帝國建つ
「遅いぞ、二人とも!」
部屋に入るなり、瑞穂の一喝が飛んだ。彼女がそう言うだけあって、既に他の面々は揃っている。しかし肝心の昇は苦笑いを浮かべていた。
「開始の時間までにはまだ余裕がある。それでも一同が揃ったのなら、始めるとしよう」
軍議までには余裕があったのだが、一同が早く揃った為、前倒しで開始する。
「さて、軍議の前に新顔の紹介をしよう」
昇に促されて、最初に瑞穂が口を開いた。
「葦原瑞穂、本日より陣営に加わり、力の限り戦うことを誓う」
彼女はいつも通りの態度で一礼した。その堂々とした姿勢は、古参の顔ぶれにとってはやや意表を突かれたようだ。
「閣智顕と申します。以後よろしく願います」
智顕は立てないので、座ったままの挨拶になる。
「皇隼人と申す。昇兄さんとは義兄弟の間柄です。以後は力を尽くして戦う所存です」
隼人の挨拶が済むと、古参の番だ。
「俺様は甲斐力也。ま、見ての通り、力押しが得意だから、言うことを聞かねぇ奴には、鉄拳制裁だ」
最も筋肉質な男で、禿頭もさることながら左頬にある刀傷がより一層迫力を増している。
「河合鈴。この莫迦の言うことは忘れていいわよ」
彼の隣に座っていた女性は、瑞穂と同じく赤毛だった。更には性格まで似ているようだ。
「蘭小路衛輔。内政を担当しております。戦は得意ではありませんが、取り敢えず国庫の状態なども必要でしょうから」
最も頼りなげな男だ。身体の線も細く、彼に戦闘行為を期待してはならないのは、その外見からも明らかだ。
「さて、互いの名前と顔が一致しただろうから、すぐに軍議に移るぞ」
昇の言葉に隼人は違和感を覚えた。誰かを忘れていないだろうか。彼は隣に座る真依の顔を見た。彼女も彼の方へ振り返ってにっこりと微笑む。
「顔馴染みなの、黙っててゴメンね」
彼女の言葉で全てが諒解できた。要するに彼女は隼人たちとも、昇たちとも面識があったのだ。それを今まで感じさせなかったのか、彼らが気付かなかっただけなのか、どちらにせよ彼女の実際の年齢を知る者にとっては、不思議ではない。そうすると、昇も彼女の正体を知っているのだと、隼人は今更ながらに気が付いた。
「兄さんも、知っているのか?」
「うん」
小声で尋ね掛けた彼に、彼女も小さく返事をする。その二人を瑞穂が睨み付けていたけれども、彼らは気付かなかった。
その間に、内政担当の衛輔が側にあった筒を机の上に広げた。筒と思えたそれはこの辺りの地図だ。
「朝の軍議で指摘されたように、このまま柴津攻めに突入するのは不利だと判明した。そこで、真津と八山の双方に船の供出を課することにする。もしも、彼らが従わなければ、武威を用いるしかないが、異論ないな?」
昇がグルリと一同を見回すと、真っ先に瑞穂が手を挙げた。
「船だけでなく、兵も出させるべきだ。そうしなければ、手薄になったここを強襲される」
彼女の言葉に誰も反論できない。確かに自陣営の戦力低下を狙っているのだとすれば、手薄になった時に強襲されないとは限らない。昇は、彼女を推薦した隼人に感謝していた。
「それは一理あるな。智顕、どう思う?」
「瑞穂殿の仰る通りです。船だけではなく、兵士も供出させ、更に軍資金も負担させましょう」
「そこまでさせると、首を縦には振らないだろう?」
隼人が苦言を呈した。しかし智顕は微笑んでいる。
「それがどうしても振らなければならないように、仕向けられるのですよ」
彼は自信たっぷりだ。一体、どのような秘策を胸に秘めているのか。
「まず、船の建造を彼らに命じます。それと共に兵を集めるようにも命じます」
ここまでは至って普通だ。
「次に、間者を柴津に放ち、八山と真津が連合して柴津に攻め込むと吹聴させます」
「何?」
昇は我が耳を疑った。そのようなことをすれば、折角の攻略作戦も徒労になり兼ねない。
「八山が攻められたら、どうする?」
「それこそ望むところです」
智顕の言葉に一同は首を傾げるだけだった。
「八山が攻められれば、彼らは救援をどこに求めますか?」
「我々、だな?」
昇は確認するように頷いた。
「左様です。そう致しましたら、我が方は彼らに求められて出陣するのですから、幾つかの条件を求めれば良いでしょう」
「何だか、随分と姑息な手段のような気もするな……」
力也は乗り気ではない。対して智顕は力説する。
「戦は負ければそれまでです。小さな誇りや見栄にしがみついていては、勝てる戦も負け戦になるでしょう。大切な事柄は、民の命を保ち、国を豊かにする方策です。それには個人の感情は極力抑えなければなりません」
「……分かった。智顕の言う通りにしよう。この作戦を採用すると決めたんだ。事の成否は智顕の言う通りにできるかどうかだ。俺はこの男に賭けた」
「昇がそう言うのなら今回は従うが、もしも失敗した時には、容赦しねぇからな」
力也は渋々ながらも従うつもりだ。しかし鈴は気にしている様子もない。隼人たちは慣れているので、口を挟もうとはしなかった。
「それでは、船をどれほど造るように発注しますか?」
衛輔が間の抜けた質問をしていた。
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