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帝國建つ!  作者: 斎木伯彦
日郷、決起して柴津を覆わんとす
9/41

帝國建つ

智顕(ともあき)、もう良かろう?」

 甲板で戦況を眺めていた(のぼる)は、傍らの男性にそう声を掛けた。彼らの乗る船の他にも、多くの船が停泊し、陸地に向けて雨の如く矢を降り注がせている。その矢の雨の中で無事だった者は少ないだろう。

「殿、手を抜いてはなりません。今暫く続けて下さい」

「ふむ……」

 椅子に腰掛けたままの男性の指示に従って、矢の雨は更に続く。

「それではそろそろ、甲斐(かい)将軍に合図を送って下さい」

「心得た」

 昇は開戦合図以来に弓を持つと、鏑矢(かぶらや)を引き絞って天高く放つ。矢は甲高い音を残して虚空に飛び去った。柴津(しばつ)を挟んで布陣する力也(りきや)にも届いたのだろう、ややあって南側からも甲高い音が聞こえて来る。

(よし)、全軍上陸せよ」

 満を持して兵士たちが柴津の街へ突入して行く。既に矢の雨で抗戦する気力を奪っていたので、抵抗らしい抵抗を受けずに街へ侵入できた。

「こちらです!」

 力也が南門を突破して街中に入ると、一人の女性が彼らを呼んだ。敵の誘いかとも思ったが、彼は構わずにその指示する方向へ部隊を連れて行く。

「甲斐将軍、流石ですね」

 いつの間にか、綾女(あやめ)が彼の横を走っていた。

「何がだ?」

 走りながら会話をする。

「彼女が私たちの内偵だと、よく気が付きましたね?」

「ああ、そんなことはちっとも知らねぇな。ただ綺麗な姉ちゃんに呼ばれたから、ついて来ただけよ」

「……感心したあたしが莫迦(ばか)でした」

 綾女は呆れた言葉を残して、再び何処かへ走り去って行った。その間にも、彼らの部隊は敵の中枢部に向けて進んでいる。次第に抵抗が激しくなって来た。

「どうやら親玉がこの先にいるようだな」

 飛来する矢を手にした斧で打ち払いながら、彼は不敵に笑う。

「この俺様を殺したければ、魔法でも使うんだな!」

 柴津の弓兵も、彼の部隊の弓兵に射られて、飛来する矢の本数が減り始めた。すると再び猛牛の如き勢いで、力也が突進し始める。

「おらおら、この俺様とやろうって奴ぁいねぇのか!」

 彼の挑発に乗った訳ではないだろうが、一人の男性がその行く手を遮った。

「そこの勇猛果敢な者、名のある者と見受ける。この御子柴(みこしば)高時(たかとき)が嫡男、正時(まさとき)。貴公に勝負を申し付ける」

「お前たちはこの先を制圧しろ。こいつとの勝負には手を出すな、分かったな」

 率いて来た兵士たちに簡単な命令を与えて、彼は一騎討ちを始めた。槍を手にした正時は、威勢良く力也に打ち掛ける。その一撃を受け止めて、力也はニヤリと笑った。

「俺様の名は、甲斐力也。冥土の土産に憶えておきな!」

 片手で戦斧を振り回す彼の信条は力押しである。それに対して正時は技巧派らしく、彼の戦斧を受け止めないように、躱し続けた。

「いつまでその攻撃が続きますかな?」

 重たい戦斧を片手で振り回していれば、いつかは体力を消耗し尽くしてしまうと考えていた正時は、その考えが甘いと悟る。風車の如く振り回される戦斧を躱し続ける彼の方が、先に体力の限界に達しようとしていた。

「こ、こんな莫迦(ばか)な!」

「手前の体力をよく考えとけ!」

 力也の言葉も聞き届けたかどうか、正時の首は胴体と泣き別れになっていた。

「ちっ、準備運動にもならなかったぜ」

 甲斐力也、恐るべし。

 さてその頃、力也と別れて単独行動をしていた綾女は、ちょっとした手違いから、敵兵の真っ只中にいた。

「角を一つ、早く曲がったのかしら?」

 悠長にそのような事柄を考えているが、事態はそれほどに余裕があるとは思えない。数十人の殺気立った兵士たちに囲まれているのだ、普通の少女ならば泣き出してもおかしくはないだろう。

「この女、日郷(ひさと)の間者に違いない。殺せ!」

「殺すだけじゃない、辱めてやれ!」

 兵士たちは既に正気を失いかけている。綾女は周囲を確認すると、懐に手を入れた。

「逃がすな!」

 彼女に向けて兵士たちが殺到する。その彼らの上に冷たい物が浴びせ掛けられた。それに気を取られて勢いを無くした兵士たちの隙を()き、綾女は自らの背丈の二倍はあろうかという場所に跳び移っている。

「遊んでいる暇ないの。じゃあね」

 彼女は微笑み、点火した布を彼らの上に落とした。

「まさか……」

 兵士たちが気付いた時には既に遅い。滑りがあるその液体は次の瞬間、激しく燃え上がった。断末魔の叫び声を背中に聞きながら、綾女は家々の屋根を跳び越えて行く。暫くして、目的の場所に辿り着いた。

「ただいま戻りました」

「それで、場所は判明しましたか?」

「もう、バッチリ!」

 椅子に腰掛けた男性の元に戻った彼女は、調べ上げてきた事柄をつぶさに報告した。敵将の居所と、その逃走経路、及び柴津の重要な拠点の幾つか。

「なるほど、つまりここから見えるあの丘。あの上にある神殿を占拠すれば、柴津は制圧したも同然なのですね?」

 綾女の報告に、智顕は疑問を挟んだ。その彼女には助け船が出る。

「あたしもその話、聞いたことあるよ」

「真依さん……」

 豊かな金髪を揺らせて傍らに歩み寄って来たのは真依だった。

「柴津の民は、あの神殿から聞こえる鐘の音に従って生活している。だから、あの神殿を治める者は、この街を治めるに等しい、て」

「どうやら、そのようですね」

 戦いの最中にも拘らず、神殿からは時報の鐘が鳴り響いている。

「そうと分かれば、殿。手勢を率いて、あの神殿を占拠して下さい」

「やっと上陸戦か。この時を待ちくたびれたよ」

 昇は身体を伸ばすと、腰にある剣を確かめた。かなりの業物らしく、その柄の装飾は凝っている。全体的に赤で統一されたその装飾は、鳥が大きく翼を広げた姿を模していた。その鳥はよくよく見ると鳳凰のようである。

「真依、智顕の警護は任せた。俺はちょっとそこまで行って来る」

「あたしが案内します!」

 綾女が率先して彼の前に出た。昇は百名ほどの手勢を率いて、柴津の街中に消えて行った。その背中を見送って智顕は傍らの真依に尋ね掛ける。

「ここから先は、半ばは運です。真依さん、貴女はどう思いますか?」

「ん~、大丈夫なんじゃない? 今までもあの人は結構、運が良かったし」

「そうですか、それなら安心ですね」

 真依の勘が妙に鋭いのを彼は見切っていた。その彼女の言葉だ、信じて待つしかない。それは別の場所で戦っている仲間たちも同様だった。

毎週日曜日20時更新です。

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