アルフォンス殿下にお会いしました。
翌朝、約束通りガネーシャ様と一緒に教室へと向かう。教室へと向かいながら、ガネーシャ様から簡単に学内を案内してもらった。
複数の教室、訓練所、薬品室、図書室、調理室、食堂、娯楽室があるらしい。
娯楽室?っておもったけど、チェスやビリヤードも貴族の嗜みで最低限の勉強をするのだとか。貴族って大変そうだなぁ。
教室に着くと、他の生徒はあまりいなかった。ガネーシャ様が言うには「いつもこんな感じ」らしい。
「おはよう、ガネーシャ。……友達ができたのか?」
ガネーシャ様のお気に入りだという窓際の席で一緒に座っていると、癖のある赤毛と翡翠の瞳の少年が近づいてきた。
ガネーシャ様がより嬉しそうに微笑む。
「おはよう、トラヴィス! ルーシー様、紹介するわ。婚約者のトラヴィス・ノリントンよ。」
「ルーシー・ダッドリーです。ジェラード帝国からの留学生です。よろしくお願い致します。」
「こちらこそよろしく。そうか、君が噂の留学生だったのか。」
「噂?」
「ああ。途中入学なんて珍しいからね。どんな人が来るのか、みんな気になっていたんだよ。」
トラヴィス様が言うには半月ほど前から「留学生が来るらしい」と噂になっていたらしい。……私は先週知ったのに。
「……? なんだか急に騒がしく……?」
教室の外がうるさくなってきた。まるで十数人か喋りながら行動してるみたい。
「気にしないで。そのうち……慣れると思うから。」
トラヴィス様が苦笑いをする。ガネーシャ様も、よく見ると教室内にいる男女(三組ほど)も、トラヴィス様と同じように気分が落ち込んだような顔をしていた。
「アルフォンス殿下、お会いできなかったこの休暇中とても寂しかったです。」
「またアルフォンス殿下と一緒に登校できて嬉しいです。」
「アルフォンス殿下、今日は一緒に昼食を召し上がりませんか?」
「私も! アルフォンス殿下と一緒にいたいです!」
「アルフォンス殿下! 私、風魔法を使えるようになりましたの! 殿下とお揃いですわね!」
「アルフォンス殿下。今週末、一緒に観劇に行きませんか? 最近話題のチケットが手に入りましたの。」
「アルフォンス殿下、この前の筆記試験はいかがでしたか? 私には難しくって、良かったら一緒に勉強しませんか?」
「アルフォンス殿下、今日から留学生が来るそうですよ。どんな方なのでしょうね。」
女の塊が入ってきた。
……いや、8名の少女と、彼女たちに囲まれた小柄な少年と、少し後ろに控える背の高い少年だった。
小柄な少年はにこやかに彼女たちに微笑むだけで、はっきりとした返事はしていない。背の高い少年は無表情のままで、彼について来ているだけのようだ。
どうやら小柄な少年がアルフォンス殿下らしい。ロベルト陛下と同じブラウンの髪だが、所々跳ねた癖毛はエリザベス王妃に似ている。
確かにこれは、お父様の言う通りだわ。8人も一緒に対応して疲れないのかしら。
いやいや、それよりも、だ。
「……私、あれに挨拶しに行かなくちゃいけないの?」
「「……頑張れ(って)」」
思わず口に出たらしい。ガネーシャ様もトラヴィス様も同情の目でそう言った。……いきたくない。でも行くしかない。
王宮で会えていれば挨拶してたからここでしなくてもすんだのに!
心の中で愚痴を言いつつ、重い足を集団に向けた。
「……アルフォンス・レッドグレイヴ殿下、ご挨拶に参りました。」
彼女たちに囲まれたアルフォンス殿下に話しかける。
彼女たちから軽く睨まれたが無視だ。気にしてたら話しかけることなどできない。
「私はルーシー・ダッドリーと申します。ジェラード帝国からの留学生として、今日から皆様と一緒に学ぶことになりました。」
「ああ、貴女がそうだったのか。アルフォンス・レッドグレイヴだ。よろしく頼む。」
アルフォンス殿下はそう言い、握手を求めてきた。握り返さない訳にはいかないので、返すのたが、周りの目が痛い。なんでこんな女子に囲まれた状態で挨拶しているのか。……うん、気にしたらダメなやつだね。無視だ無視。
「ルーシー嬢、護衛のギルベルトだ。それからエミリー。ナタリー。エリー。オリビア。ソフィア。イザベラ。メリア。アイリス。」
アルフォンス殿下は少し後ろに控えていた背の高い少年を紹介してくれた。
ついで周りの彼女たちも。彼女たちは口々に「よろしくお願いしますわ。」と笑みを浮かべた。
……ふ、ふふふ。名前も顔も覚えられないわ! でもそのうち嫌でも覚えるでしょ。頑張れ未来の私!
ニコニコしながら挨拶を終えると、丁度よく先生が現れてくれた。そして、改めて全員で自己紹介をした。
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なんとなく全員の顔を覚え始めた頃、一日が終わった。
勉強自体はお母様からしっかりと学んだ後だったので復習といった感じだった。ただ、隣とはいえ国が違う分文化や歴史では知らないこともあった。
一番驚いたのは魔法学。基礎の学び方から違うし、そもそも適応者が少ない。ノヴェロ王国では魔法が使えるのは貴族でも少ないのだとか。ジェラード帝国では、誰でも日常的に魔法を使うから驚いた。「ジェラード帝国は元々魔法を極めたい人達が作った国」という噂は事実らしい。
そして何より! 同じ年くらいの人と一緒に勉強できるのはとても楽しい!!
今まではお母様と二人か、教会の講座で大人に混じって勉強してきたから、同世代が固まって一緒に仲良く勉強、なんて、できなかったのよね。
あと、ガネーシャ様とトラヴィス様に教えてもらったけど、チェスって難しいのね。お母様がチェス嫌いだったから、やったことなかったの。難しいけど楽しくって、気がついたら日が暮れていたわ。明日は日が暮れる前に終わらないとね!
あ、忘れてた。
アルフォンス殿下のお妃候補決め……。
とりあえず、あの8人の中から一人?
うーん……。
私が決めるよりアルフォンス殿下が一人を決めたら楽なのになぁ……。
……どうせなら私も仕えたくなるような人がいいなぁ。
あ、でも私はジェラード帝都で働きたいのよね! 王城勤めとか、格好いいよね! ……となると、仕えたくなるような人がいたら大変だわ。引っ越してもらわなくちゃ。
……うん、今日は保留! パッと見、私は誰にも仕えたくない! そうしよう。
あー、仕えたくないといえば、アルフォンス殿下も、なぁー……。
どんな身分の相手にも平等を心がけているみたいだし、紳士的な行動も多かったし、勉強も優秀らしいし、風魔法も上手かったし、剣術も強いらしいし、でも上を目指して努力するタイプらしいし。……え、待って、これだけだとただの完璧じゃん。
問題は、あれ(ヤバいくらい皇太子狙いの彼女たち)を放置している程度の害だけかな?
……いや、だめでしょ。