お薬増やしますね。
よく跳ねる男だった。
目付きはやや上天気味に、こっちに顔を向けて叫ぶ。昼夜問わず叫ぶ 。
「コーヒー!!!!」
とか
「買い物!!」
とか
「なっとう!!!」
とか
「おべんとー」
「食べんのー」
真なる心の叫びは短い。この理を体現するかのように、彼は一語、二語程度の発語しかない。
「パン……なっとう!!!」
といった具合にだ。
それらの要望が叶おうと、叶うまいと、この男は跳ねる。海老のように腰を曲げ、ところかまわずびよ~ん、と。
時々床に股間を押し付けてジイ行為に更けることもある。毎回蛇の生殺しで終わるのだが、それでも表情は夢うつつだ。
彼は常に渇望している餓鬼の如くだ。
とても幸せそうだ。
ある故人が言うには、彼らは我々常人よりも、天に近い、神に祝福された存在なのだという。
彼が跳び跳ねるのは、本能的に天を目指しているのだろうか。
電気ショックを受けたかのように跳び跳ねて、 体をピンと伸ばしたまま地に落ち。ピンと硬直したまま、横向きで首だけを動かし、自身のこめかみを勢いよく地面に2、3度叩きつけるのも、しょっちゅうだ。その時も目は上天している。これは一種のトランス状態ともいえるだろう。
ある日。跳び跳ねて、壁に激突した。よくあることだが前歯が折れたのは初めてだった。
薬を増やした。
跳び跳ねをしなくなり、叫ぶことも減り、一日中静かになった。
夜は自分で歩くこともままならず、仕方がないから寝るときは寝室まで抱えて運ぶ。
朝になってもぐっすりだ。寝小便で床がびちょびちょになってもぐっすりだ。
彼の寝小便を抑える薬があるならば、お薬を増やしてほしいと願っている自分がいる。満たされない餓鬼の如くに……だ。
これって幸せ? なのかな??