焦りと暗闇
「はぁ……はぁ……」
いくら走っても同じ景色が続いている。
クテラ程の大都市に街中に張り巡らされた下水道はかなり広い。
もう随分と走り続けているが、目的地には辿り着けていない。
……どうか、無事でいてよ!
ノエルを思い、焦りばかり高まっていく。
(てか、あの爆風……一体何だったのよ!)
怒り混じりに溜息をつく。
そもそもいくら爆発したからって、こんな遠くに飛ばされるモンじゃないでしょ!
あぁもう、天の声ちゃん、あとどんだけ!
▽質問確認。残り五百メートル程。
……やっと五百メートルか。
先が見えた様な気がした私が思わず足を早めた時だった。
……うがっ!?
前方にいきなり黒い影が横切った、自分より遥かに大きく視界が塞がれる。
(わわ、ぶ、ぶつかる!!)
かなりの速度を出していた私は止まりきれず黒いモノに衝突した。
思わず目を瞑ったけれど私を受け止めたのは予想より柔らかくて、暖かいモノだった。
干したてのお布団のようにふかふかで、獣臭さは藁の匂いが程よく掻き消し、少しお日様の匂いがする……何故か馴染みのある匂いに浸っていると、黒いモノに振り落とされた。
「あ、危ないじゃないです……か?」
下水道の硬いタイルの上に豪快に着地することハメになり、飛び出してきた相手に文句を言いかけた時だった。
黒く艶めく毛皮に、逞しい身体、鋭い瞳、獅子のような見た目をしたモンスターが此方を睨み付けている。
嗅いだ事のある匂いだと思ったら、ノエルより先にコイツに会うとは……!
「デューク今までどこにいたんですか!」
「おい毛玉、どこほっつき歩いてたんだ!」
デュークが嫌そうな顔をしながら此方を見て来る。
私だって、ノエルに会いたかったわ!と文句を言わせて貰おうと口を開いたが、デュークに止められた。
「いや今はお前と口論する気は無い」
「こ、口論じゃなくって文句の一つくら……」
「ノエルが女王ラッピーラットの群れにさらわれたんだ」
「……は」
やけに冷静な口調でデュークは言った。
女王ラッピーラット?さらわれた?
今1番聞きたくなかった言葉が頭を駆け巡る。
オプスキュリテの力も借りて、全速力で走って来ても無駄だったとでも言うのか。
「な、なんでデュークが守ってくれなかったのよ!?」
思わずそう叫んでいた。
デュークだって無駄に時間を過ごしていた訳じゃ無い筈だ。
それなのに、こんな自分がデュークを責める資格なんて無い、だけどこの悔しさ、悲しさを何処かにぶつけてしまわないと壊れてしまいそうだった。
「爆風が収まった後、ノエルとは合流出来たんだが……
ほんの少し目を離した隙だったが壁の穴を潜り抜けて連れ去られた」
きっと私なんかより長くノエルと一緒に過ごして来たデュークは焦りだって後悔だってしているのだろう、声がかすかに震えていた。
それなのに状況を考えて冷静に動いている。
(駄目じゃん、私……)
何が自分にも任せろだ、チームワークを保とうだ。
結局私がこんな風に頼りがいが無いから、こんなに弱いからデュークが一人で頑張ってるんじゃないか。
もっとしっかりしていれば……と後悔が溢れるように出てくる。
デュークが説明を続けているが、上手く頭に入って来ない。
「おい、しっかりしろ!毛玉!」
その瞬間、どんどん沈んでいく私の耳にデュークの声が裂くように入ってきた。
暗くなっていく頭の中に一筋の光が差し込んだように、その声はすんなりと入っていく。
「壁の穴には俺は入れなかったがお前なら入れるだろう
先に行って時間を稼げ、俺は別の道で合流する」
淡々と説明を続けるデューク。
そうだ彼はまだ諦めていない、ノエルはまだ助けられると思っている。
くよくよしていたさっきまでの自分が本当に情けなく見えた。
(本当にデュークには敵わないな……)
一層頼もしく見える背中を見ていたら、そんな事を思っていた。
折角デュークがここまで頑張っているなら自分も期待に応えなくては。
「いいか!二人でノエルを助けるぞ!」
「……はい!」
デュークと別れ、全速力で走って行く。
自分に課せられたのは時間稼ぎだ。
デュークと比べ、自分の力は遥かに劣っている。そんな私が一人で女王ラッピーラットに突っ込んでも無駄死するだけだろう。
しかし主戦力のデュークは道を探し遠回りして来なければいけない。その間にノエルが殺されてしまう可能性だって充分有り得る。
その間でノエルを守るのが私という訳だ。
倒すのは無理でも時間を稼ぐ事は出来る。そう思ってデュークは任せてくれたのだろう。
……まぁ他に人員が居ないからってのもあるだろうけど。
とにかく、いつも一人でやろうとしていたデュークがやっと任せてくれたのだ。
期待に応えなくては、という緊張ばかり高まっていく。
胸を抑え付けながら走り続けていると、行き止まりに当たった。
デュークに言われた場所を探していると、器用に葉やゴミで隠された穴が開いていた。女王ラッピーラットがギリギリ通れる大きさになっているらしく、デュークには通り抜けるのは絶対に無理だろう。
……デュークが通ったら顔が嵌っちゃうかなぁ。
そんな事を考えながら、器用に開けられた穴を進んでいく。
穴はかなり長く続いているらしく、中まで灯りは届いていなかったが、何とか視界は確保できた。
(初めて、この光が役に立ったなぁ……)
おデコに君臨している青い石のおかげだ。
いつも主張の強いこの子が初めて実用性を見せた瞬間である。
……今まで恥ずかしさを堪えた甲斐があったわ。
そんな事を思いつつ、青い光を頼りにひたすら進んでいると周囲に変化が起こり始めた。
(く、くさっ!?)
思わず顔をしかめるような悪臭が鼻をつき、思わず後退する。
少し探ってみると、ムワッと広がる腐敗臭の中に鉄の様な臭いまで混じっている事に気付いた。
(もしかして血の臭い……?)
しかもモンスターの少し獣臭く、酸味のある臭いでは無く、人間の血の臭いだった。
▽この先危険です。周囲に注意し前進して下さい。
ノエルが既に……と考え焦る心を落ち着かせながら、慎重に進む。
臭いが増していく中、進み続けていると少し広い空間に出た。
そこには黄色い斑点が無数に広がっていた。
星空みたいだなんて楽観視できれば良いが、一度経験した身だから分かる。ラッピーラット達の目玉だろう。
幸い私には気づいていないらしく、目玉は様々な方向への向いている。
気付かれないよう足を進めていると前方に人影が見えた。
慌てて駆け寄ると金髪の女の子ーノエルだった。
どうやら気を失っているらしく地面に倒れているが目立った外傷は無い。
しかしどこか苦しそうな表情をしている。
「ノエル!起きて!」
隣で呼びかけると「んん……」と唸りながら目を開いた。
私がホッと息をつき、話しかけようとするとノエルが耳を塞ぎ縮こまってしまった。
「ノエル……何があったの?」
小さく震える姿はいつもの元気なノエルとかけ離れている。
一体はぐれていた間に何があったのか。
「大丈夫だから、落ち着いて……」
「……やめて!怖い、怖いよ!暗い所は嫌だよ!お父さん!」
お父さん……?
駄目だ、かなり錯乱している。
ノエルの声に慌てて周囲を見渡すと強い視線を感じた。
……此方に向けられていたのは無数の目玉だった。
皆様、誤字報告等ご協力ありがとうございました。
また近頃投稿頻度が少なくなっておりますが、八月頃から執筆する時間が確保できるかと思いますので、八月から投稿頻度を戻せる予定です。
これからも良ければ応援宜しくお願いします。




