『鈍』って言ってもどっかの変体な刀と違って切れ味全然良くないけどね!
――時間はギルバートたちがロキのもとへ向かう途中の大陸鉄道に乗っている頃に遡る。
今後の方針もある程度決まり、汽車での旅も慣れて一同がくつろぎムードに入っていた頃、ギムレットからある一言が漏れた。
「なぁ、ギルバートよぉ。お前さんが使ってる武器、ちょっと変わってるよな」
そう言ってギムレットは個室の端に立てかけてあるギルバートの細身の剣を指差した。
「ほほう……。それに気づくとはお父さんもやるねぇ……」
しかしギムレットの言葉に真っ先に反応したのはヒカリだった。
ヒカリは含みのある笑みをこぼしながら自分の顎をなでた。
「なんでお前が答えんだよ。あとお父さんって呼ぶな」
「んふふー! やっぱ男の子だったらあの刀の厨二魂は感じちゃうんだねー。計算通り!」
意味のわからない言葉を言いながらヒカリは座席の上でふんぞり返っていた。
そんなヒカリをシルヴィアが「そんなところに立っちゃ危ないわよ」と自分の膝の上に座り直させた。
そんな様子を苦笑いしながら見ていたギムレットにギルバートは己の剣を持って見せた。
「そんなに大したものではないですが、確かに珍しいかもしれませんね。これは東の和の国、『ジパング』に古くから伝わる刀という剣です」
そう言いながら、ギルバートは剣を鞘から抜いた。
抜き身の剣は、反りのない直刀だった。刀身は漆黒で、光をほとんど反射しない夜色の剣だ。
「ほぉ……。ブライストンで見たときも思ったが、やっぱ異質っつーかなんつーか」
「ええ、ただの刀ではありません。魔鋼石を使った『魔剣』です」
魔剣とはギルバートの言ったように、物質に魔素が宿る魔石、魔鋼石を素に作られた剣の総称だ。
魔石や魔鋼石は単純に魔素のタンクとして使う物、それそのものに魔法や特殊能力が備わった物がある。
そういった理由から、魔剣は戦争や宗教儀式などに大変重宝された。
この世界では、魔石や魔鉱石は下手な宝石より何倍も価値がある。
「そいつぁスゲェな。俺、魔剣なんざ団長が使ってる奴しか見たことねぇぜ。なあ、ちょっと見せてくれよ」
そう言ってギムレットはギルバートに向かって手を伸ばした。
「えっ!?」
しかしギルバートは何故か虚を疲れたような声を出し、目を見開いていた。
「な、なんだよ……。ダメだったか?」
「いえ、そういうわけではないんですが……。えっと、重いので気をつけてくださいね?」
なんだそんなことか。
ギムレットは心の中でため息をついた。
確かに魔剣は魔鋼石を使っている分、通常の剣より多少重い。
だが、自慢ではないがギムレットは筋力には自信がある。
王国騎士団の中で単純な力勝負でギムレットに勝てるのは誰ひとりとしていないほどなのだ。
今更魔剣の重さに面食らったりはしないのだ。
「わぁーってるよ。いいから見せてみろって、ホレ」
「じゃあ、はい……。あの、本っ当に気をつけてくださいね?」
やけに念押ししてくるギルバートにやれやれと思いながらギムレットは刀を片手で受け取る。
その瞬間、刀を受け取ったギムレットの手は床にめり込んだ。
「うおおおお!?」
「きゃあ!」
突然の自体にギムレットとシルヴィアは戸惑いの悲鳴を上げた。
「だ、大丈夫ですか?だからあれ程重いと……」
「いやいやいやいやいや! これ重いってレベルじゃねぇって! も、持ち上がんねぇぞ? どうなってんだ!」
床にめり込んだままピクリとも動かない自分の手にギムレットは完全に気が動転していた。
「ふんぬぐぐぐ! っダメだ! 全っ然上がんぇ! なんだこれ何キロあんだ!?」
「まったくもー。お父さん貧弱だねぇー。たかが五十キロくらい持てないの?」
「「五十キロぉ!?」」
ヒカリから飛び出した、およそ剣一本の重さとは思えない単位にギムレットだけでなくシルヴィアも驚きの声を出した。
「バカじゃねぇのか!? そんなクソ重いもん腰にさして歩き回ってたのかよ!」
「ギ、ギムレットさん落ち着いてください……」
「うるせぇ! 落ち着けるか! ふざけんなこんなもんホイホイ渡しやがって!」
ギルバートの心配する声にギムレットは気が動転して、何故か逆ギレを起こしていた。
「大丈夫です。これは魔剣なので、その刀に魔素を込めてください」
「はぁ?」
ギルバートの言葉にそう答えつつも。そういえば魔剣とはそうやって使うものだったと思い出し、言われた通り魔剣に向かって思い切り魔素を流し込んだ。
すると途端に、ギムレットの腕は天を衝いた。
「うおおおおおおおおおお!!!」
「えええええ!?」
「おー、世紀末覇者みたい」
あまりの事態にギムレットもシルヴィアも変な声を出してしまい。ヒカリは誰かの名前を出した。
「う、うおお!うおお?うおおおお!?」
「ギムレットさん、お、おち、おちちついて……!」
「シルヴィア、お前も落ち着け……」
*
「『質量操作』ぁ!?』
「はい、それがこの魔剣に備わった能力です」
ギムレットの言葉にギルバートは淡々と答えた。
あの時、ギルバートの言うように魔剣に魔素を込めた瞬間、
掴んでいた魔剣はまるで羽毛のような軽さとなり、
ずっと持ち上げようとしていた反動で魔剣を持ったギムレットの腕は堂々たる様で持ち上がった。
「つまりなんだ? 魔素を込めれば込めるほど軽くなるってことか?」
「そうです。流石に俺もあれだけの重さの剣を腰にさしていたら腰が砕けてしまいます」
ギルバートはそんな風に愛想よく笑って答えた。
「それ笑っていうこと……?」
「ったく心臓に悪いぜ……」
先程のひと騒動でシルヴィアもギムレットもぐったりとしてしまった。
「ふっふっふ―! さぞ驚いたろう諸君! これがギル君の愛刀『鈍なまくら』の真の力なのさ!」
疲労困憊としている二人に向け、ヒカリはまたしても鼻の穴を大きくしていた。
「鈍って……。いや、あんなピーキーな剣、普通に使ったらそりゃ斬れやしないか……」
「そういうこと! しかもちょっと魔素込めただけで一気に軽くなったでしょ? こんなの魔素コントロールに一家言持ってるギル君くらいじゃなきゃ実戦で使えないんだから!」
「なんでヒカリちゃんがそんなに自慢げにしてるの……?」
「だってあたしがギル君のために作ったんだもん!」
「そ、そっかー……。え、ヒカリちゃんが?」
「そ! あ、と言っても刀のコンセプトとデザインを決めただけであとは『わのくに』の職人さんに作ってもらったんだけどね!」
それだけでもありえないことなのだが……。
シルヴィアとギムレットの胸中でそう呟かれた。
しかし、と疑問も生まれた。
「けど、ヒカリ。なんでこんな剣にしたんだ? 普通はもっとこう、使いやすい剣とか、よく斬れるとか、実戦に役に立つように作るんじゃねぇか? これじゃ戦いづらいだけじゃねぇか」
「うん、そういうつもりだもん」
「「?」」
またしても二人に疑問符が浮かぶ。
「あたしはねー、ギル君に人を殺しづらくするために作ったの」
ヒカリのその言葉にギムレットは「はあ?」と声を漏らしていたが、逆にシルヴィアはある意味納得がいった。
あの日、ギルバートとシルヴィアが再会した日。
ギルバートがジェラルドに剣を向けたときのことを思い出した。
あの時のギルバートは人を殺めることに多少のためらいも感じられなかった。
おそらく、ギルバートは『宣戦』の日から箍たがが外れてしまったのだろう。
自分の大切なものを奪った者なら容赦なく殺してしまえるほどに。
きっとヒカリはそんなギルバートになんとか踏みとどまって欲しいと思って『鈍』を与えたのではないだろうか。
そんなことを思って、シルヴィアは心の中でひっそりとお礼を言った。
――ありがとう、ヒカリちゃん。ギルを引き止めてくれて……。
「でもねー、そのことに関してはちょっと失敗しちゃったんだよねー」
シルヴィアがそんなことを思っていると、ヒカリはため息を吐きながらそんなことを言った。
「何を言っているんだ。これのせいで今でも戦いづらい上に、気を抜くとすぐに重さが戻って歩きづらい思いをしていたんだぞ」
「あ、だからお前たまに何もないところでつんのめったりしてたのか……」
「確かに、戦いづらいって本人が言ってるなら失敗じゃないんじゃない?」
「んー……。でもね、重さがいちいち変わる刀ってコンセプトで作ったからすっごい重い魔鋼石使ったのね」
「ああ、尋常じゃねえ重さだったぜ?」
「でもさー。普通に考えて重さ五十キロの棒で殴られたら、どう?」
「「あ」」
――……。
汽車の中の個室に沈黙が降りた。
「策士策に溺れるとはよく言ったもんだよ、ほんとに」




