蛇に睨まれた蛙
青い壁を背に、巨大な影と対峙する。
突き当たりの空間だ、もう逃げ場は無い。
……はぁ、これこそ背水の陣ってか?
闇に浮かぶ瞳、家並みにある巨躯、地に落とす仰々しい影……その姿に固唾を飲む。
その影は此方に近寄ってくる。
奴が一歩、また一歩と歩みを進める度に、地面が揺らいだ。
どうだ、どうすれば勝てる。
いや、生き残れる事を目標にしよう。
……身体の大きさも重量もパワーも全て負けている。
自分の力をそのまま出し切った所で瞬殺されて終わりだ。
じゃあ、どうするべきか?
一つだけスラッシュベアに勝てるだろうと思われる点、いやきっと勝てる点がある。
それはすばしっこさだ。
先程噛み付いた時、女の子に振り上げていた手を、私を振り払うのに方向転換をしていた。
その時の動きが、予想以上に遅かったのだ。
相手には無いスピード、これを使わない手は無い。
うおらぁぁぁぁあああ!
咆哮と共に私はスラッシュベアへと全力で走っていく。
決して思考放棄した訳では無い。
グルルルァァァ……
近づいてきた私を、しめしめ……といった表情で見下すスラッシュベア。
そしてその手を振り上げ、そして振り下ろした。
ーーしかし、その手は宙を切った。
鋭い爪を持つ、その手は地面へと打ち付けられる。
仕留められたと思っていたスラッシュベアは、驚き、慌てて辺りを見渡している。
……ここだよ、熊さん!
私は、既にスラッシュベアの背後へと移動していた。
そう、奴には無いスピードを使い、腕が振り上げられた瞬間に、背後へと移動したのだ。
私の声に気づいたスラッシュベアが此方へと振り返る。
次の攻撃に移ろうと、此方に身体を向けそうとするが、大きな腹が邪魔をし、何度も足を踏み変え、やっとという感じだ。
そしてまた振り上げられた手を見て、背後へと移動。
再び、スラッシュベアの手は宙を切り、地面に打ち付けられる。
グァァァア!!
二度もあしらわれ、怒り心頭のスラッシュベア。
元々炎のように赤いその瞳は、血を垂らしたような濃い赤へと変貌していた。
無闇に手を振り回すスラッシュベア。
先程よりも少しスピードもあがり、避けるのも困難になってくる。
あともう一つ、課題点があった。
それは体力だ。
小さな身体でちょこまかと小回りは効くが、スラッシュベアのような体力は無い。
今は逃げ続けられているが、その手に捕まるのも時間の問題だろう。
そろそろ、相手の動きを止められる決定打が欲しい。
その瞬間、目に入ってきたのは天井についたマカテラ鉱石。
それも一際大きく、シャンデリアのようになっている塊だ。
スラッシュベアの体躯に負けない大きさのそれを、スラッシュベアの上へと落とせば、足止めになるのではないか?
「波起こし」で天井に波を発生させれば、落とす事は可能だろう。
問題はタイミングだ。
いくらあのマカテラ鉱石を落とせたからって、下にスラッシュベアが居なくては意味が無い。
しかも、チャンスは一度きりだ。
と、その時、そのチャンスが訪れた。
……グァァァァアアア!!!
空間の中央で、スラッシュベアが大きく咆哮をあげたのだ。
口を大きく開け、上向きになり、叫んでいる。
うねるような叫び声は、空間を広がり、突風が発生する。
その時、私が見ていたのはスラッシュベアでは無く、その上だ。
丁度、スラッシュベアの上空には、あのマカテラ鉱石が輝いていたのである。
スキル「波起こし」……!!
このチャンスを逃してはいけない!
狙いを定め、大きなマカテラ鉱石の根本に波を発生させる。
天井が蠢き、マカテラ鉱石が宙へと落ちていく。
ガァッ……グァァァア!?
咆哮をあげていたスラッシュベアの顔面に、マカテラ鉱石が落ちた。
突然、視界を奪われ、顔面に強い衝撃を受けたスラッシュベアは、その巨躯を大きく逸らし、その場に倒れ込んだ。
倒れ込んだスラッシュベアは、ピクピクと痙攣しているが、他に這いつくばったまま動かない。
……そう、マカテラ鉱石は口に含むと有毒だ。
それを思いっきり口を開けていた所にプレゼントされたのだから、効果は的面らしい。
しかし、この毒がいつまで続くかは分からない。
追い討ちをかけるように「火炎放射」で、相手を鉱石ごと炙っていく。
瞬く間に前方は火の山になり、赤く見えなくなった。
相手の主火力は爪だ、遠距離を保っていれば殺される事は無い。
MPが心配だが、このまま行けば何とかなるだろう……と思った時だ。
……!?……アッガッッ
炎と煙の中に何かが見えた。
それを確認する間も無いまま、思いっ切り後方に吹き飛ばされる。
不意打ちで受け身も取れなかった私はまたもや壁に打ち付けられる。
周囲確認しようとした瞬間、目に入ったのは濃い赤色。
それを視認した途端、全身が痛んだ。
今までとは違う、もっと激しく、抉られるような痛み。
……あ……ぐ……嘘……でしょ?
相手は確かに毒に麻痺していたはずだ、しかも炎に炙られている。
なのに、ここまでの体力、どこに残っていたのだろうか。
しかも火炎放射の射程より、相手の攻撃範囲の方が広い。
新しい対抗法を考えないと……と必死に動く頭を動かすが、裏腹に身体は何故か動かなかった。
その直後、私を恐怖が襲った。
土埃の先に見えたのは大きな影に赤い血のような光。
それがゆっくり地を響かせながら近づいてくる。
黒い毛の先には炎が揺らめき、その鋭い顔と爪を照らしていた。
相手が一歩近づく度、死が近づいていた。
まるでカウントダウンの様だ。
あぁ、最初から無謀と分かっていた筈なのに、何故か苦しい、怖い。
正面に立つスラッシュベアはより、大きく感じた。
もっと物々しく、恐ろしい。
血に染まった爪を舐めながら此方を見下ろしてくる。
まるで「今までの攻撃は痛くも痒くも無かった」かのように、悠然と立っているのだ。
次第に遠のき、消えかかる意識の中、影がその腕を振り落とすのを、ただ見つめていた。
▽戦闘終了、お疲れ様でし……
これにて洞窟編は一区切りです
ここまでお読み頂きありがとうございます
第二章をお楽しみに!!




