047:慰めの騎士
ベラミニーツェの屋敷を出てツヴァイの小屋に戻ったミライとベルガーは、向かい合いテーブルを挟んで座った。
壮絶とも言える一族の始まりと、悲しいが幸福でもある現在のベラミニーツェ一族。
強烈な一族の余韻はミライの胸にじくじくと残る。
「ベル……ベルの言うとおり、この国は危険な国なんだね。それも、ずっと前から……」
「お、おう! やっとわかったか!」
ベルガーが噂で聞いた危険とはある意味違う危険ではあったが、ここぞとばかりにベルガーは胸を張って主張した。
ベルガーは知らない。ミライの知った、一族の始まりを。
ミライの言う危険とはその壮絶な一族の始まりのことであったが、ベルガーの言う危険とは「女が男に襲いかかり捕獲する」ということであった。
「ここは危険な国だ。かなりな。だからショルディに行くぞ」
どうしてもショルディ・アースランド王国に行きたいベルガーである。
臆病者のベルガーに気付きもしないミライは、不意に顔をあげて思い出したようにきょとんとした。
「あれ? そういえば、ベルはベラミニーツェ一族の始まりを知らないんじゃないの?」
そんな昔の話を知っているのは恐らくミライだけであるが、話したような気になっていた。
これも族長に話すべきだっただろうか。でも出てきてすぐに戻るのは何だかなあ。
どうでもいいことを変なところで気にするミライである。
ベルガーはミライの言葉に同じようにきょとんとする。
「始まり? なんだそりゃ」
聞いてしまったのが運の尽き。ミライは悲しそうに眉尻を下げた。
「あのね……」
ミライはゆっくりと話し始める。
残酷で、悲しい始まりを。
ベルガーが思いもしていない、壮絶な一族の始まりの話しを。
そして、ミライは壊れた魔法陣が引き起こすかもしれなかった可能性の話も青ざめながらちゃんと語った。
時折、涙を浮かべながら――悲壮感たっぷりに話すミライにベルガーも引きずられ、ずっしりと重たいものを背負ったような気になる。
「……なるほど。間の沈黙やら色々とわからなかった部分はそういうことだったか……聞かなきゃ良かった……」
ベルガーは机に伏せて深く長い溜息を吐き出した。
「まぁ、なんだ。途中でわかんねえ所もあったけどな、最後のあの婆さんの言葉を聞いてミラがいいことしたんだなってくらいは俺にもなんとなくわかってた。話し聞いて、ちゃんと確信した。おまえはいいことをした。すげえよ、ミラ」
飾り気のない、本心からの賛辞であった。
ベルガーが同じ状況に立たされたとき、ミライと同じことができるかと言うと――絶対にできないろう。
自身が魔法使いであったとしても、できなかったとベルガーは思う。自分の意思で、都合が悪いことも正直にすべて話し、ミライにとっては顔見知りというだけのトルティアに同情できたことも、自分にはできないことだと思う。しかし、ミライの行動が正しかったかどうかについてはベルガーにも分からない。ただ、ミライのしたことをすげえ、とベルガーは素直に思った。
「でも、人間以外の子を孕む可能性があって、それでも妊娠し続けてたってのは正直ぞっとするな」
「う、うん……」
「なあ、ミラ」
「うん? なに?」
「おまえ、平気か?」
ベルガーは体勢はそのままに顔だけをあげて、ミライを見上げた。
机に伏せていたベルガーをミライは見つめ返し、苦笑する。
「……へいき。だって、いいこともわるいことも、嬉しいことも悲しいことも、全部世の中にはあるんだもん。知っていかないと、だめだから。私、何にも知らないから……裏切られたなんて、思っちゃったんだよ」
「辺境伯のことか……あれはな、まぁ……仕方ねえことだ」
「エルさんは私に優しくしてくれた。それが嘘だったとは思わないよ。ちゃんと、わかってる」
「……おう」
「もっといっぱい、知らないと……私、ぜんぜんダメだから」
背伸びをして、前向きになった振りをしても、心がついてこない。
ミライの心はツヴァイとの思い出に逃げ込んだままだった。
ツヴァイの思い出に浸っていれば、ミライはそれだけで幸せになれる。
誰かに裏切られたと思うこともなければ、騙されたと疑いを持つこともない。
信じられないということは、ひどく悲しいことでもある。
信じたいのに、信じられない。
けれど、信じないことには何も始まらない。
ミライの心にはサムニエルの笑顔が未だ残っている。
「逃げちゃったから、こんなに苦しいのかな」
「……逃げるのは悪いことじゃねえ」
「うん……。ねぇ、ベル」
「なんだ?」
「私、ルバルスローンの王都に行こうと思う」
「はあ!?」
「治安が悪くて、危険がいっぱいでも、知っておきたい。どんな国なのか。……アーディス王国はあんまり、知ることができなかったし」
「俺は行かねえぞ。絶対に行かねえからな」
「うん。私ひとりで大丈夫。ベルはここにいて」
「…………」
「明日、ルバルスローンの王都がどのへんか、族長に聞きにいくね。絵で描いてもらえたら、近くに飛べるかもしれない」
「…………」
「ベルにはいっぱい魔法かけて、絶対に見つからないようにしておくから、安心して」
「…………ああ、もう! わかったよ! 行く! 俺もついていきゃあいいんだろうが!」
「いいよ。本当にひとりで平気」
「そんな顔すんな! お前はバカみたいに目ぇ丸くしてアホ面してる方がいいんだよ!」
まるで悟りを開いたかのように穏やかで静かな表情を見せるミライに、ついにベルガーは耐え切れなくなった。
「大人ぶってんじゃねえよ。おまえは、ミラは、突拍子がなくて、急にでかい魔法使って、そんでもってすげえ魔法使いで、どっか抜けてる、そんな……やつだろうが」
そんな女、と言おうとしてやっぱり『女』にはまだ遠いかなと思い直したベルガーであった。
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