私と、私を変えた名前も思い出せない助教授について。
国立ではあるけれど、さして大きくもない、かといってそれほど小さくもない理科大に入学した。
入学式を終えた後、オリエンテーションを行った。一時的にクラスを割り当てられ、オリエンテーションの間はクラス毎にカリキュラムの説明や、各施設の案内を受けた。
収容人数100人程度の講堂で、教員の紹介があった。私を含めた40人前後の生徒が座席に座り、同じく40人前後いる先生方が、教壇や壁に背中をくっつけるようにして立ち並んでいた。
教授からは入学の祝辞を頂き、助教授は名前と一礼による簡単な紹介を受けた。そして生徒の自己紹介を行うことになった。
私は困惑した。
生徒は皆、理路整然とした態度で自己紹介をしていた。大学に入った理由も将来の夢もハッキリしていて、疑いようのない熱意を感じた。
私はこの場には不釣り合いだった。彼らと同じ学び舎にいることが申し訳なく思えていた。そして私の出番となった。
立ち上がって、名前を名乗る。ここまでは皆と変わらなかった。
「私は。・・・・・・私は化学がわかりません。だから、もっとよく知りたいと思って、大学に、入学しました。 ・・・・・・以上、です」
誰も何も言わなかったけれど、一番短い自己紹介だった。最後まで顔を上げられないまま着席した。
生徒全員の自己紹介が滞りなく終わり教室を出る段になると、先生方は拍手で生徒達を送り出してくれた。
生徒達が列をつくって講堂を出て行く。壁伝いに立っている助教授方の目の前を横切る形になった。
大きな拍手を右耳に聞き入れながらも、私は下を向いていた。
出口へ差し掛かったとき、助教授の一人が半歩だけ私に歩み寄ると、耳元でほんの一言、そしてとても早口に囁いた。
「僕もだよ」
そこそこ敷地のあるキャンパスだったし、専攻も違っていたんだと思う。その助教授と再会することはなかった。
化学がわからないことは相変わらずだったけど、何十倍も好きになっていた。
そして私は教師になった。