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序章 第七話 才谷梅太郎やか

その日は朝から大忙しだった。

40人近くの人間の大移動が行われる。

そんな中葵はやはり握り飯を作っていた。

荷物の少ない葵や美代は、飯作りへと回されてしまったのだ。

二人はテキパキと全員分作っていく。

あらかた作り終えた所で葵は

「では私は近藤さん達に差し入れを持っていってくる。後を頼む」

と大量の握り飯を持って歩き出した。

皆はもう引越し先の前川邸で荷物整理を始めている頃だ。

「はいはーい。まかせといてんか♪」

美代は芹沢達の分の握り飯を握っていた。









「ふむ……流石に重たいな……」

やはり誰かを呼んで来た方がよかっただろうか?

ヨロヨロ……と通りを歩きながら、葵がそんな事を思った時だった。

「コレは美味そうやき! 一ついただきゆう」

後ろからにゅっと手が出てきたかと思うと握り飯を一つ取られてしまった。

「あ、コラ!」

振り向くと男が一人、実に美味しそうに握り飯を頬張っている。

「……誰だあんた?」

「わしは才谷梅太郎やか。コレはしょうまっこと美味い! あんたが作ったがかぇ?」

「私が作ったのかもしれないし、美代さんが作ったのかもしれないな」

って、そうじゃなくて。

「いきなり人の物取るなんて失礼じゃないのか? アンタ」

「いいがやないかね。こんだけあるんながら、一つや二つ」

才谷と名乗った男はまったく反省している色もない。

「考えたら二日間くらいなんちゃーじゃ食べとらんかった。腹が減って死にそうになっちゅう時にアンタの握り飯が見えてな、思わず手が出てしもうたんじゃ」

そこまで言われたらこちらも鬼ではないのであまり責める事も出来ない。

おまけに

「お礼に持っちゅーよ。どこまで持っていったらえいが?」

と葵の持っていたお皿をヒョイと取ってしまった。

意外と紳士的なのかもしれない。

「それは助かる。私一人の力では大変だと思っていたんだ。あそこのデカイお屋敷まで頼む」

「任せとおせ。ところで……」

「?」

「アンタの名前は何というんなが?」

そういえばまだ名乗っていなかった。

「私の名は向日葵(むかひあおい)だ」

「おお! ひまわりさんか! 可愛い名前やか〜。今度わしとでぇとせんか?」

「却下だ。私は忙しい」

葵は即座に答えた。

どうして名前を言っただけでいきなりデートに誘われなければいけないのか。

「ひまわりさん! でぇとの意味を知っちゅうんなが?!」

才谷は大層驚いた。

目をキラキラさせて喜んでいる。

「デートの意味くらい子供じゃあるまいし知っている。何をそんな……」

そこまでいいかけて葵は昨日の美代との会話を思い出した。

そういえば美代は『トリオ』の意味を知らなかった。

考えたらこの時代に英語が普及してるとも思えないのだが……?

「アンタみたいな女は初めてやか。ひまわりさん! ワシの女にならんがで?」

「ならん」

またもや即座に返事を返す葵。

「ちっくとくらい考えてくれてもいいがやないかね……。そないに即答されるとわし、ヘコんでしまう」

「ヘコむのは勝手だが握り飯は落とさないでくれ」

「……ひまわりさん"しびあ"やき……。わし、ホンマにヘコみそうやか……」

才谷はガックリとうな垂れてしまった。

まるで飼い主に冷たくされた子犬のようだ。

そんな才谷に葵は言った。

「……後2〜3回運ぶのを手伝ってくれたらもっと握り飯をご馳走するぞ」

「まっことなが?! わし、頑張るがで!!」

才谷は絶妙なバランスを保ちながらスッキプで前川邸へと向かって行った。

そんな才谷を見ながら葵が一言呟く。

「実に扱いやすい。キープ君くらいにならしてもいいかもしれないな」









「おや? 才谷君?」

前川邸に入った所で山南に声をかけられた。

どうやらこの青年と知り合いらしい。

「山南さん! 久しぶりやか」

「どうして君が……?」

「ひまわりさんのお手伝いやか♪」

「力仕事を任せてみた」

「えっと……君たちは知り合いだったですか……?」

「いや、前の通りでさっき初めて会った」

「運命の出会いやか」

「うるさい黙れ」

ニコニコと笑いながら才谷が言った横で、葵は彼の言葉が終るか終らないかの内に才谷を制した。

「わしは諦めやーせん……」

「ぶつぶつ言ってないでさっさと手伝ってくれないか? 運ばなければいけない握り飯はまだまだたくさんあるんだ。あんたも早く食べたいだろ?」

「おお! そうじゃった! ひまわりさんはここで待っていとおせ。わしがちょちょいのちょいで運ききゆうがやき」

『握り飯』という単語を聞き、途端に復活する才谷。

よほどお腹が空いてるらしい。

二日間も何も食べていないのでは当たり前だが。

「い、いや……しかしそれは……」

人に手伝わせておいて自分は何もしないというのは流石に気がひける。

自分も行くと言おうとした葵だったが……

女子(おなご)にこがーに重たい物を持たせられやーせん。いいからひまわりさんはここで待っていやー」

言うが早いか才谷はもう駆け出していた。

「あ……」

葵はそれでも才谷を追おうとしたのだが、山南にポンと肩を叩かれた。

「大丈夫ですよ。彼は言うだけの事は……いや、それ以上の事をする男です。彼がああ言った以上任せておけばいいでしょう」

「そう……なのか……」

我ながら勝手だと思うが……こんな風に女性扱いされるのは嫌な気分ではないな……。

葵はふとそんな風に思った。

それにしても……

「それにしても、あの男はいったい何者なんだ……?」

葵は気付かぬ内に声に出して呟いていた。

「…………」

傍にいる山南が静かに葵を見下ろしていた。









「ところで一つ気になっていたのですが……」

皆で休憩を取り、握り飯を頬張っていた時、ふいに山南に話し掛けられた。

「? なんだ?」

一度お茶を飲んでから返事をする葵。

「君はどうして近藤さんや土方君には敬語を使っているんですか?」

「あ! それ俺も聞きたいと思ってた!」

いきなり横から藤堂も割り込んできた。

見ると原田や永倉も一緒にいる。

この三人は本当に仲がいいらしい。

「……やはり訊かれてしまったか……」

葵はふぅ……と溜め息を吐いた。

「何か、言いにくいような特別な理由があるのでしたら無理にとは……」

山南も気を使ったのだが、葵は山南の言葉を遮った。

「いや、特別な理由などはない。私は昔から『敬語』という物が苦手でな……上手く使えないのだ」

「そうなのですか」

山南が相づちを打ち、三人はただ黙って聞いている。

「しかし……しかしやはり局長や、副長くらいには敬語を使っていないと失礼にあたるような気がして……、あの酔っ払いや金魚の糞はどうでもいいのだが」

葵は手をモジモジとさせながら答えた。

酔っ払いと金魚の糞というのはもちろん芹沢と新見の事だ。

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………? どうした?」

誰も何も言わないのを疑問に思い葵は俯いていた顔を上げた。

見ると皆驚いた顔でコチラを見ている。

だがやはり誰も何も言おうとしない。

「いったいどうしたというんだ?」

一番近くに居た山南に聞いてみた。

しかし山南は

「いや……まぁ、うん……」

とまったく要領の得ない返事を返すだけだ。

「いったいなんなんだお前らは!!」

いつまでも黙っている四人に半ばイライラを覚える葵。

そんな葵に答えを出した者がやっと現れた。

「ひまわり〜……お前……切腹物だぞ!!」

永倉にガシッと肩を掴まれて怒鳴られた。

「は……? 何を言って……」

「だから……!」

更に口を開こうとした永倉を山南が制した。

「永倉君、いいんですよ。私にもあまり自覚ありませんし……」

「???」

二人が何を言ってるのか解らない。

「良かったねぇ……間違えたのが鬼の副長じゃなくて仏の副長の方で」

後ろで藤堂が呟いた。

「仏の……副長……?」

藤堂の言葉の意味を考える。

それは……つまり……え?

「向日さん、改めて自己紹介します。この壬生浪士組の副長、山南敬助です」

山南は苦笑しながら名乗った。

混乱する葵。

「え……だって……副長は土方さん……だろ?」

まだうまく頭の整理が出来ない。

そんな葵に原田が説明した。

「ここには副長は二人居るんだよ。局長が三人居るんだから副長が二人いてもおかしくないだろ? 鬼の副長と仏の副長……間違っても土方さん本人の前で鬼の副長とか言うんじゃないぞ」

という事はやはり鬼は土方の方なのか。

しかし言われてみれば至極もっともな話である。

葵の暮らしていた世界でだって組織という物の力関係はピラミッド型になっているのが一般的である。

局長が三人いるのに副長が一人では上の者も下の者もさぞかし大変だろう。

納得した所で葵は山南に謝罪した。

「すまん! あ……いや……すいません……」

気持ちが先走って出た言葉を訂正する。

そんな葵に山南は笑って答えた。

「ははは、いいですよ。さっきも言いましたが私もまだあまり自覚がないですし、向日さんが使いにくいというのなら無理に敬語を使う必要はありません。因みに私は敬語意外を使う事が出来ないのです。ですから気を使わないで下さいね」

「――本当に……すまない」

『気を使わないで下さいね』といいながら山南はしっかり気遣ってくれている。

歳が離れているとはいえ……自分はなんて子供なんだろう?

葵はガクッとうな垂れた。





「あの男副長やったんか……全然気付かんかったわ」

葵達の居る建物の屋根の上で一人の男が呟いた。

序章終了でございます。

また時間がある時に一章をUPします。

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