殿下に興味を持たれました。
あの日以来、イザベラ様が時々注意を促すようになってくれました。おかげで昼食時だけでなく、教室での騒音も少しはマシになりました。よかったよかった。
今日は、武術訓練があります!
参加者は男性がほとんどですが、女性もちらほらいらっしゃいます。でもほとんどは婚約者か殿下の応援ですね。まぁ、試合ではないので打ち合っている様子を眺めているだけですが。
ちなみに私の相手は先生です。剣の基礎は学んだことがないと伝えると、変な癖をつけないようにと気遣っていただきました。
「筋がいいですね。本当に初めてですか?」
「はい。剣は初めてです。」
「剣以外は?」
「魔物討伐の時に攻撃のかわし方と、護身用に短剣の扱いを学んでおります。」
ジェラード帝国では剣を学ぶより魔法を学ぶのが一般的です。魔法は日常的に使いますからね。逆に剣は、兵士か騎士にでもならない限り、学ぶ機会はありません。
剣を触るのだって、魔法の訓練として魔物討伐に参加した時に、護衛としてついてきてくれた兵士さんに無理を言って貸してもらった以来です。
短剣は、心配性のお父様を少しでも安心させるために、護身術講座で学びました。
しかしこの剣、訓練用とはいえ、ちょっと重たいですね。運悪く女性用の訓練剣がなかったとはいえ、身体強化をしなければ振り回せないのはダメです。今日から筋力強化訓練をしなければいけませんね。
「なるほど。動きはとてもいいから、あとは剣になれればうまく扱えるようになりますよ。」
「ありがとうございます。」
「あと、身体強化はあまり使わない方がいざって時に慌てなくてすみますよ。」
先生は最後の言葉だけ、小さな声でニコッと笑って言いました。
「お気づきでしたか。」
「とっても分かりにくかったですけれどね。たまに力加減が変わるからもしかして、と思いました。来週には女性用訓練剣が届きますから、それまではちょっと重いでしょうけれど、頑張ってくださいね。」
「はい。」
ふむふむ。身体強化の魔法はあまり使っていなかったので、斑があると。魔力を均一に保つ訓練も追加しましょう。
そのあとは剣に慣れるために何度か打ち合いをしてから、訓練は終わりました。
「ルーシー嬢、少し構わないだろうか?」
訓練剣を持ったまま、アルフォンス殿下が話しかけてきました。殿下から声をかけてくるなんて、驚きです。ちなみに殿下の後ろの方では女性たちが私を見つめています。
「君と先生の会話が聞こえてきてね。魔物討伐の話を聞かせてほしいんだ。」
「分かりました。ですがその前に、訓練用の剣を片付けてはいかがでしょうか?」
私の言葉にアルフォンス殿下は一瞬だけポカンとして、手に持っていた剣を見つめた。
「そうだな。すまない。」
そういうと、殿下は剣を片付けに向かった。
そのあとすぐ殿下は戻ってきたのだが、なぜか4人も増えている。しかも全員男性、一人はトラヴィス様だ。
「ルーシー様、良かったら私たちもそのお話をお聞きしてもよいでしょうか?」
「ええ。構いませんよ。」
「「「「ありがとうございます!」」」」」
……魔物討伐なんて普通なことなのに、なぜそこまでうれしそうな顔をするのでしょう?
――――
一番広い教室で、私は教壇に立っていました。
あの後、放課後ということもあって、殿下を慕う女性たちや、下の学年を含めた男性たちとその婚約者、先生方など、魔物討伐に興味がある人達が集まってしまったからです。(まぁ、全員がそうではないでしょうけれど。)
魔物の名前を上げても半分以上が分かっていないようでしたから、簡単な姿絵と特徴を書いていたらこうなっていました。これでは魔物講座ですね。ジェラード帝国でも開講されています。
そして、だんだん想像がついていましたが、魔物討伐が普通なのはジェラード帝国だけでした。
ジェラード帝国は魔物が生息する瘴気の森があちこちにあります。魔物は家畜も人も見境なく襲うので、定期的に魔物討伐が行われます。討伐は兵士が指揮を執りますが、基本的に誰でも参加可能です。森に入ってすぐなら、魔物もそこまで強くないので、魔法の訓練としてよく利用されます。さすがに森の奥深くに行く時は精鋭で固めますけどね。
ですが、ノヴェロ王国には瘴気の森はほとんどないそうです。あってもジェラード帝国との国境付近だけとか。だから「魔物を見たことがない。」、「魔物って、おとぎ話の中だけだと思っていた。」という声が上がりました。とっても驚きました。
とりあえず一番最近の、比較的安全だった時の話をしました。
魔物と対峙した時の話になれば大人を含めた男性陣は目を輝かせて、怪我人が出た時の話になれば女性陣はまるで自分が怪我したかのように顔を青くしていました。
「なるほど。だからそちらの文官も強いのか。」
「実戦経験の差か。こればっかりはどうにもならんな。」
これは先生たち。
「ノヴェロ王国に生まれてよかったわ。私、魔物討伐なんて怖くて、絶対に行けません!」
「「私もです!」」
これは女性たち。
「昔、物語の勇者のようになるのが夢だったが、ジェラード帝国に行けば少しは夢が叶うのか。」
「気持ちはわかるが、行くなよ。お前、跡取りじゃないか。」
これは男性たち。
私の話が終わると思い思いに感想を呟いています。
ふぅ……この人数相手に話すのはとても緊張しました。毎日教えてくれる先生方はすごいです。
「ルーシー嬢は、よく参加していたのか?」
「ええ。王城で働くには、一定以上の魔物討伐と試験に合格する必要がありますからね。」
ジェラード帝国の王城には、最低限の武力と知識を身に着けておく必要があります。実力があれば、お父様のように宰相になることだって可能です。……そのお父様は宰相を辞めて外交官になりましたけどね。
「君は王城で働くのが夢なのか?」
「ええ。この留学も、少しでも自分の見聞を広めるために参りました。」
留学が決まった後で決めた理由だけど、嘘は言ってない。
「そうか。もしよかったら、また聞かせてくれないか? 魔物討伐だけでなく、君の話が聞きたい。」
そう、殿下は私の手をそっと握りながら微笑んだ。
……あくまで国際交流の一環として、だと思うのだけど、場所も行動もセリフも、変に目立ちすぎだわ。これじゃあまるで特別気に入ったみたいじゃない! やめて、私を巻き込まないで!
ああ、イザベラ様をはじめとした女性陣の目が私を射抜きそうです。助けてガネーシャ様、トラヴィス様! ……あ、お二人とも仲良く談笑中で全く気付いていないわ。詰んだ。
「ええ、もちろん。代わりに、皆様のお話も聞かせてほしいですわ。」
あくまで全員と話すのだと、殿下の手をそっと離して他の人の方を見る。
すると先生方が「それは良い!」と口々に言い、明日からこの時間は国際交流を深める時間になった。放課後なので、学年を問わず集まれるのがいいのだとか。
先生方が仕切っている間に、私はそっと殿下と距離をおきましょう。このまま近くにいたら、きっとまたイザベラ様が乗り込んできてしまいます。
「明日、楽しみにしている。」
殿下は小さな声でそう呟くと、そのまま離れてくれました。
……距離をおけたのではなくおかせてもらっただけのようです。