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婚約破棄されたので、復讐の為に悪魔に魂売りました!(まだ売ってません!!!)

作者: 林檎

 



「ジゼル・マッキノン!僕はお前との婚約を破棄することをここに宣言する!」


 ジゼルはその言葉に、思わず持っていたグラスを落とした。

 ガシャンッ!という繊細なグラスが床に砕けて割れる音が、シン、としたホールに響く。





 ジゼル・マッキノンは火山の噴火により十年前に滅んだ、ある亡国の王族唯一の生き残りだ。

 だからと言っても「既に亡い国の王女」に意味などなく、隣国であるこの国の教会でシスター見習いとして生活していた。

 それが三年前、この国の第二王子であるシャウラが彼女を婚約者として迎えたい、と教会までやってきたのだ。


「あなたは紛れもない尊き生まれの王女。どうか僕の伴侶としてこの国をよくする為に力を貸して欲しい」


 シャウラの言葉は嬉しかったが、既に自分は平民であることを理由にジゼルは申し出を断る。

 けれどその後も、再三に渡って教会に通い求婚をしてくれる彼に、ついに絆され、彼女は求婚を受け入れた。


 かくして、第二王子の婚約者として国に迎え入れられたジゼルは、王立魔術学園に通う傍ら王城で王子妃になる為の教育を受け、多忙な日々を送っていた。

 他国の王女、けれど現在は平民と代わりない身であるジゼルにとって、ほとんどが貴族で構成されている学園の生徒達は冷たかった。忙しさに並行して、彼らと円滑に人間関係を築くことはジゼルには非常に難しく、ごく少数の友人達と親しくなることがようやく出来た程度だった。


 辛くなかったといえば嘘になる。

 だがかつて失った国と民、彼らの為に生きるのだと幼い日に父である国王に教えられたその生き方を、国こそ違えど再びその為に生きることの出来る喜びが勝った。

 その為ジゼルは、学園内で皆に認めてもらうことが出来ずに本来国の代表の一人である王子妃になることなど到底出来ないだろう、と一所懸命頑張り続けた。


 けれど。



 その結果がこれだ。



 学園に入って三年。

 無事学園を卒業し、祝いのパーティにてジゼルをエスコートすることなく別の女生徒を伴って現れたシャウラは、ジゼルに開口一番先程の言葉をぶつけた。

「……シャウラ様、何故……?どうしてなのです……?」

 呆然と呟くと、一段高いところに立ち、侯爵家の令嬢をエスコートしているシャウラは厭らしく唇を歪めた。

「何故も何もあるものか。マッキノンといえば滅んだとはいえ、元は魔術大国。その末裔ともなれば、さぞかし優秀な魔術士だろうと連れてきたのに、お前ときたら、とんだ落ちこぼれだ」

 シャウラに冷たく言われて、ジゼルは悲しみに表情を曇らせる。

 尊き血筋、と彼がジゼルにそう言ったのは、その魔術大国の王家の姫として優秀な血統を期待してのことだったのだ。

「兄上に勝つには魔術で勝るしかないと思って連れてきてやったのに、簡単な初級魔術すら発動に時間のかかる有様……魔力量は多い筈が、制御出来ぬのではないのと同じだ」

「それは……」

 ジゼルは口を開くが、何を言っても言い訳がましくなってしまいそうで、再び口を閉ざす。

「その暗い性格も気にいらなかった……僕が何を命じても、もの言いたげにする。どうせ最後は従うのに!」

「……それは……シャウラ様がご自身のレポートを私に書くように仰るから……」

「うるさい!僕のレポートは僕自身が書いているに決まっているだろう!そんな嘘は王子に対する不敬だぞ!」

 ジゼルの声をかき消すように怒鳴りつけられて、彼女は身を竦ませる。


 何が起こっているのか、理解出来なかった。

 昨日までは優しかった婚約者。ジゼルの”王子様”であるシャウラが不快そうに眉を顰めて、ジゼルを冷たい瞳で睨みつけている。

 昨日までジゼルに嫌がらせをしてきた、金の髪の美しくて意地悪なクラスメイトの腰を抱いて。


 頭の中が混乱したまま周囲を見回すと、ジゼルの数少ない友人達はこの場にはいなかった。いるのは、ジゼルを異質なものとして冷たくあしらってきた、生徒達だけ。

「しかも、聞けばアイリーンに僕と親しくするなと文句を言っていたらしいな。呆れたことだ……アイリーンは侯爵令嬢、本物の高貴な女だ。お前と違ってな!」

 けれど、友人達に迷惑が掛からないのはよかったのかもしれない。

 ジゼルの友人達は皆優秀だが、ほとんどが下級貴族や平民の特待生、もしくは外国からの留学生。ここで第二王子にたてついては、彼らの将来を潰しかねない。

 元より、誇りだけはどんな境遇になろうと捨てることは出来なかった。ジゼルは戦うべきだ。

 顔を上げた彼女の表情を見て、シャウラは顔を歪める。

「なんだその顔は」

「……高貴な女性であろうとなかろうと、婚約者でもない男性と二人きりで個室に籠ることは、淑女のすることとは言えません。まして、その相手が自分の婚約者ならば、私にはアイリーン様を注意する権利と義務がある筈です」

「小賢しい言い方をするな!大方が嫉妬であろう!」

 それも嘘ではないので、ジゼルには旗色が悪い。確かに注意したのはその必要があると判断したからだが、嫉妬心が混ざっていたことは認めざるをえない。


 彼女は今日まで、先程まで、シャウラに恋をしていた。

 自分のことを迎えにきて、求婚してくれた美しい王子様。優しくされて、小娘のジゼルは有頂天になってしまった。

 最初から利用されているだけだったのに、気付かず張り切って学問や淑女教育に励んでいたとは、本当に愚かだった。


「ふふ、可哀相なジゼル様。正妻ぶってわたくしに注意してきた時は笑うのを我慢するのが大変だったわ」

 シャウラに寄り添う侯爵令嬢…アイリーンが愉悦に歪んだ表情でジゼルを見遣る。

「しかもジゼル様ったら、わたくしが書いた生徒会の書類までご自分が書いたって仰ったそうね?これは立派な不敬罪ですわ、平民同然の分際で」

 アイリーンに言われて、ジゼルは更に驚いた。

 生徒会長を務めるシャウラに、ジゼルはしょっちゅう事務仕事を頼まれていたのだ。

 王子妃は王子を様々な面でサポートしてくれるものだよ、とシャウラに言われ、諾々と引き受けていた過去の自分を引っぱたいて目を覚ませてやりたい。


 このクズ王子は、騙して連れて来た婚約者に仕事をさせて、愛人の手柄にしてますよ!と。


 だというのに、鵜呑みにした彼らを取り囲む生徒達から、ジゼルを非難するような声がちらほら漏れる。

「学生の間は我慢しておいてやったが、もう僕の我慢も限界だ!王子妃に相応しくないお前とは、今日ここで、婚約を破棄する!!」


 これがこの国の貴族達。

 これが、この国の王子。

 ならば、この国にはもう、未練はない。


「……分かりました。婚約破棄を受け入れます」

 ジゼルの言葉にシャウラとアイリーンがにやりと笑った。




 そこへ、


「あーあ、だから言ったのに、馬鹿なジゼル」


 ふわり、と降りてきた黒い靄に、ジゼルは菫色の瞳を眇める。

「うっさい。ヴィー」

「俺の言った通りだっただろ~?馬鹿でみそっかすのお前のところに、王子サマが来るわけないって」

 彼女の周囲を黒靄が取り囲み、ゆるりと揺蕩った。ジゼルはピシャリとその靄を弾く。

「うるさいなぁ!少しぐらい夢見たっていいじゃん!私元王女だよ?王子様だってそこまで遠い存在じゃないかも?て思っても無理ないでしょ!」

「いやいや、人の子には分相応てのがあるだろ。ほら見ろ、王子サマの隣の女。ケツも胸もバーンとデカくて、頭も魔力も空っぽ。ああいうのがイイんだよ、人の子のオスには」

 靄はゆらゆらと楽し気に揺れた。ジゼルは柳眉を逆立てる。

「くそ……悪かったわね、貧乳で!」

「いやいや、将来に期待……と言ってやりたいところだが、もうお前17だろ?あんまり育たなかったなチビスケ」

「……本当に、よく喋る悪魔ね」

 悪魔。

 ジゼルが言うと、周囲は騒めいた。

 先程からジゼルと話している黒い靄は刻々と形を集約させ、人の形を成していく。魔術を学ぶ者達か

らしても、あり得ない光景だ。


 やがてズルズルと靄が床を這い、それらが全て消えた頃には、ジゼルの隣に背の高い男が立っていた。

 黒い髪に黒い瞳。黒衣を纏い、秀麗な面差しは人ならざる何かであることは隠しようもない。


「……目立つね、ヴィー」

「まぁ俺の威光は隠し様がない程に際立っているからな」

「そういう意味じゃないよ」

 ふぅ、とジゼルは溜息をついた。

 驚愕に固まるシャウラとアイリーンを見て、もうそよとも心が動かないのを確認する。

「言っただろう?お前を必要としているのは俺だけ。今更人の子に混ざろうなんてムシがよすぎるんだよ」

「……悪魔に魂売るよりは健全な道だと思ったのになぁ」

 するりと彼は背後からジゼルの首を抱きしめる。蛇に巻きつかれているような感触なので、皮膚形成はもっと丁寧に行って欲しい、と思う。

 彼の名はヴィルフリート。

 これはジゼルと出会った時に名乗った名で、真名ではないのだろう。悪魔は本名を知られることを嫌う。

 ジゼルは、故国が滅ぶ原因となった火山の噴火の際、従者達と逸れて山で迷子になった。その時出会ったのが、この悪魔だ。

 有史以来様々な国で時折目撃される、悪魔という存在。それらは魔物や神獣とは違い、実体を持たないモノ、らしい。


 少なくとも魔物や神獣は生きていて、生きている限り死ぬこともありうる。

 けれど悪魔は概念のようなもの。生きているとはいえず、それが意思を持ち、一個のモノとなるには長い年月と膨大なエネルギーが必要、らしい。

 それ故に、意思持つ悪魔と成ったヴィルフリートはエネルギーを求めている。エネルギー源は悪魔の好みによるが、圧倒的な美や、人の激しい感情、もしくは命そのもの、など多岐に渡る、らしい。

 何せジゼルは知っている悪魔は彼だけなので、何が正しくて、何が嘘なのか判断がつかない。らしい、らしい、の連続だ。

 とにかく、ヴィルフリートの好みのエネルギーは魔力で、大好物は人間の魂なのだという。


 つまり、膨大な魔力を持つジゼルの魂が欲しいのだ。


 ジゼルは彼に出会って以来、幼いままではまだ美味くないから、という完全に捕食者側の都合で魔力を増幅させる為に魔術を教えられながら育った。

 形だけ見れば、育ててもらった、と言えなくもないが、ジゼルがヴィルフリートのお眼鏡に叶う頃になったら契約させられて、魂を取られることは明白だった。

 それは御免、とばかりに、ジゼルはある程度の自活力を得た年頃になると、悪魔の元から脱走して教会に逃げ込んだ。

 でも悪魔から逃げられた、なんて自惚れだった。彼にはジゼルを逃がさないようにすることも、教会に侵入することも造作もないこと。

 ヴィルフリート曰く、彼はグルメでより芳醇で、複雑な味わいの魂が食らいたいのだという。つまり、ジゼルの魂には人生経験を積んで、より美味しい魂にしたいのだとか。

 趣味の悪い話である。


「三年か。瞬きの時間であったとはいえ、まぁよく頑張った。多少磨かれたお前の魂を感じるよ」

「気色悪い感想をどうも。人には三年は長いよ、貴重な時間を無駄にした……あと乙女心を弄んだ落とし前はつけてもらわきゃ」

 教会がなんの防波堤にもならないことを、あろうことか教会に侵入してきた悪魔自身に教えられたジゼルは、次の策として求婚してきた王子との恋に賭けた。

「……真実の恋って悪魔を撥ね退けるのに有効だと思ったのになぁ」

「一方通行じゃねぇ~本当にオトメゴコロを弄ばれただけっていう。ダッセ、超ウケる」

「滅べ、悪魔め!」

 しかし、真実の恋が悪魔を撥ね退ける、に関してヴィルフリートは否定しなかったので、これはこの失恋の痛手が回復してから再度チャレンジしよう、とジゼルは心のメモに書き留める。


 そこでようやく驚愕によるフリーズから脱したシャウラが声を上げる。

「ジ、ジゼル!お前悪魔と通じていたのか!」

「断固として通じてはおりません。ご自分の所業と並列に考えないでください、こんなの顔知ってるだけの変態です」

 ジゼルは溜息をついて否定するが、今度は彼らの方がひどく混乱していて彼女の言い分などまともに耳に入らない。

「あんまり失礼なこと言うと今すぐ魂食らうぞ?」

「私の魂はもっと美味しくなれるのに、今食らっていいのか?悪魔」

 もう完全に淑女教育によって矯正された仕草も話し方も放棄したジゼルは、雑にスカートを捌く。

 そして、ビュン!と飛んできた魔術の攻撃をその仕草のみで撃ち落とした。

「……今のお前狙いだったのに、避けたな?」

「さすがジゼル、この程度の攻撃ならすぐ落とせるってお父さん信じてたよぉ」

 ぱちり!と両手を叩いてヴィルフリートは喜ぶ。すごく嘘くさい。

「その時々出てくる親子ごっこなんなの?マジで引くんだけど」

 うんざりと言い捨てて、ジゼルは魔術を放った者を見遣る。生徒会の一人で、国の魔術師団長の息子だ。


「あ、悪魔め……!ジゼル、お前も悪魔の下僕か!」

「本当に話を聞かない人達ね……これとは無関係以上の関係はないって言ってるのに」

「まぁ俺が一方的に懸想しているだけよな?」

「話がややこしくなるので黙ってもらえますぅ~?」

 ジゼルは高い位置にあるヴィルフリートの美しい顔を睨めつける。彼はその視線をニヤニヤと笑いながら受け止めた。

「よ、よくやった、ジャック!皆の者、悪魔に向けて魔術を放て!殺しても構わん!」

 シャウラは叫ぶと共に自身も攻撃魔術を放つ。それに呼応するように、生徒達も大なり小なり攻撃魔法を放った。


「ううーん、残念!俺は生きてないから殺せないんだよなぁ」

「私は死ぬんですけど!?」

「大丈夫、新鮮な状態なら魂を抜くのに問題ない」

「この悪魔め!」

 ジゼルは吼えると、四方八方から飛んでくる攻撃を次々に魔術でいなしていく。その素早く正確な動きに、シャウラは驚愕した。

「馬鹿な……ジゼルは魔術が苦手な筈……」

「人間のやり方はまどろっこしいんだよね」

 全ての攻撃魔術を打ち消したジゼルは、息が上がることもなくあっさりと言う。


「魔力の少ない人の子では、理論や方法が重要だ。スポーツだって、理論だてて研究すれば成績が伸びるだろう?しかしジゼル程魔力のある者には却って手順が多くて煩雑なんだよ。角度を考えて殴るより、思うさま殴った方が効果が大きい。馬鹿のやり方だ」

「その馬鹿のやり方を私に教えた奴に言われたくない……」

 悪魔の言葉に、ジゼルは顔を顰めて反論する。

 はぁ、と溜息をついて、改めてジゼルはシャウラに向き直った。彼を睨んでずかずかとそちらに向かう。

「く、来るな!悪魔め!」

「だーかーらぁ、私は悪魔じゃないっつの!」

 カッ!とヒールの踵を鳴らしてシャウラの目の前に立ったジゼルは腕を振りかぶる。


「歯ぁ食いしばれ!下衆野郎!!」


 バシンッ!と大きな音がして、盛大な平手打ちがシャウラの頬に決まる。その勢いで尻もちをついた彼は、羞恥に顔を赤くして頬に手を当て唾を飛ばして叫んだ。

「ぶ、無礼者!不敬だぞ!!」

「無礼も何も、乙女の純情踏みにじった罪の方が重いに決まってんでしょ!!」

 腰に手を当ててそう宣言したジゼルは、すぐ隣でこちらも呆然としているアイリーンを見遣る。彼女は怯えて、硬直した。

「ヒッ……!」

「……こんな下衆でいいなら、リボンかけてくれてやるわよ正妻サン?」

 嫌味な程綺麗にウインクを決めて、ジゼルは踵を返す。


「もういいのか?呪わんのか?不味いが魂を食ってやってもいいぞ」

 再びずかずかと歩き出したジゼルは、途中でヒールの高い靴を脱いで片手に持つ。歩きにくいのだ。

 その横に並んだヴィルフリートが首を傾げる。

「下衆には違いないけど、命を取る程でもないわよ。騙されてた私も反省する点はあるし、報復は自分でした。もうここに用はないわ」

 やれやれとスカートを握って歩き出す。

「……甘ちゃんだな」

「そりゃまだまだうら若き乙女ですから」

 フン、と鼻で笑って、ジゼルはホールの扉を自分で開けた。

「また平民に逆戻りか……まぁ学園の卒業資格もあるし淑女教育受けたし、全くの無駄ではなかったかな」

「お前、本当腰と精神は図太いな」

「よーし、次は悪魔払いの修行しよ!!!」


 だらだらと喋りながら外に出るべく廊下を歩いていると、向こうから武装した騎士や数名の生徒が駆け寄ってくる。

「あ、ジゼル!!」

 先頭にいたのはジゼルの親友のフローラで、慌てて駆け寄ると彼女を抱きしめた。

「ごめんなさい、ジゼル!生徒会の人達に閉じ込められていて……」

「そうだったの、無事でよかった」

「……シャウラ様がよからぬことを企んでいるのでは、と窓から抜け出して急ぎ駆けつけたんだけど…………あなた、その様子では……」

「うん、下衆野郎に一発お見舞いして話つけてきた!」

「ああ……あなたって子は……」

 フローラは気が遠くなったらしくふらりとよろめく。

 と、そんな彼女を後ろから抱き留めたのは、大層な美丈夫だった。この国の者ならば誰でも知っている青年。

 王太子のシリウスだ。


「シリウス様までいらしてくれたのですか。ご機嫌よう、こんな格好でごめんなさいね」

 ヒールを持ったまま淑女の礼をするジゼルに、シリウスは苦笑を浮かべる。

「ジゼル姫。あなたには弟が迷惑を掛けたようだ」

「いいえーなんか大々的に婚約破棄!とか大勢の前で言われてショックだったけど、ようは痴情の縺れですもんね。落とし前は自分でつけました!あと魔術による攻撃も受けましたがこれは不問とします」

「寛大だな」

「怒ってはいますけどね……それよりこの国の次代を担う貴族の子弟があんなんばっかりな事に同情するので、これ以上は抑えてあげます」

 ジゼルが言うと、シリウスは顔を顰めた。

「確かにそれは深刻な事態だな……本当に姫には我が弟、ひいては国の者が迷惑をかけた。すまない」

 謝罪をくれる王太子に、ジゼルは笑う。

 あんなボンクラ貴族しかいない国ならば滅べばいい、と思ったがこうして素直に謝ってくれる人が次代の王だというのなら、まだ光明が見える。

「……謝罪の言葉は確かに受け取りました。国を出る前に会えてよかったです」

「ジゼル!この国を出て行ってしまうの……?」

 フローラが慌ててジゼルの腕を掴む。

「うん。次の恋のチャンスを探しに行かなくちゃ」

「そんなアグレッシブな理由……もぅ、あなたったら!男を見る目がないから心配だわ!シャウラ様には恋人がいるから入れ込まないで、て何度も忠告したでしょう!」

 フローラはわざと怒ったように言う。ジゼルは肩を竦めた。


「仕方ないじゃない、世間知らずで初心なシスター見習いだったのよ?本物の王子様が現れたら逆上せあがるのも無理ないでしょ!」

 恋自体は本物だったのだ、ジゼルとて傷ついていないわけではない。

 フローラはそんな彼女の小柄な体を抱きしめて、溜息をついた。

「あなたと義理の姉妹になるのも悪くない、と思ってましたのに……残念ですわ」

 フローラはシリウスの婚約者だ。ジゼルの数少ない上級貴族の令嬢の友人で、王子妃教育の際もよく手助けしてもらった。

「……私はフローラに姉としていびられなくて済んでほっとしてるけど」

「憎まれ口を叩く子ね」

 きゅっ!とジゼルの鼻を摘まんで、フローラは微笑む。

 それから他のそれぞれ友人達にも別れを告げる。国の中枢に仕えるタイプの面子ではなかったので、またどこかで機会があったら会えるだろう、と意外な程気楽に挨拶は終わった。


「あ、シリウス様、私、シャウラ様のこと思いっきりぶっちゃったんですが」

「よい。ジゼル姫の身元は国が保証している、その姫に向けて魔術による攻撃を行ったのだ。王子といえどきちんと法の裁きにかける必要があるだろう。その中で、恋に傷ついた少女の平手が罪に問われることもあるまい」

 シリウスが鷹揚に断言すると、ジゼルは当然と頷き返す。

 別に罪に問われてもいいような気がしていたが、そう言ってもらえるならば、またこの国を堂々と訪れることも出来るだろう。

「次はどこに行くつもりなんですの?」

 フローラに言われて、ずっとつまらなさそうにしていたヴィルフリートの方を見遣る。

「クルドの国かな。悪魔信仰があるし、少しはコレを撃退する方法も知れるかもしれないから」

 留学生の友人の故国を指して、ジゼルは笑う。

 悪魔自体は国によっては神として崇められている場合もある。ヴィルフリートはジゼルにとって明確な悪だが、他の悪魔の嗜好によっては人間に善行を積むものもいるから、らしい。

 そういう下地があったものだから、数少ない友人達にはヴィルフリートのことは話してあった。ストーカーの悪魔がいる、と。

 実際に見るのは初めてなので、彼らは驚いてはいたが。この様子を見ると、フローラはシリウスにも話してあったらしい。特別口止めした覚えはないので、構わないが。

「我が国に来るのか。なら俺の実家を頼るといい、連絡しておくよ」

 クルドに言われて、有難くジゼルは頼らせてもらうことにする。



「では、皆。また機会があったら会おうね!」

 ジゼルは廊下の先に立ち、そう快活に告げて国を去っていった。








 その後。

 王女であろうと平民であろうと、魔術を学ぶ者が無抵抗の者に魔術を放ったという傷害罪であの場にいて魔術を行使した生徒達は大なり小なり法の下に裁きを受けた。ちなみにジゼルの魔術行使に対しては正当防衛が認められている。



 一同に命じたシャウラ自身は、その後のジゼルの友人達が集めた証拠を元に亡国の王女に対する婚約詐欺も含め立件され、王位継承権の剥奪と蟄居を申し渡されることとなる。

 幽閉ではないだけ軽い措置といえたが、プライドが高く最後の詰めで反撃に遭って計画は潰れたとはいえ、ジゼルを三年騙しおおせたシャウラは、己が賢いという自負があった。


 そして彼は蟄居先である生母の実家の公爵家で、黒魔術に傾倒していく。悪魔には悪魔で対抗、と考えたのだが、そもそもジゼルは悪魔の力は借りていないことはもう頭にはなかった。


 そして彼には不幸なことに。

 一発殴ってスッキリしたジゼル自身ではなく、シャウラに恨みを抱いているのはストーカーの方だったのだ。


「よし、この魔法陣で悪魔を呼び出せる筈……!」

 数週間かけて床に書いた魔法陣に、ぽたり、と一滴の血を媒介にして、まず陣を発動させる。


 すると、

 ズルズルと黒い靄が魔法陣から現れ出でて、形を成す。悪魔の召喚が成功した、のだ。


「うん、うんうん。実に人の子らしいせせこましい陣だ」

 現れ出でた悪魔…は勿論ヴィルフリートで、彼は魔法陣を眺めて哂った。

 それを見たシャウラはへなり、とその場に膝を突く。

「なんで、お前……」

「喚んだでしょうー?悪魔を」

 にっこりと笑う悪魔は、この世のものとは思えないほど美しい。

「……ッ、まぁいい!悪魔は契約が成されない場合は陣から出られないだろう!出たければ、僕と契約しろ!」

「それで、ジゼルに復讐を、て?」

「そうだ!」

 シャウラが叫ぶのと、ヴィルフリートが魔法陣を踏み抜いたのは同時だった。ダンッ!と音がして金の粒子をまき散らしていた陣はあっという間に血のように赤く染まる。

「ヒッ!?」

「……全く……ジゼルの魂に磨きをかけるのは結構なんだけど、あれを穢されるのは嫌なんだよね……」

 ずるり、とヴィルフリートの形が汚泥が流れるようにゆっくりとなくなってゆく。再び黒い靄のようになり、そのまま靄はシャウラに向かって伸びていった。

「ヒッ……なんだ、やめろ……!」


「ねぇ、悪魔のものに手を出そうとして、無事に済むと思ってんの~?」


 ごく呑気な声が部屋に響き、ぷちん、と全ての音が消えた。







 がたがたと動く荷馬車。

 整備されていない悪路を走るその荷台に乗せてもらって、ジゼルとヴィルフリートは次の街を目指していた。

 昼食のパンを齧っていたジゼルは、隣に座る悪魔がやけに大人しいことを怪しむ。

「あんたが静かだと怖いんだけど」

 ヴィルフリートがこの場にいても、同時に別の場所に現れることが出来ることを知っているジゼルは何か余計なことをしているのでは、と睨んだ。

「失礼なこと言う子だねぇ~俺は物静かなタイプよ」

「え、今の冗談だよね?」

 顔を顰めてジゼルはパンの最後のかけらを口に放り込む。

「ところでなんでずっと実体化してるの?図体デカいから嵩張るんだけど」

「よくよく失礼な子だね。若い女の一人旅を心配するこの悪魔心が理解出来ないとは……」

 ヴィルフリートがわざと泣き真似をするのを、ジゼルは冷たい視線をやるばかりだ。

「悪魔に心なんてないくせに」

「まぁね。ジゼルは弱いから、誰かに殺されて魂を奪われないように見張ってんの」

 がらがらと車輪の回って、固い地面を進む音が二人の間に流れる。


「……早く俺が食らうに相応しい魂になんなよ、ジゼル」

「うっさい、消えろ悪魔め!」


 二人がギャアギャアと言いあう間も、荷馬車はゆっくりと街道を進む。

 空は青く、空気は澄んでいた。





 婚約破棄されたので、復讐の為に悪魔に魂売りました!


 まだ売ってません!!!


読んでいただいてありがとうございます!

細かいところに粗はあるかと思いますが、あまり気にせずさらっと楽しんでいただけていたら嬉しいです~

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