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序章 第一話 忘却

私は何故此処に来たのか……。

何故私だったのか……。

私は此処で何をすべきなのか……。

私を此処へと導いたのはいったいどういった力なのか……。

一つだけ解る事がある。

決して……立ち止まってはいけない。

立ち止まると、開ける運命すら……閉ざされてしまうだろうから……。









少女は降り積もる雪の中で目を覚ました。

中々頭が覚醒しない。

「……? この雪……冷たくないな……」

ボソッと呟いた少女の口の中に一粒の雪が入り込む。

「………………まずい」

少女はガバッと起き上がると雪を、いや雪と思ったソレをぺっと吐き出した。

よく見るとそれは雪よりも何倍も大きな粒だった。

一面に広がる……桜の花びら。

「……此処は……どこだ?」

少女は賢明に記憶を手繰り寄せようとした。

しかし頭の中に何か霧がかかっているようで、どうしても自分が何故此処にいるのかを思い出せない。

取りあえず自分の持ち物等を確かめる事にした。

まず着ている物は自分の通う高校の制服。

財布も携帯電話もちゃんとある。

傍には鞄もあった。

中身は「お弁当箱」「水筒」「筆記用具」「ノート・教科書」……の筈だ。

一応中身を確認する。

全部キチンとあった。

「衣服も乱れていない……」

どうやら何者かに襲われたわけではなさそうだ。

何故(なにゆえ)私はこんな所で寝ていたんだ?」

少女が拳を唇にあて、考え込んでいると不意に後ろから声をかけられた。

「ああ、よかった。目覚まされはったんやね」

振り返るとそこには正に『京美人』という言葉が似合いそうな上品で美しい女性が立っていた。

左目の斜め下にホクロがあり、美しい着物を着こなしている。

女性は少女の前に回り込むと少女と同じ位置に視線がくるようにこれまた上品にしゃがんだ。

「あ、あなたは?」

生まれて初めて見る『京美人』を前に少女は緊張してしまう。

そんな少女の様子を見てクスクスっと微笑む女性。

「そんな緊張せんでもよろし。私はただの通りすがりどす。それにしてもあんた……なんでこないな道の真ん中で寝てはったん? 何ぞあったん?」

「な……道の真ん中?」

言われて少女は周りを見渡した。

右には土手があり、左には大きな桜の木が延々と並んでいる。

そして自分は本当にその二つに挟まれた道の真ん中で寝ていたようだ。

「此処は……此処はどこなのだ? どうして私はこのような場所で……」

この様子には女性も驚いたようだ。

「あんた……もしかして記憶ないん? 自分の名前言える?」

女性の心からの心配そうな顔に少女はやや焦る。

「そ、それは大丈夫。私の名は葵、向日葵(むかひあおい)だ」

「葵はんやね。ウチは美代(みよ)いいますねん。それにしても向日葵はんやなんて……」

「あ、ああ……友人達はみんな『ひまわり』って呼んでいる」

言いながら葵は顔をほころばせた。

美代もパッと顔を輝かせる。

「やっぱりそうなん? いやぁええねぇ……。きっとお父はんとお母はんがヒマワリのようにお日様に向かって真っ直ぐ育つようにって願い込めて名前付けたんやろねぇ……」

しかし美代とは対象に葵は表情を曇らせた。

「どうだか……。お婆様はともかく、父も母も私を愛しているのかどうか怪しいものだ」

「え……?」

美代の戸惑いの声に葵はハッと気付く。

「す、すまない。会ったばかりのあなたにこんな話……というか、そもそも他人に話すような事ではないな。ホントにすまない。どうかしていた」

葵は慌てて立ち上がるとペコリと頭を下げた。

しかし美代は葵の肩に手をおくと

「気にせんでよろしいえ。人それぞれ事情があるやろうし」

と微笑んで葵を安心させた。

「……ありがとう」

葵の肩の力が抜ける。

その時が頃合いだと思ったのか、美代は話を本題に戻した。

「ほんで? なんで自分がこんな道のど真ん中で寝てたんか思い出した?」

「あ……いや、それがまったく……」

「なんぎやねぇ……。せめて最後の記憶がどんなんなんかも思い出されへん?」

美代の言葉を聞き、葵は再び唇に拳をあて考えた。

どうやらこれは彼女が考え事をするときの癖らしい。









「何故だ……何も思いだせん……」

暫く考えた後、葵は呟いた。

これは決して大袈裟な表現なのではなく、まさしくそうとしか言いようの無い状態であった。

日常の記憶や家族の名前などはいとも簡単に思い出せるというのに、今朝何を食べたのかという事さえ思い出せない。

いつ、誰と、どうやってこのような場所に来たのか……その手がかりすら彼女は思い出せないでいた。

「私は……これからいったいどうすれば良いのだろう……」

不安からか思わず洩れた台詞に美代は思わず言葉を発していた。

「葵ちゃん、料理は出来るん?」

「え? まぁ人並みには……」

祖母は優しい反面とても厳しい人だった。

葵は――あくまで祖母の認識でだが――女性として出来なければいけない事をキッチリ叩き込まれた。

今思えば、物心つく前から教え込まれていたような気がする。

「そやったら多分大丈夫やわ。今からウチと一緒にある所に行かへん? うまくすれば寝る所も食べる物も困らへんようになるよ」

「ある所……とは?」

「まぁ簡単に言うたら……ウチの惚れたおヒトがおる所やなぁ」

「ふむ……??」

葵の困惑顔とは逆に美代は顔を赤くし、キャッキャッと一人はしゃいでいた。









「なんだ……此処は……?!」

葵は目の前の風景をすぐには受け入れられなかった。

美代についていき桜並木を過ぎた所に広がっていたもの、それは……

「江戸時代……?!」

目に入る家屋は全て木造。

車も自転車も走っていなければ線路も電柱もない。

人々の格好も和服ばかりだ。

「どないしたん? さっきからキョロキョロして。京に来るのは初めてなん?」

「キョウ……? キョウと言うのか……此処は……」

美代の質問に対しても無意識の内に答えるものの、理解はしていなかった。

「葵ちゃんは何処から来はったん? 言葉遣いは東国みたいやけど……」

「私は……東京で生まれ育って……」

「とうきょう? とうきょうってどこ??」

「何処って……」

美代のこの言葉には流石に返す言葉を失った。

東京を知らない?

いくらなんでも日本の首都を知らないなんて、そんな事ありえないだろう……。

しかし彼女がふざけているとは到底思えない。

そして自分の目を疑いたくなるようなこの風景……。

「私は……異世界にでも迷いこんでしまったのだろうか……?」

「ちょっと葵ちゃん大丈夫?! 顔がエライ青うなっとるで!」

美代は今にも崩れ出してしまいそうな葵の体を支えた。

「私は……私は……私はどうしたらいい……?」

「葵ちゃん……」

葵の身体はカタカタと震えていた。















「少しは落ち着いた?」

「……すまない……」

美代に半ば強引に連れられて訪れた店で出されたお茶を見つめながら、葵は返事をした。

先ほど一気に飲み干しコレは二杯目だ。

「謝らんでええよ。よう解らんけど、知らん内に知らん土地に来てしもたんやもん。不安になって当たり前やで」

美代はニッコリと微笑んだ。

葵は美代の微笑みにはどこか鎮静作用があるようだ……と思った。

彼女と話していると、彼女の微笑みと声で不思議と心が落ち着いてくる。

おかげで葵も先ほどよりも冷静に事態を受け入れる事が出来た。

「考えてみれば私もおかしかったのだ。知らない場所に来たのなら真っ先に地名を聞き、家に帰ろうとする筈。しかし私はそうしようと思わなかった。それは何故か? 私が心のどこかで家に帰れないという事を知っていたからに他ならない。無意識の内に『家に帰る』という選択肢を削除していたのだろう」

「………………」

葵は早口で喋り続けた。

美代は黙って葵の話を聞いている。

「恐らく私の失った記憶の中に、この不可解な現象を説明する何らかがあったのだろう。どうして記憶が無いのか皆目見当がつかないが記憶が戻らぬかぎり家には帰れないと考えていいだろう……」

「………………」

「………………」

「………………」

しばしの沈黙の中、葵は二杯目のお茶を一気に飲み干し、美代は何かを考え出した。

しかし数秒もたたない内に美代は音をあげた。

「ん〜……。葵ちゃんの言う事をなんとか理解して助けてあげたいと思ったんやけど……堪忍な。ウチのオツムでは難しすぎるみたいやわ。何の解決方法も思いつく事が出来へん……」

「いや、その気持ちだけで充分だ。だいたいこんな事になった本人が何も解っていないのだ。さっき会ったばかりの他人にどうこう出来る事ではない」

すると美代は葵の両手をガシッと掴んだ。

「いや〜! そんな寂しい事言わんとって! 旅は道連れ、袖擦りあうも他生の縁って言うやないの! 葵ちゃんとウチはもうただの他人やあらしまへん! ウチも葵ちゃんの力になりたいんや」

葵も多少押され気味なものの、思わず

「ど、どうもありがとう……」

と呟いていた。

すると美代はニコッと笑うと

「ほんならやっぱりウチと一緒に行こか♪ 『ある所』へ」

と言った。

どうやら彼女はそのある所へ行くという話になると急にテンションが上がるらしい。

「先ほども言っていたが……そのある所とはいったい何処なのだ?」

「それは着いてからのお楽しみv 心配せんでも嫌やったら断ってくれてもいいし、危なくなったらウチが守ったるさかい」

「??? いったいどういう所なのだ???」

美代の中途半端に説明に先ほどよりも更に不安な気持ちを募らせた葵であった。

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