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なんかノリで「お父さん」って呼んだけど、今考えたら呼ぶべくして呼んだって感じだよねー



 ギムレット・ティガーは裕福でも貧しくもない一般的な家庭の生まれだった。

 幼い頃から体つきが大きく。面倒見のいい性格のため特に年下からはよく慕われた。


 しかし彼は意外なことに、子供の頃はその大きな身体を利用して暴力を振るうといったことは一切してこなかったし、どんな諍いや喧嘩でもその拳を使うことはなかった。


 それはある時、誤って同い年の友達を殴ってしまった時の出来事に由来する。

 きっかけは些細な口げんかだった。同い年ということもありギムレットは頭に血が登り、ほとんど無意識で友達を殴った。


 その感触は大人になった今でも覚えている。

 まるで拳に心臓でも握っているかのように脈打ち、鈍い痛みが生じた。それはとてもではないが耐えられるものではなかった。


 そして何より、その喧嘩を知ったギムレットの父親が初めて息子であるギムレットを殴ったことが幼い彼の心に大きな衝撃を与えた。


 彼の父は息子とは違って、筋肉の付きは悪く、人好きの良さそうな顔は見様によっては頼りなさそうですらあった。


 そんな父が拳どころか、声も、足も、体中を震わせて息子を殴った。

 その時の言葉は今でも覚えている。


――お前の拳はそんなことのために使うものじゃない!もっと、弱い人を助けるために使うものだろ!


 叫びなれない喉が懸命に発した言葉はお世辞にも威厳に満ちたものではなかった。

 だからこそ、ギムレットには十分過ぎるほど後悔させる理由になった。


 自分以上に人を殴ることが似合わない父が、顔を真っ赤にさせて息子を叱る姿はこれ以上ない説教だった。


 それからはギムレットは拳を向ける相手を知った。

 この拳は弱いものを、理不尽な行為に晒されているものを助けるために振るうのだと心に誓った。


 そんな彼が、『血の宣戦』を経て志願兵制度を導入した王宮騎士団への入隊を志すのは自明の理だった。



       *



 ギムレットがシルヴィアらとスモッドの街を出て数日。馬車を乗り継ぎ大陸鉄道の駅のある街に赴いていた。

 汽車の到着を待つついでに彼らは街の散策をしていた。


 そんな中ギムレットは隣に立つロキに質問を投げかけた。


「ところでよぉ、ロキ。エルナが前に使ってた治癒魔法の詠唱。あれ、治癒魔法使えない俺でもあれ言えば使えるようになんのか?」

「あ? あー、あれな……。残念だがそりゃ無理だ。ありゃあくまで術者の治癒能力の底上げと魔素を無駄がないように供給するための指標(ガイドライン)なんだ。術者が治癒魔法使えるってのが大前提なんだよ」

「そうか……。やっぱそう簡単にゃ治癒魔法がホイホイ使えるようになるなんざ夢のまた夢なんだな……」

「そうそう。ちったあ素養があるなら別だが、オッサンみたいなガサツで無神経そうな奴が使えるようなシロモンじゃねぇよ」

「ハッハッハ! ようしこの野郎、ちょっと顔を出せ。今からお前を殴りつけてやるぞ!」

「んだぁコラ! 上等だ、表出ろ! 返り討ちにしてやんぜ!」

「もう表に出ているだろう? お前はこれ以上どこに出ようと言うんだ?」

「余計な茶々入れんじゃねぇギル! どこにって出るとこ出んだよ!」


 周りの目も気にせず大騒ぎをする男性陣を見ながらシルヴィアは呆れながらも感嘆のこもった息を吐いた。


――男の人ってすぐ仲良くなるのよね……。


 そんなどこか羨ましさすら感じる言葉を胸に秘めながら、周囲を忙しなく見回すエルナに声をかける。


「どうかしたの、エルナ?」

「あ、いいえ! こんな栄えた街をみるの初めてなんで、ちょっとびっくりしたというか……」


 正直この街は大陸鉄道の駅があるとは言えそこまで栄えているというわけではない。

 しかし駅がある分人通りはスモッドとは比べ物にもならないし、すれ違う人は皆明るく笑顔に満ち溢れていた。

 それだけでもスモッドという檻に囚われ続けてきた少女には眩しすぎる光景だろう。


「あっ! 見て見て見て見て見て見て見て! あそこ! ジェラート売ってるー!」


 突然テンションを上げて、ヒカリは近くに見えるジェラート屋の屋台を指差した。


「よーし、それじゃあそろそろ駅に行こうぜー」


 何か嫌な予感を感じ取ったのか、ヒカリの言葉を完全に無視しギムレットはやたらと生気のない目でそう言った。


「ねぇ~お父さ~ん。あたしね~ベリー味のジェラートがいいな~」

「だああああ! やっぱり来やがったな! なんで俺なんだ! もう買って貰う事前提に話してんじゃねえ!」


 まるで爬虫類のようにギムレットの背中を伝い、ヒカリはあっという間にギムレットの肩に乗りいつしかのようにジェラートをねだり始めた。


「じぇらーと……? ってなんですか?」


 そう言ったのはエルナだった。


 ジェラートの存在など子供でも知っていることだが、こうして聞くとやはりエルナの過去とスモッドの

異質さが際立つ。

 そんなことは顔には出さず、シルヴィアはジェラートの説明を始めた。


「ジェラートは、果物の果汁や果肉をミルクや砂糖と混ぜて凍らせたお菓子のことよ。すっごく甘くて美味しいの!」

「へえ、そんなのがあるんですか……」


 シルヴィアの説明に感嘆するようにエルナはそう言った。そして興味がそそられたのか口元をほころばせていた。


「えるえるもお父さんにお願いしなよ! お父さんちょろいから可愛くお願いすればホイホイ買ってくれるよ!」

「お前、本人を目の前にしてよくそんなことほざけるなっ!?」


 ギムレットのツッコミをよそにそう言うヒカリにエルナは少し微笑んでから頷いた。

 そしてギムレットの腕にしがみつき、悪戯っぽく笑って上目遣いでギムレットを見上げた。


「ねぇパパ~? 私もジェラート食べたいな~。私食べたことないの~」

「うわ! やばいやばいやばい! エルナ、そんなこと人の往来が多いとこで言うんじゃねえ! なんかいかがわしく聞こえるだろ!」


 ギムレットの腕を艶やかな仕草で絡め取り、蠱惑的な眼差しで見つめてくるエルナが今までの印象とはかけ離れ、ギムレットは気恥ずかしさが湧きたち目を逸らしてしまった。


「ま、まさかエルナがこんな演技出来る奴だとは思わなかったぜ……」

「なあに言ってんだ。エルナは元からこういう性格の奴だぜ、……親父」

「お前まで親父言ってんじゃねぇ、ロキ!」

「ああ、俺あのチョコレートなんちゃらってやつでいいぜ、親父」

「なにげに高そうなの要求してくんじゃねえよ!」

「大丈夫です、ヒカリの分は俺が出しますから。ロキにも自分で払わせます」

「ギルバート……」

「俺もよくヒカリにねだられましたから苦労はわかります。父さん」

「ありがとな。ホントお前だけが俺の味方だよ。でも最期の一言で全てが台無しだ!」


 何故か周りの面々から父親呼ばわりされ頭が痛くなるギムレットだった。

 どうにかして見方が欲しいギムレットはシルヴィアの方を見た。


「おいお嬢。お嬢からも何か……」

「あ、お父さん。私はバニラがいいなー……」

「お嬢っ!?」


 最期の砦とばかりに期待していた我らがボスは、あっさりとギムレットを裏切り長いものに巻かれた。


 ギムレットの思いなど関係なしに四方八方から押し寄せる「お父さん」コールに長いはずのギムレットの気はとうとう限界に達した。


「上等だあああ! 全員好きなもん買ってやらあああ!」

「わーい! お父さんありがとー!」


 皆お父(ギムレット)さんのことが大好きです。


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