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020:悪女になった少女

 

「じゃあ聞くが」


 スペリアズは金の髪を揺らしてミライを睨む。


「ベルガーとの関係を、お前ははっきりさせたいと言ったな? 親しくっていうのは自然にできるものなんだろう。それなのに何故、お前は関係を言葉にして聞くことを求める?」

「……親しくなるのは自然にできても、関係は言葉にしなければ――どっちにも正しい意味で伝わらないと思っているからです」

「お前の言葉を借りるとすれば友人もそうだろう。友人っていうのはなろうとしてなるものじゃなく、いつの間にかなっているもの。それを改めて言葉にするのは変な行為だと思わないのか?」


 スペリアズの言葉はミライにとってすごく痛いものだ。


 本来なら、本当なら、友人とはそういうものだろう。

 関係をはっきりさせる必要がないものだとミライも思う。

 けれど、それは悪意に晒された環境では通じない。こちらが友人だと思っても、向こうはそうは思っていないことが多いからだ。


 境界線は難しい。

 関係を言葉で求めたとしても、嘘はいくらでもつけるのだから。

 そうなると今度は相手の態度でそれが嘘かどうかを判断しなければならなくなる。


 しかし、それはあくまで言葉で関係を求めた後の話だ。


 あの時のミライはベルガーが嘘をつく可能性を全く考えずに聞いたのだ。


「結局は、私自身の気持ちの問題だと思います。私は、私の場合は、言葉にして聞かないと……安心、できないんです。親しくなることは自然にできても、友人だと思うには相手への確認が必要で……私は私なりに考えて関係を問いました。変な行為だと思われても、それは仕方ないと思います」

「……お前が他人を友人だと思う基準は何なんだ?」

「基準は沢山ありますが……私のことを愛してくれる人のことは友人だと思いたいです」


 親愛、友愛、隣人愛。

 色々な愛があれど、それはすべて好意である。


 そんな好意を向けられることはミライにとって経験のないことだ。

 だから、判断は難しい。

 それでも、好意を向けてくれる相手を友人だとミライは思いたい。


 ツヴァイはミライを愛してくれた。

 父という目線で、立場で、間違いなく愛してくれた。

 ツヴァイは父であり恩人であり友人でもある存在だった。


 ――愛。

 それは、広い意味で愛情と呼ばれる感情だが、どの世界でも共通して言えるのは――愛といえばイコール恋愛感情だとまず初めに解釈されるということだった。




「……とんでもない悪女だな……××××××××かよ……」


 スペリアズの顔は大いに引き攣った。

 団員たちも現代風に表現すれば「まじかよ」と言いたげな顔をしている。


 ミライの発言はこう取られた。

 私のことを(恋愛という意味で)愛してくれる人は友人だと思いたいです(つまり、発展はない)

 愛してくれる人は友人だとミライの中で判断するが、恋人だとは思わない。

 なんという、悪女だと。


 ミライがあまりにも堂々とした表情で言い切ったので、非道だと言われるスペリアズでさえドン引きしてしまう始末であった。


「と、とりあえず……話を戻すか…‥」


 ベルガーは収集がつかなくなった場をなんとかするために発言したが、実際のところどう収集すればいいのか分からなかった。


「つまりミルァイは、愛してくれるなーと思う人間に対してあなたは友人ですか? って聞くだろ? それで、相手がそうですって答えりゃそれはミライの中で友人になる。そういうことだな? それでいいんだな?」


 こんがらがってきたとミライ自身も思ったが、間違ってはいないので頷く。


「友人認定されるのは難しそうだな……おい……しかも先はないんだぞ……友人になってからが悪夢の始まりじゃねえか……」


 ぼそぼそと呟いたベルガーの言葉は生憎ミライの耳には入らずミライはきょとんとするだけであった。


「ごほん。要するにミルァイ様は親しくなること自体を拒否されてはいないが、公の命でそうしようとするならば親しくなりたくはないということだな」

「ま、そういうことでしょ。ってことで、ミルァイ。俺のことは気軽にティアって呼んでくれて良いから。公の命じゃなくて、俺はミルァイって子と真剣に仲良くなりたいし?」


 簡潔に団長が話をまとめると、我先にと副団長のトルティアがミルァイの傍へ寄る。


「よろしく、ミルァイ。公式の場ではちゃんと様つけて呼ぶけど……普段は呼び捨てで呼んでもいーい?」

「えっと……はい」

「そんな堅苦しい話し方しなくて良いからね。軽く行こ、かるーく」


 急に砕けた態度で話すと、トルティアはミライの手を取った。そして、手の甲に口付ける。


 高貴なる貴婦人に対する正式な騎士の挨拶だ。

 既婚の女性でも未婚の女性でも、この国では男性が女性の手の甲にキスをする挨拶が主流である。国王でも隣国の王妃が相手になれば挨拶では手の甲に口付ける。それで立場が判断されるようなことはないからだ。あくまでもただの挨拶であった。


 しかし、そんなことを知らないミライは「きざなひと」という印象を抱く。


 トルティアは色男らしい整った顔で微笑んだ。


「そろそろ準備が終わる頃だね。ミルァイ、王都は楽しいものがいっぱいあるから楽しみにしてて」


 ばちん、とウインクをしてトルティアは部屋を出て行った。

 何人かの騎士がその後に続き、部屋の中に残ったのは副団長とスペリアズ、それからベルガーの三人だ。


「便乗するような形になるが、私も貴女とは親しくなりたいと思っています。ミルァイ、私のことはツェルと」


 騎士団団長クォツェルスは恭しく跪き手の甲にキスをしようと視線をあげたが、先ほどのトルティアの挨拶でミライは手を後ろに隠してしまっていた。仕方なく挨拶を諦め多少砕けた態度で接する。


「ツェルさん、ですね。はい」

「王都へは共に向かう。また話す機会もあるだろう」

「……はい」


 それではな、と言い残してクォツェルスは部屋を後にした。

 残るはスペリアズとベルガーだが、どちらも考え込むように俯いて眉を寄せている。


「ベ……」


 ベルガーさん、と言いかけて、さっきの話を思い出す。

 俺ばかり優遇するなとベルガーは言っていた。消去法でスペリアズを見るが、スペリアズはやっぱり話しかけづらい。


「おい」


 しかし、ベルガーよりも先に口を開いたのはスペリアズであった。


「はい。なんですか」

「俺はお前と親しくなりたいとは思わない。公の命令だからそうしようと思ったからな」

「はい」


 こうまで真っ直ぐに言い切られると逆に気持ちが良いとミライは思った。


「だが、騎士の仕事に差し支えない程度の関係にはなっておきたい。そういう関係はお前の中でどういったものになる?」


 仕事に差し支えのない程度の関係。

 それはつまり、仕事の関係ということだろうか。


 同僚?いや、違う。知り合い?それも何だか違う。

 適切な言葉が見つからない。

 ミライは仕事をしていないので仕事仲間というわけでもない。


 今のミライとスペリアズの関係を単純な言葉にするなら「護衛」が一番適切なのだが、護衛されていると知らないミライは至極真剣にあさっての方向で考えた。


「あ! 顔見知り……!」

「そうか。顔見知りだな。分かった、その関係を俺は目指すことにしよう」


 そう言うと、さっさとスペリアズは退出したがミライは首を傾げるしかなかった。


 そうなのである。ミライは今の関係を言葉にしようとして顔見知りという単語を出したのだが、スペリアズは「そういう関係になりたい」と言って聞いてきた。まだミライとは他人だとスペリアズ本人が思っている証拠である。そして更にミライが今の関係を口にしたことにより、まだミライにとっての自分は「顔見知り」にもなれていないとスペリアズは判断した。

 なんとも食い違いの多い人間たちである。



「あの、ベルガーさん」


 そうして二人きりになった室内でミライはやっとベルガーに話しかけた。


「おう」

「私とベルガーさんって、やっぱり友人では、ないですか?」


 ベルガーからは好意(恋愛の意味でなく)のようなものを感じた気がしたのだが、勘違いだったのかも知れない。ベルガーはミライのことを厄介に思っているのではないか、とミライ本人は薄々気が付いていた。


「いや……そうだな、友人だ」

「え……?」

「友人だ!」


 ベルガー。

 二十六歳。

 年齢にしては立派な口ひげを持つ髭面の青年だが、ひげをなくせばそこそこ良い男である。

 そして、散々迷惑をミライからかけられてきた不憫な男である。

 更に言うとちょっぴりだけ「ありかな」なんてミライに対して思ってしまったが、さっきのミライの悪女発言ですっぱり今にも芽生えてきそうだった芽を潰された哀れな男である。


 ベルガーは決意した。

 こうなったらとことんミライの面倒を見てやろう。

 そして、発展がない関係でも受け入れようと覚悟を決めた。

 なんとも男前な考えだが、勘違いしている様はとても滑稽であった。

 ミライの悪女発言の真実が明かされる日が来るのかどうかは――わからない。


 ミライと親しくなりたいと言って近づいた化物三名はミライとの発展を望んでいない三名である。

 ミライに何も言えなかった騎士はそれぞれ「ちょっとありかな」と考えてしまったため、何も言わずにその場を去ったのだ。

 恋愛というフラグをへし折ったことに気づきもしていないミライは、ベルガーの友人だ発言によりすっかりご機嫌になっていた。



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