037:逃亡中の魔法使い
光を放つ神々しい金髪を揺らし、ベルガーの前に立ちふさがる。
ミライは反射的にびくりと肩を跳ねた。
スペリアズの罵倒は苦手だ。
聞こえないレベルの悪意の罵倒というところに恐怖を感じる。
「お、おい」
「うん?」
「なんで見えてるんだ?」
「わかんない……けど。たぶん、知ってるからかな?」
「知ってる?」
「私とベルのことを、知ってるから。気配とか、そういうの」
「……隠蔽しても気付いたってことか?」
「かなあ……」
んん?とミライは考え込む。
ベルガーはのんきなミライを投げ飛ばしたくなるが、そこはなんとか堪えつつスペリアズと対峙した。
ミライがかけている魔法は隠蔽と偽装の二つ。
隠蔽は見つけにくさせる魔法で、偽装は誤魔化す魔法である。
どちらも完全に見つからない理由にはならない。
しかし、それでもただの人に気付かれるはずはないのだが――と思考を巡らす。
「……スペリアズさん」
「何だ薄汚い×××××。お前は公の信頼の裏切り、尚且つ逃亡を企て、××××な××××も××××な××××だろう」
「だから聞こえないって……えっと、私のこと、どういう風に見えてますか?」
「ぼやっとしたものに掴まれて上半身が宙に浮いている」
「…………」
要するにベルガーがミライを引きずっているせいで、隠蔽も意味がないほどの注目を浴びてしまっているのだろう。これならばいっそ透明になる魔法をかけた方が良かったかも知れない。
下手に誤魔化すよりも完全に見えなくしてしまった方が――
「あ、ダメか。それじゃあ買い物ができなかったんだ」
うーん。と悩んだ末に、ミライは自分の考えの足りなさと実感して、それならば挽回しようと自分の足でしっかりと地面に立つ。
「ベルの姿ははっきりと見えてない、みたい。スペリアズさんが悪意を持って私たちを見てるから。私はベルみたいに沢山魔法をかけてないからスペリアズさんには姿が見えてるんだと思うけど」
「××××××××××××!」
「……あー……えっと、スペリアズさん、どうして分かったんですか?私がミライだって」
疑問はまだ残る。
偽装で姿は少年に見えているはずだ。
それなのにスペリアズはまるで正体を知っていたかのように「止まれ」と声をかけた。
「ふん。会話を聞いたと報告があったからな。お前を待ち伏せするのなんてフォークを握るより簡単だ」
「そうですか……」
次は声も変えなくちゃ。と反省しつつ、ミライはスペリアズと向かい合う。
真面目な顔つきになったミライにスペリアズは若干驚いた。
何も知らない短慮な小娘であったミライが少々成長したかのように見えて驚いたのだが、スペリアズにあっけなく見つかった現状を振り返ればその驚きも意味のないものに変わる。
「顔つきが変わったかと思ったがな。そうでもないか」
「……顔つき?」
「何でもない。おとなしく捕まり、公の前に顔を出せ。そうすれば刑も軽くなるだろう」
問答無用で強硬手段に出ないのは、無駄だと知っているからだろう。しかし、スペリアズがミライを発見できたのは奇跡のようなものであり――このタイミングでスペリアズとミライを出会わせたのはサムニエルの中では最悪とも言える。
「刑が軽くなるってどれくらいですか」
「知らん。とりあえず公のところへ戻れ」
「嫌だ!」
「なんだと?」
「一生労働なんていやだ! そんなのおかしい! 王様だって、私の罪より私の魔法のことばっかり考えてた!」
「はあ?」
スペリアズは短気であった。
そして、ミライはスペリアズの言葉を簡単に信用できるほど、単純になれなかった。
サムニエルの一件でミライはミライなりに学習していた。
その上、スペリアズはあまり口がうまいとは言えない男である。
交渉決裂は交渉が始まる前に決まっていた。
「転移。――家に帰りたい」
ミライがそう願えば、魔法は願いを叶えてくれる。
この世界で一人ぼっちのミライを手助けするように。
魔法使いは縛られぬ者。
捕まえようとして捕まえられる存在ではないと知っておきながら――それでも、アーディス王は諦めることができなかった。
サムニエルへ捕縛を命じ、周辺諸国へも通達を行った。
国に属する魔法使いの歴代誰よりも優秀なミライを必ず手に入れると本格的に動き始めた。
機会を何度も逃し、小娘と侮った。
自身に激しい怒りを覚えた国王は才覚を惜しみなく発揮する。
そして、冷血辺境伯サムニエルは本来の姿を晒し――ミライの捜索を真面目に始めた。




