薫の訪問
乃那未を見送ってから、自宅へ車を向けると着信が入っていることに気がついた。きっと薫だろう。電話をかけてくるのは薫くらいしか居ない。
自宅のドアを開けると、やはり薫の靴があった。
「おかえりぃ」
「おー」
突然のおかえりに対応出来ず、そんな返答をする。
「どうしたんだ遅くまで。もうすぐ日付変わるぞ」
薫はうーんと言いながら、レトロなゲーム機をピコピコとやっている。蕾なんかはゲーム機の種類を知らなかったが、確か薫がゲームボーイなんちゃらと説明していたものだ。なんちゃらという機種名があるらしいが、蕾は全く思い出せなかった。
「仕事の話に決まってるだろ。こんな遅くまで学校にいたのかよ」
「ちゃんと相原乃那未と一緒だったよ」
「へえ」
実際は寝ていただけだが。
薫がもう1つのイスに足を乗せていたので、どけと言って足を退けさせた。
「依頼人のこと、調べたんだ」
薫がゲーム機を置いて言った。蕾はまだそんなこと言って……と呆れたように薫を見る。
「もちろん管理人にも、今地球で生活出来ていることにも感謝してるよ。でもさあ、相原乃那未は何も悪いことをしていない。悪いのは依頼人の方じゃないかって思えるんだよ」
蕾は黙り込んだ。蕾は乃那未に助け出すなんて言ってしまったので、薫に対して言えることがないのだ。
「……で、その依頼人ってのはどんな奴だったんだ」
蕾が聞く姿勢を見せて、薫の顔が明るくなった。
「出身大学が同じ、柚木崎育治っていう男なんだけど」
と、大学生が入手した録音テープの内容を話した。
「きっと、依頼人があの動かない母親を作ったんだ。何か酷いことを言ったんだよ。それに、父親の自殺もきっと関係してる。父親のことを妬んでいたんだからね」
「いや、それは憶測じゃないか。母親に何かを言ったのだとしても、父親を殺したとか直接手を下したんじゃない」
「だから今回も俺らを頼ったんだろう。直接手を下さずに子供を――」
「そんなことして何の得があるんだ」
「だからあれは父親が造ったから、恐れてるのか、家族全て壊さないと気が済まないのか……」
「あれって……相原乃那未のことか? 物みたいに言うなよ。そもそもそんなスーパーマンだとか幼稚な理由で、父親も依頼人も、母親だっておかしいんじゃないか?」
「蕾は誰の味方なんだ」
薫が言うと、蕾は黙り込んだ。
「俺が相原乃那未を逃がそうと言えば、リスクが大きいって言う。依頼人が悪いと聞けばそうじゃないって言う。最後には相原乃那未以外がおかしいって言うってことは、結局相原乃那未を逃がすことになるんだろう? ただ結論を先延ばしにしてるたけだ。それなら依頼人も痺れを切らしてくるだろうし、早めにこの仕事を終わらせようよ」
蕾は腕を組んで、黙り込んだままだ。
「ああ分かった。蕾は先生役をしているこの生活を変えたくないんだ」
蕾の口元が、何かを言いたそうにピクリと動いた。しかし、口は開かない。薫が言ったことが図星だったようだ。
「情なんか持つんじゃないよ。俺らはいつか地球を離れるんだから。きっと5年以内にまた探査組が地球に来て、俺らはかえるんだ」
硬い表情で薫が言う。必ず帰るという強い意志が言葉に込められていた。
蕾はため息をつく。
「分かってる」