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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合

してその理由は

作者: イウよね。

久方ぶりの手慰みゆえ…

 西岡子爵(にしおかししゃく)は、文芸部内でハチマキを巻いて玩具の看板を持つ後輩を面白いやつだと思っている。


「いざ政権交代、日本の未来を変える一票だ。というわけでこれどうぞ」


 気合の入った格好のわりに、淡々とした口調とふざけた態度で、どうせ朝の登校途中に渡されたんだろう政治のビラを子爵に渡す。


「君はそんなに政治的主張が強いタイプだったっけ?」

「では先輩に質問ですが、政治について無関心でも構わないのでしょうか? 私たちはまだ高校生ですが」


 後輩の(きのと)(はじめ)は、別に政治に異常な関心があるわけでも、日本を変えたい熱心な若者でもない。ついでに有名なミステリ小説家でもなければ、アニメ監督の息子でもない。そして子爵は貴族ではなくただの名前で、二人ともただの女子高生である。

 ただの、と呼ぶには、二人だけの文芸部員で退屈な会話に興じる程度の、ただの、である。


「無関心でも構わないと思うよ」

「してその理由は?」


 して、その理由は。

 一から何度も何度も言われた言葉は、初めて出会った文芸部の時に言われた言葉であった。


―――――――――――――――


「一人で文芸部員ですか? 部になってないと思います。部室の不法占拠ですよ」

「子供のやることに仰々しいことを言いますね。別に部活に熱心な学校でもないので、廃部になった文芸部員として部員を勧誘しながら活動しているだけですよ」

 

 なんとも微妙な出会い方でいながら、たった一人部室で座って本を読んでいる子爵に、一が突っかかっていた形だ。


「勧誘、してなさそうですけど。まあいいです、私も入部希望なので都合が良かったです」

「そうですか。ではこれからよろしくお願いします。部じゃないので入部届もないですし、特に手続きは必要ないので」

「……そうですか。活動内容は」

「特に決まっていません」 

「……やる気とかありますか?」

「まあ、人並みに」

「それで文芸部員って名乗っているんですか?」

「はい、文芸部員ですよ」

「……して、その理由は?」

「…………そうですね。この学校に文芸部はなくなってしまいましたが、私は文芸部がなくなる最後に文芸部員でした。そして今も文芸部として活動していた場所で、文芸部でしていた活動を続けています。文芸部員として活動していた時となんら変わらず行動しているので、実質的にあの頃と変わらない文芸部員なんですよ」

「……へえ。面白くない屁理屈ですね」

「それは失礼」


 他愛もない会話に、何を興味を持ったのか、一が子爵に懐くようになったのはそれからである。


 それからというもの、一はしょっちゅう尋ねに尋ねたのである。


―――――――――――――――――――――――


「選挙権がまだないのに政治について考えても仕方ないじゃない。来年のことを言うと鬼が笑うんだから」

「将来のことも考えていなさそうですね。来年のこと考えないとまずいんじゃないですか?」

「生憎、まだ子供だから考えなくていいことは考えないだけで将来については考えているよ」

「そうですか」

「そうですよ。ところで、君は政治に熱心な若者だったりします?」

「いえ、生憎なーにも考えていない若者です」

「それは良かった。話題に合わせるために早めの勉強が必要かと思ったから」


 大人になったらそういう勉強もして自分で選ぶようにしよう、それが大人になるということだろう、というのが子爵の持論であった。ただ今は子供だから調べるのも大変だし面倒臭いから、という程度に考えている。


 まあそんな、ちょっと変わった二人の日常についてだが。


――――――――――――――――――――――――


 帰り道、下駄箱、ハート型のシールで綴じられた便箋。


 おいおい、おいおいおい。と心の中で唱える。あからさまなラブレターに動揺を隠せない子爵であったが、その便箋があまりに乙女な装丁をしているのでうすうす違和感を覚えていたが。

 乙一、としっかり名前が書いてあったので、溜息を吐いて部室に戻った。


「君、これは?」

「子爵先輩のことが大好きなのでそのラブレターですよ。中身を読んだから返事してくれると思っていいんですか?」

「いや、読んでない」

「読んでくださいよ、乙女の気持ちなんですから」


 デリカシーもなく、若干呆れて子爵はその便箋を開く。無情に破れたハートのシールも、いつも通り淡泊な一を見れば心はまるで痛まない。

 そして手紙の内容は、

 先輩のことが好きです、付き合ってください。

 と、極めてシンプルな一秒で考えられそうな文章であった。


「文芸部員ならもう少し工夫というものを」

「返事はどうですか?」

「返事か。えー……」


 いつものように呆れながら、いつものように少し考えて。


「……OKかな、付き合う」

「してその理由は?」

「私は誰とも付き合ったことがないからいい経験になると思う。それも見知った君だと安心するし、君とギクシャクするのも嫌だからね。気を遣わせるよりも、恋人として気兼ねなく付き合えるならその方が私も楽しい」

「他に恋人ができたらポイですか?」

「そこまで無責任じゃないよ。ちゃんと好きな人ができましたって伝える」

「あーあー淡泊な人ですね」

「君には言われたくない。では、これ」


 そっとラブレターを返す。いつもの冗談であるのなら、こんな小道具は返してしまった方が良い。勝手に捨ててでもくれたまえ、と言わんばかりに手渡すと、それを受け取った一は、改めてそれを子爵に渡した。


「これ、受け取ってください」

「ゴミ箱は君の方が近いのに」

「いえいえ。本命ラブレターです」

「……ふぅん? へぇ?」

「答えはもう知っているので言わなくても問題は……」

「なるほど。持ち帰って検討させていただきます」

「……えっ。先程よく検討していただいたと思ってますが」

「ラブレターを出してフラれても冗談で済ませるような弱気な人、というのを加味して再審査します。では」

「ちょっ……と待っ……、なんで、そんな」

「その理由は、私が結構なロマンチストだからそういう予防線を張っているのが嫌というのが一つ。もう一つは、『してその理由は~』、なんて言わないところが見たかったからかな。

 ちょっと待っ!なんで!? って……ふふ」


 子爵が心底楽しそうに笑うと、焦っていた一はいっそうばつが悪そうに俯いた。

 恋心を剥がされ、からかわれて、普段の淡泊な態度もどこへやら。

 

「……この場で答え聞かせてくださいよー」

「うん? 答えは変わらないよ。考えた結果は伝えた通りだから。これからは恋人としてよろしく」

「…………付き合っていただきますからね、お出かけとか」

「うん、楽しみにしている」


 顔が朱に染まったままの一にとっては、そんな風にいつまでも変わらない子爵の方がどこか淡泊に思えるのであった。

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