夏休み間近の空気
もうすぐ夏休みですよと隣から雄太が蕾に話しかけた。だから何なのだろう。
「俺はほぼ休みですけどね」
そんな返しをする。
「いや僕も休みくらいありますよ。その休みで彼女と旅行に行くことになったんです」
心底嬉しそうに話す。
蕾は、金森先生のことを忘れていたが、焼肉店で出会った運命の人と付き合い始めたということを今更聞く。いつの間にかそんな展開になっていた。
「彼女の方から誘ってきたんですけど、旅行先が温泉街なんですよ。今からすごい楽しみで楽しみで」
授業、課外、課題に追われる生徒より夏休みを楽しみにしてそうだ。
「近藤先生ともまた呑みに行きたいです。土曜の夜なら開いてるんですけど、近藤先生は空いてます?」
「日によります」
とうせ彼女のことを話したくて仕方がないのだろう。蕾は外食が好きだったので行っても良かったが、金森先生の話は聞き流そうと考えていた。ちなみに薫は外が好きではないので、一緒に外食へ行ったことがない。
「近藤先生、今ちょっとよろしいですか」
社会科の男性講師が蕾に声をかけてきた。確か、文化部を取りまとめていると聞いたことがある。
「はい」
「科学クラブのことなんですが、活動報告、実績を何かあげてもらわんといかんのですよ」
「はぁ」
「もうすぐ夏休みで、そろそろ高体連、高文連の開会式も行いますが、コンクールに応募するなどしてくださいね」
知らないと言う間もなく、その社会科講師は去って行った。
「活動報告や実績をあげなきゃいけないものだったんですか」
隣の雄太に聞く。
「まぁ科学クラブはただでさえ部員3名で1人辞めたら廃部ですしね」
乃那未などは科学部と言っているが、同好会扱いで本来は科学クラブであったことを思い出す。
「そうか。ちなみに金森先生は顧問担当してましたっけ?」
「僕は国際交流部で、日々ちゃんと活動してますし生徒が新聞を制作して廊下に貼っているので活動報告もバッチリです。夏休みはスピーチコンテストに出るので代表を決めているとこですよ」
金森先生の口からすらすらと活動内容が出てきたので、蕾はあ然としてしまった。科学クラブの活動といえば、乃那未がお菓子を作ったり簡単な実験をしたり、映像や本を見たりするくらいだ。
「指導することあるんですか? 科学って難しそうですけど」
蕾はこれといった指導をしていない。大体乃那未の実験を見学していると途中で睡魔に襲われて、気がつけば寝ている。
「よ、吉岡先生は指導されていたんですかね」
寝ているとは言えず話をすり替えた。
「さあどうでしょう。吉岡先生の担当は数学ですからね。科学も指導しようと思えば出来そうなイメージではありますけど」
少し考えてみるが、乃那未の態度を見ていると指導されたことがないのだろうとは思う。
「金森先生、呑みはおあずけです」
ええーと言われるが、蕾の頭の中は科学部のことでいっぱいだった。




