたり消したりしながら、スケッチブックに木星のスケッチをし始めた。
「若葉ちゃんはさ、今好きな人いないの?」
唐突に乃那未が聞く。
「え? 私、ですか。えっと、いるんですけど、向こうは違う人が好きみたいで……」
「若葉ちゃんに告白されたら、誰も断らないよ。好きな人がいるだけで、付き合っていないんでしょう?」
「そ、そうですけど。自分から告白したことなくて、恥ずかしくてムリですっ」
「えぇ、もったいない」
「そういう乃那未さんはいないんですか」
「私? いるんだけどまぁ、気づいてくれないかな。私からは言えないし、そうしたらずっと平行線なんだけど……」
スケッチしていた手を止める。
「同じクラスなんですか」
「ううん。年上、だし」
「年上! 似合いますね。どんな方なんです?」
「どうだろう。真面目で優しいんだと思う。私を、連れ出してくれるらしいから」
若葉が首を傾げる。
「連れ出す?」
「うん。楽しいとこかは知らないけど」
「遊びに行くんですか? 好きな人となんて良いですねぇ」
「……若葉ちゃんみたいな良い子が科学部に入ってくれて良かったなぁ。この旅行、楽しもうね」
「はいっ」
それからも2人は、存分に女子トークに華を咲かせた。




