出会う
その画家は、とにかく非常識で変わり者で。
「観客は俺。今からここが君のステージ。」
…私に夢をみせてくれた、大切な人。
これは、風変わりすぎる彼と凡人な私が送る、なんて事ない日常の記録である。
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秋風が心地よい今日この頃。
私は教室で友達の話に耳を傾けていた。
「ねぇ聞いた?!あの『秀麗』が個展開くんだって!しかも美術館!」
「え、まじで?!ヤバイ見に行かなきゃ!」
「ねー!」
うん、なんて楽しそう。世間では絶賛画家ブームが到来中。
中でも「秀麗」は爆発的な人気を集めているらしい。
その理由が…
「ぜっったいイケメンだよね!!」
「それな!眼だけでわかる美しさ!!」
…という訳でして。ある雑誌でマスク姿の写真が掲載されたらしく、その美しさに女性ファンが急増しているそうな。
絵を見ろ、絵を。
イケメンに興味のない私はボーッとひとり空を眺める。が。
「それで!舞花も行くでしょ?個展!」
なぜか話のタネが飛び火した。
「わたし絵にもイケメンにも興味ないけど」
「行くでしょ??」
「ハイイキマス。」
…まぁ、たまにはいいか。
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場所は変わり、私のバイト先である小さなカラオケ店へ。
17時からのシフトに備え、更衣室で一人制服に着替えていた。
ガチャリ
ドアの開く音。
「こんちゃぁ…ってマイマイじゃーん!」
「こんにちは。」
ギャルのバイトさん。私に仕事を教えてくれた、見た目は派手だけど優しい先輩。
「んふふ〜、マイマイと仕事できるとか超ラッキーなんですケド〜!」
「それはこっちのセリフですよ。」
お互いに顔を合わせて笑い合う。彼女とはどこか気が合うのだ。
2人で制服に着替えているあいだ、今日あった出来事をぽつりと話す。
「そういえば最近、クラスの女子が画家に夢中なんですよ。」
「あ、もしかして秀麗?アタシもあの人好き〜!イケメンだし!」
「やっぱり顔なんだ笑」
私の周りは面食いがたくさん。
とはいえ個展が開かれるほどならば、きちんと作品も評価されていそう。
ーカチリ
時計の音。それにつられて目をやると、針がちょうど5時を指していた。
「美湖さん、時間です。」
「りょー!今日めっちゃ盛れてるからマジがんばる〜!」
さぁ、談笑はそこそこに。お仕事お仕事。
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「今日やけに忙しくないですか…?」
「人気アニメとコラボってるからね〜、しょうがないっしょ〜」
学校帰りの学生がひっきりなしに来店したおかげで部屋は満室。
こんなに接客したのはいつぶりだろう。
「じゃあアタシ、掃除とドリンク補充行ってくるから受付の方ヨロシク〜。」
「はーい。」
……。
一人。急に静かになる。
うーむ、正直今日はもう接客したくない。お客さんが来ないことを願いながらバックヤードに戻ろうとした、その瞬間。
ウィーーン
自動ドアが開く音。
知ってた。現実が私に優しくないことなんて前から知ってた。
顔を無理やり営業スマイルに引き戻しながら振り返ると、そこにはいかにもなヤンキー集団がいた。
(金髪に赤髪に長い黒髪…んでもって緑…あとピアスやばし)
別にこういう人達が珍しいわけじゃない。けどまぁ、うん。怯むよね。
しかも今満室よ?てことはお断りしなきゃいけない訳で。
「…申し訳ございません、ただいま満室でして。30分ほどお待ち頂くことになってしまいますが…。」
(うぉぉぉこわい頼むから何事もなく帰ってくれ…!)
「あらら、マジですか!お前らどうするよ?」
「30分くらいすぐでしょう。」
「バッカお前30分だぞ?!カップラーメン×10だぞ?!」
「あーあー例えが馬鹿丸出しだ。そんなんだから単位落とすんですよ。」
「んだとこのインテリ眼鏡!」
(…なんか可愛い人達だな。)
まるで小学生のような討論が続く中、ずっとそれを眺めていた黒髪の男が口を開いた。
たった一言。
「眠い。」
(ーめ、めちゃくちゃ話に関係ない…!)
と思ったのだが、どういう訳か彼らには効果抜群だったようで。
「「「よし帰ろう。」」」
あんなに揉めてた人達が口を揃えた。そんなおかしな光景に思わず吹き出してしまう。
「じゃあ今日はやめときますわ、また別の機会に。」
「はい、またのご来店お待ちしております。」
踵を返して歩き出す不良集団。よかった、何事もなく無事に終えられた。
…なんて、ホッとしたのも束の間。突如振り返った黒髪の男がズンズンとこちらに引き返してきた。
「な、なんでしょう。」
「…。」
じっと私の顔を覗き込む。
「…うん。あのね。」
「はい。」
「俺、キミの顔嫌い。」
「は??」
突然の暴言に一瞬思考停止する。後ろで焦りだすお仲間たち。
「…申し訳ありません、生まれ持ったものでして。」
頑張れ、頑張って笑顔を保つんだ、私の表情筋…!
しかし、そんな私の頑張りも儚く崩れ落ちてしまう。そう、彼の言葉によって。
「笑顔ヘタクソだよね。」
スン…。
はいもう真顔です。無です。こりゃ仏になるしかない。なんだこの無礼男。
「あと目が死んでる。まるでブラックホー…いや、そんな綺麗なものじゃないや。あれだ、なんだっけ。あ、そうそうイカ墨。」
「イカ墨かよっ!」
あまりの独特すぎる表現に思わずツッコんでしまう。「しまった」と慌てて口を手で覆うも時すでに遅し。
目を軽く見開き、顔を覗き込んで凝視される。
よくよく見返すとこの男、かなりの美形だ。
…いやそんなこと思ってる場合じゃないんだけど。
「なんだ、そんな顔もできるんだね。」
「はい?」
「引きつった作り笑顔より、そっちの方が人間らしくて好き。さっきみたいな間抜けに吹き出した顔もすごくいいよ。」
「褒めてるんですか?貶してるんですか?」
「褒めてる。」
フッとやわらかく微笑みながら言ってくる。なにそれ、ずっと真顔だったくせに。なんだか特別な表情を見れた気がして心が浮ついてしまう。
すると、彼が急に上着のポケットを漁りだした。
「あげる。」
そう言って差し出されたのは真っ黄色の棒付き飴。
「いや結構です。」
「あげる。」
有無を言わさず制服のポケットに突っ込まれる。うーん、さっきから行動が読めない。
とりあえずお礼を言おうと口を開いたその時。
「おいテメェいつまでナンパ売ってんだゴラ!」
しびれを切らしたお仲間から怒号が飛んできた。
「眠いと言ったのはあなたですよ。」
「ほら、しゅーれい行くぞ〜」
立て続けにお呼びがかかる。
「そうだね」と返事しながら彼らの元へ戻ると、ど突かれたり擽られたりと洗礼を浴びていた。
…絡み方がクラスの男子そのものだ。
「じゃあ今度こそ帰りますんで!コイツがご迷惑おかけしましたー!」
そう言いながら騒がしく店を出ていく。
黒髪の男はそっと顔だけ振り返り、「バイバイ」と小さく手を振ってくれた。
「…変な人。」
なんだか不思議な体験だった。
1人余韻に浸っていると、美湖さんが「お疲れ〜」と清掃から戻ってくる。
「マイマイまじヤバイんですケド〜!めちゃイケメンにナンパされてたね!」
「ナンパじゃないです嫌がらせです。てか見てたんなら助けてください。」
「アタシ空気読める女だから。」
フフンと自慢げに鼻を鳴らす。
とは言うものの「名前と連絡先だけでも知りたかった〜!」と今更ゴネ出す美湖さん。
聞くついでに助けに入ってくれたらwinwinだったのに。
「あ、でも名前は赤髪のリーダーっぽい人が呼んでましたよ。」
「マジで?!」
「はい。えっと確かー…」
『ほら、しゅーれい行くぞ〜』
…あれ?
「マイマイどした〜??」
「いえ、ただの偶然だと思うんですけど…。」
しゅーれい
秀麗
…まさかね?