007:小さな街の大事件
有名になろうと決めたは良いが、案外ミライは真面目だった。
魔法を使えば有名になれるということは分かっていたが、むやみに魔法を使うことで変な目で見られるのではないかという懸念もきちんと存在していた。魔法が使えるからといって捕まったりしたらどうしよう、という考えはなくならず、しばらくは良い方法を思いつくまで氷の運搬をすることにした。
宿屋の食事は朝と夜の二回、昼食は仕事の休憩で配られるパンで済ませた。
氷の運搬の仕事は給料が低い代わりに待遇が手厚かった。
水とパンは無料で配られ、休憩もそこそこ多い。
仕事終わりにはあたたかい飲み物も一人一杯だが配布される。
今日も無事に仕事を終えて、ミライはあたたかいシラヌ茶を一口一口大事に飲んでいた。
シラヌという葉っぱからできるシラヌ茶は現代でのルイボスティーのような味で、ミライの味覚には嬉しいお茶だ。
「ミルァイ! シルヴィが一緒に飯どうかって言っていたんだけど、どうだい?」
「すみません……今日はこれから行くところがあって……」
本当は魔法の練習をするつもりでいるのだが、そんなことは口にはできない。
ミライを食事に誘ったソラムは残念そうに引き下がり、妻のシルヴィからの叱責をどう回避しようか考え始めた。
つい先日、仕事が終わりミライがふらふらと街を歩いていると、まるでソラムを連行しているかのごとく歩いているシルヴィに出会ったのだ。
ソラムは天の助けとばかりにミライに話し掛け、シルヴィを紹介した。
どうにかしてシルヴィの怒りを誤魔化したかったのだろう。シルヴィから聞いた話ではソラムは娼館に行ったことが原因でシルヴィに叱られていたそうなのだが、誤魔化そうとしてミライを紹介し、またしても怒りを買うことになった。
ソラムは正直者で隠しごとができない性格だ。
素直といえばそうだが、余計なことまでぽろりとこぼしてしまうところがある。
薄着で現場にきたミライのことを話して上着を貸さなかったのかと問われると分かりやすくソラムは黙った。
シルヴィは激怒して、それでもあんたは大人の男かとソラムを怒鳴りつけ――ミライに謝罪をした後、境遇について尋ねてきた。
なんだか面倒なことになりそうな雰囲気……とミライは尻込みしたが、嘘があまり好きではないのでミライも素直に境遇を話した。
それからシルヴィは事あるごとにソラムを通してミライを食事に誘う。
二度、食事をしたあたりでミライはこれからは断ることに決めた。
シルヴィは優しいが、ソラムの稼ぎはそんなによくない。
新婚とはいえ、ひとつの家族だ。
ミライのせいで食費がかさむようなことになれば、申し訳無さ過ぎる。
断るとソラムホッとしたような顔になった。本当に正直な男である。
ミライはソラムさんは正直ものだなあと素直にそれを受け入れたが、悪意に晒され続けていたミライだからこそ、傷つかずに済んだとも言えるだろう。食事の誘いを断られてホッとした顔をするだなんて、なんとも失礼な男であった。
仕事が終わり、一度宿屋に向かうとミライは転移の魔法を使った。
どのくらいの範囲まで使えるのか試したかったのだ。
まず手始めに、とツヴァイの小屋をイメージすると簡単に小屋まで転移できてしまい、ミライはそのあっけなさにぶるりと背中を震わせる。
街まで歩いていった行きはそれなりに充実していて、転移を使えば良かったなどとは間違っても思ったりしなかった。
しかし、便利ではある。これからは必要な時に使わせてもらおう。
なんとか気持ちに区切りを付けて転移の魔法を刻み込んだ。
「でも、お父さんのところまで一瞬っていうのは……こわいけど、うれしいよ」
帰りたくなったらすぐに帰れるのだ。
ツヴァイに会いたくなったときはいつでも会いに来れる。
そのことに気付いてからは恐怖は次第に薄れていった。
「知らないところにはいけない、のかな。どうだろう……教えてくれる?」
転移魔法について。
知りたいと願ったミライは少ないながらも一応の知識を取り込んだ。
詳しくはわからなかったが、場所がきちんと把握できているならどこでも行けるらしい。
距離が遠くなればなるほど魔力は必要になり、一度行ったことのある場所や地図や絵を見て頭にイメージができる場所には行ける仕組みであった。
全く知らない場所にはいけない。それだけわかればミライには充分だ。
「転移はなんとなくわかったけど、治癒とかはどうなんだろう」
治癒魔法の知識は少しだけしか教えてもらえなかった。全快するのかどうかもわからない。
ただ回復を促すだけの魔法なのか、傷自体を治してしまう魔法なのかわからない。解毒ができるかどうか、そんなことも分からなかった。こればっかりは使ってみないとどうしようもないらしかった。
ミライは情報の曖昧さに困惑しっぱなしではあったが、できることが多いということにとても感謝していた。
魔法、というものを知ってまず最初にツヴァイのことを思った。
治してあげられただろうか、延命できたのではないか。
そう考えても違和感が残り、天寿という言葉がミライには一番しっくりきた。
魔法を知っていても、使えたとしても、ツヴァイはきっと眠った。
どんな魔法を使っても、結局はそうなるだろうという気がミライにはしていた。
異世界にきて、一番最初に会い、不安なミライの傍にいてくれた。
だからツヴァイが大事なのかと思うこともあったけれど、それでもツヴァイのことが大好きだったという事実に変わりはない。
「……決めた! お父さん、私……王都に行ってみる!」
有名になる第一歩としてミライは王都へ行くことを決めた。
そして、僅か二日後――ミライは捕まった。
そもそもの原因はマーメント担当の騎士にあった。
が、その事実を知ることができた人間はいないので当人に罰はない。
マーメントへ配属された騎士はベルガーという男だった。
面倒臭がりでサボり癖のある、若いのに髭面の青年だ。
剣の実力を売り込み騎士団へと入団したが、入ってみればそこは化物の巣窟と言わんばかりに強い騎士がごろごろといて、腕に自信があったベルガーもすっかり自信をなくしてしまった。
今となってはどうして自分が騎士団に入れたのかすらわからないくらいだ。
化物ばかりの騎士団の中で最低ランクのベルガーがマーメント担当にされたのは入団してすぐだった。
それまでマーメントを担当していた騎士とは比べ物にならないほど弱いベルガー。
マーメントの担当になるのはごく自然なことであった。
派遣されてからベルガーは生来の面倒臭がりを更に発揮して何もしなくなった。
そもそも、問題が殆ど起こらないほど地味な街だ。
酔っぱらいの小競り合いや子供の喧嘩、ごくたまに出る盗人の捕縛など、ベルガーが出るまでもない事件しか起こらない。
価値がない――とベルガーは思っている。
この街には価値がない。
最低限のものさえあれば満足するような人間ばかりが住んでいるこの街は活気こそほどほどにあるものの、沸き立つような賑やかさがない。
そんな街だからと油断していたのである。
仕方がなかったのかも知れない。
派遣されて五年、本当に何もなかったのだから。
ベルガーは街の組合で喧嘩らしきものが起きていると報告を受けて、下っ端の騎士見習いをいつものように遣わせた。
騎士見習いでも充分に立場はある。
この街は住民が進んで治安維持をしていることもあり、騎士というのはその治安維持隊を使う立場と言っても良かった。騎士自らが出るのは大きな問題のとき、それこそ酔っぱらい同士の喧嘩が白熱して周囲の人間が巻き込まれて怪我を負った、とか。
被害がそこそこ出てからが騎士の仕事の始まりでもある。
報告があがったとき、正直言ってベルガーは「なんで報告してきた?」とすら思ったのだ。
それでも報告が騎士まできたということは、それなりに被害が出ているのだろう。
見習いに様子を見てくるように行って、ベルガーはごろんと横になった。
騎士専用に作られたこの街のレベルでそこそこ豪華な執務室の椅子に。
ベルガーの失敗はここで自分が行かなかったことだろう。
自分に報告がきたということを正しく受け止めなかったことが失敗でもある。
治安維持隊ではおさえられない、そういう状況なのだと思って行動していれば被害はそこまで出なかっただろう。
ベルガーが駆けつけたとき、街の一部は消えていた。
文字通り、崩れたり壊れたりしたのではなく――消えていたのである。
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