カラスとハト(◯ロ注意!!)
空が明るかった。始発電車はとっくに動いているだろう。
さすがSHIBUYAといふべきか。朝っぱらから、金王坂の車道を幾つもの車が往来していた。
眠気覚ましに自販機でコーヒーを選ぶ。歩道を行く人々がまばらだが、鳥たちはにぎやかだ。
スズメさんがちゅんちゅんと鳴いていた。
カラスさんは無言でゴミ袋に穴を空けてた。
ハトさんはカラスさんがとっちらかしたゴミクズの中から食べかすを探してポーポーいいながらついばんでた。
羽ばたく音。
その激しさは、車の音でもかき消えない程大きくて。見やると、カラスさんとハトさんが戦ってた。
いや、カラスさんがハトさんを襲っていたというのが正しいだろう。
カラスさんがハトさんの頭をくわえ、二羽とも翼をばたつかせて浮いたり沈んだりしている。必死だ。
大昔、人間は闘技場で人間同士を殺しあわせ、それを見世物としていた。
今でこそ死を見世物とする文化は、スペインで行われる闘牛の一部の競技でしか残っていないが、人は今も闘争を求めている。
単純に見いってしまった。右手の缶コーヒーをズズズと啜りながら……。自分自身にも気付いていなかった本能に灯る炎の熱を燻らせながら……。
決着はついた。
カラスさんがハトさんの頭をちぎって、飛び去った。
首なしになったハトさんはそれでも翼をばたつかせ、前へ、前へ、と、まるで生きているかのように進み、さして広くもない歩道を横断してた。
そこへ通りがかった通行人の青年。歩きスマホをしている彼は、足下の首なしで血をしたたらせながら動いているハトさんに気付かず、その御み足で蹴りあげた。
「何か、ぶつかっちゃったかな」
とでも思ったのだろうか。ちょっとビックリした表情で、蹴りあげたものを見る青年。
一瞬固まって、絶叫してた。青年の驚き方が異様でちょっと引いた。
本当に怯えている様子で不憫に思えたから、「まあ、飲んで落ち着けよ」と、再び自販機でコーヒーを買い、青年に馳走した。
「ありがとうご、ごザマス」
と、どこぞのステレオタイプな貴婦人の口癖的な語尾にも似た礼をして、青年はコーヒーを煽った。飲んでる間も、ピクピク痙攣しているハトさんを凝視してた。
ちょっと緊張をほぐしてやろうと思い、冗談を言うことにした。
「これ、イ◯スタ映えするんじゃない?」
青年、コーヒーを吹き出した。こんなので笑うなよと思った。
吹き出したコーヒーは、ぴくついているハトさんに少しかかってしまって不憫だった。もう蹴られたりすることがないように、と、翼の先っちょをつまんで、歩道のすみまで運んだ。ネコさんが見つけて食べてくれるだろうか。
青年は、吹き出したコーヒーにむせて何度か咳き込むうちにえずきはじめ、もんじゃ焼によく似たゲロを吐き出した。
ああ、汚ねぇ。青年が謝って来たけれど、こっちに謝られたところでどうしようもない。
歩きスマホをやめて(イ◯スタ写真も撮ってない)まっすぐ歩く青年の疲れた後ろ姿を見送りながら、コーヒーの最後の一口を煽った。
朝の陽光に照らされて、光沢をおびた吐瀉物。そこにハトさんたちが群がった。 直ぐ近くに転がっている同胞の死体のことなど気にも止めていなかった。
ポーポー鳴きながらゲロをついばむハトさんたちを見て、ちょっとえずいて、もらいゲロをしかけたが、耐えた。
ゲロ注意。歩きスマホで死体を蹴りあげた青年のトラウマがゲロとなり、このゲロが、歩きスマホをする者たちへの注意喚起となってくれることをここに願おう。ゲロが広がる通路を迂回して、帰路についた。