幼い頃の記憶
――普通、生徒の前で爆睡するかなぁ。
目の前の机の上で寝ている蕾を呆れたように見る。乃那未はプラズマを眺めることに飽きて、教室の隅でデスクライトを点けて文庫本を読み始めた。
しかし、文庫本は、ある記憶に邪魔されて進まない。
乃那未は、母親に何かで怒られて裸足で玄関から閉め出されていた。家に入れないので、裸足で近所の公園へ遊びに行く。
泣きすぎて腫れている目は、今にも閉じそうに重い。
ブランコをこぎながら、何度も頭をもたげて今にも寝そうだった。
「裸足で、どうしたの?」
声がして乃那未が横を見ると、緑髪の男の子が居た。
「世界が無くなれば良いのにと考えてた」
――そんな返事をするはずがない。
乃那未は記憶に反論するが、記憶なのか妄想なのか、その情景は続く。
帰るよと声がして、緑髪の男の子は元気よく返事をした。母親なんだろう。小さい子どもを抱いているようだが、顔がはっきりしない。
「幸せに……」
いきなり蕾が呟いて、乃那未は飛び上がるほど驚いた。
蕾の顔をそっと覗き込む。
目を閉じているが、目元が濡れている。
「何をしているんですかー」
呼びかけてみるが応答なし。ぐっすり寝ているようだ。
乃那未は先程の続きを思い出そうとするが、その後は抜け落ちたように何も思い出せなかった。
文庫本にしおりを挟んで、鞄にしまう。乃那未は静かに教室から出ていった。