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009:捕まった少女と小さな街の騎士

 

 ――すごい、手錠だ。

 ミライは自分の両腕を見下ろし、単純にそう思った。


 嵌められている手錠は知っているものとは違うが、確かに手錠である。

 鉄のような素材でできた、重たくがっちりとしたもの。手枷といった方が近いような気もするが、繋がれている鉄自体は大きなものではないので、やっぱり手錠だというのがこの場合は正しいだろう。


 騎士、ベルガーは静かなミライを一瞥してどうしたものかと内心で頭を抱えた。

 魔法使いなんて存在だけしか知らないのだ。会うことも許されたことはない。

 会えるのは本当にひと握りで王族に近しい存在でもある。特にアーディス王国は魔法の恩恵を受けて魔法使いを神のごとく思っている節がある。


 そんな存在が目の前にいるのだ。持て余すのは当然だった。


 ミライを捕縛してすぐさま辺境伯への伝令を出したが、早くても帰ってくるのは三日後といったところか。それまでどう扱えばいいか、ベルガーには分からなかった。


「ミルァイといったか」

「ミライです」

「ミルイ?」

「……ミルァイで良いです」


 何度言ってもこの世界のひとはミライの名前を正しく呼ばない。

 しょうがないか、とミライは諦めて次からはもうミルァイという名を名乗ることにした。


「事情は聞いた。しかし、魔法を使う必要があったのか?」

「……我慢は、しました。それも、かなり」


 ミライは何度も我慢した。

 じっと堪えて繰り返し「退いてくれ」と言い続けたのだ。

 執拗にそれを無視し続けたのはあの男で、ミライは充分に我慢していた。


 けれども、ベルガーにとって、否――この世界の人間にとって、魔法とは奇跡に近い。

 上着を破られたくらいであんなに恐ろしい魔法を行使するなんて、と思ってしまうのだ、


「なおるかな……だめかなあ……」


 ぎゅうっとミライはツヴァイのコートを胸元で握る。

 その様子を見て、ベルガーは「よっぽど大事なんだな」と思ったが、それでも安易な魔法の行使については考えを改められなかった。


「あの、えーっと」

「ベルガーだ。この街を担当している騎士だ」

「ベルガーさん、魔法を使ってもいいですか?」


 ミライの問いかけにベルガーは「何を言ってるんだおまえは」と言いかけて、青ざめた。

 問題はそこではない。魔法を使ってもいいか、と彼女が尋ねたことが問題だ。


「お、おい、もしかして……魔法が使えるのか?」

「え?」

「魔力が奪われていないのか? どうなんだ!?」

「えっ?え?」


 ベルガーはミライの肩を掴んでゆっさゆっさと揺さぶった。ミライは流れに逆らわず、がくがくと首を揺らしたがベルガーが蒼白になって迫るので正直に打ち明けた。


「奪われて、ないです。使えます……」

「……なんてこった」


 はあああ、と息を吐き出してベルガーは床にへたり込んだ。


 ミライが今嵌めている手錠は魔法使いがもしも何かしたとき――というのを想定して、国に忠誠を誓っていたかつての大魔法使いが作った手錠なのだ。その手錠がきかないとなれば、可能性としては忠誠を誓っていたはずの魔法使いが実はそうではなかったということがあげられる。


 魔法使いが実は裏切っていたなどと今更になってわかれば、どんなことになるか。

 ベルガーには想像もつかない。


「あの、ベルガーさん」

「なんだよ……」

「ちゃんと奪おうとはしてるんです。でも、わたしの魔力を奪いきれないみたいで……」


 実は先ほどから手錠が悲鳴をあげている。

 ミライはそれに気が付いて、手錠に同情した。

 一生懸命に吸っているのにいつまで経っても減らない魔力に手錠は崩壊寸前で、先ほどからキシキシと小刻みに揺れていた。


「なに!? ちゃんと吸ってるのか? どういうことだ?」

「この手錠、魔力を吸おうと頑張ってるんですが、私の魔力は計測ができないくらい……その、いっぱいあって……」

「……ど、どういう?」

「たぶん、もうすぐ壊れちゃいます。もう吸えないみたいなんです……」


 申し訳なさそうにミライが言うと、ベルガーはなんとか理解したのか大きく溜息を吐いた。


「よ、よおし。とにかく、壊れそうなんだな? それはわかった。じゃあおまえ、逃げるか?」


 どう対応していいかわからなくなって投げやりに聞いたベルガーだったが、ミライはゆるく首を振って逃げないことを主張する。


「逃げません。悪いこと、してしまったと自分でも思ってますから」

「まぁ、そうだな。街が消えたんだ。悪いことに違いはない」

「……私、処刑とかされますか?」

「しょ、処刑!? なにを物騒なことを……! 魔法使いが処刑されるわけないだろう!」

「えっ?」

「最悪でも王家預かりの身分になるだろうな」


 どうも、魔法使いはミライは思っているよりずっとこの世界で大事な存在らしい。

 知識としてなんとなく知っていても、実際に扱われてみてようやくそのことに実感が持てた。

 そんなすごいわけじゃないのに、と自分を知っているミライは思うが、周りはそうではない。


「でもお前、逃げないのか……えらいな。俺だったら逃げるぞ」

「逃げるんですか?」

「そりゃそうだろう。魔法が使えるんだぞ?」

「……よく、わかりません」

「そうか……。まぁ、俺は助かるがな。それより、何の魔法が使いたいんだ?」


 当初のミライの問いかけを思い出してベルガーは首を傾げた。

 今この状況で魔法を使いたいと言い出したことに疑問しか感じない。


「なおしたいんです。破けて、しまったので」


 ミライはツヴァイのコートに視線を落として、破れた部分を指先で触る。


「そりゃどんな魔法を使うんだ?」

「修繕……時間魔法を試してみようかと」

「時間魔法!? なんだそりゃ?」

「時間を早めたり、戻したりする魔法です」

「ほお……そんなもんがあるのか……おまえすごい魔法使いなんだな……」


 ――ベルガーは知らなかった。魔法、というものについて。

 魔法使いがすごい人間だということは知っているが、その知識は所詮が庶民レベルで騎士団とは言え魔法について勉強するようなことはない。魔法について詳細を知るのは王家の人間とそれに連なる立場が上の人間だけだ。


 知らないというだけで、ひとは素直に物事を見れる。

 ただベルガーはとにかく魔法使いはすごいんだなと改めて思っただけだが、魔法に携わる人間が時間魔法などという魔法の存在を知ったら――それは卒倒するくらい、神に近い奇跡の魔法だった。


「俺になんか害はあるのか?」

「ないです。ただなおすだけなので」

「じゃあいい。好きにやれよ。どうせ魔法は使えるんだろ? 俺にはどっちみち止められねえしな」

「ありがとうございます」


 許可をもらったことでミライは安心して魔力を手錠に流し込んだ。

 手錠から魔力は溢れ、その反動で手錠は壊れる。

 ベルガーは「おお……」と感嘆の息を漏らしてジッと様子を窺った。


「どうしよう、なんて言えばいいかな……逆行? 巻き戻し? 巻き戻しでいいかな……」


 適切な言葉が見つからないが、魔法はミライが意味を理解していれば行使できる。

 数秒考え込んで、ミライはコートに視線を移した。


「巻き戻し。――お父さんのコートを、踏まれる前の状態に戻して。魔力提供者はミライ。……お願い」


 大丈夫だ。覚えている。どんな形であったのか、きちんと記憶にある。

 魔法陣がコートに吸い込まれるようにして消えた。

 コートはぼんやりと光を放ち、一部分だけが変化を始める。

 靴跡の汚い汚れが徐々に薄くなり、裂かれてしまった裾の部分がじわじわと繋がりだした。


 ベルガーは瞬きひとつせず、その様子を見入っている。

 憧れを隠せない瞳で、ミライの魔法を見つめていた。


「なおった……! よかったあ……」


 感極まったようにコートを抱きしめるとベルガーも感極まったようにその場で二度跳ねた。


「すげえ! すげえよ! おまえ、本当にすげえよ!」


 興奮気味にミライにそう言うと、まぁ飲めと置いてあったピッチャーのようなものを差し出した。ミライはベルガーの飲みかけだったそれを丁重にお断りした。


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