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笑いの勇者

作者: きりん

 道無き道を一台の馬車が進んでいた。

 三頭の馬が引く馬車の中には、二人の人間が緊張の面持ちで武具の点検をしている。

 御者席にも二人の人間がおり、強張った顔で手綱を握っている。一人は筋骨隆々の炭鉱労働者か何かと見紛いそうな色黒の肌の男で、もう一人は色黒の肌の男ほどではないが、引き締まった肉体を持つ、甘いマスクの顔立ちが印象的な美男子だった。


「やっと此処まで来たんだな、俺たち」


 御者席に座る二人のうち、美男子が掠れた声で呟いた。

 色黒の肌の男がよくよく見ると、美男子の手綱を握る手が震えている。

 これから赴く場所を想像して恐怖しているのか、それとも奮い立つ心を抑えているのか。

 どちらもありそうだと色黒の肌の男は思った。

 色黒の肌の男は寡黙である。

 元よりあまり喋らない男だ。雑談に精を出すよりは、己の武器を磨くことに少しでも時間を使いたい、そう考える生真面目な男だった。

 先に中で武具の点検を済ませた二人が、御者席の後ろにある窓から顔を出して、御者席の二人の会話に加わってくる。

 中にいた二人は、そのどちらも妙齢の女性だった。


「皆で故郷の村を出てからを思えば、確かに長かったわね。長い旅だった」


 一人は黒いローブと三角帽子を被った魔法使い。背が低く、ちんまりとした子どものような印象を見る者に与えるが、その口調と彼女の目には、知識に裏打ちされた深い教養の輝きがある。

 彼女は魔法使いだった。宝石で彩られた杖を携えており、その杖を握る手は、背格好そのものと同じように小さい。あるいは本当に子どもなのかもしれない。

 真実彼女は、四人の中では一番の年下だ。


「その苦難の旅ももう少しで終わりです。あと少しで、世界中に平和をもたらすことができる」


 もう一人は白いローブに身を包んだ金髪のたおやかな女性。己が帰依する宗教のシンボルである聖印を首に下げ、メイスを携える神官戦士である。

 まるで絵画からそのまま出てきたかのような美しい顔立ちで、優美なデザインの鎧を身につけている。

 ゆるやかな金髪の巻き毛と、神に仕える者故に培われた洗練された動作が、他の三人と同じく平民出身でしかない彼女を、まるで高貴な女性であるかのように見せている。

 魔法使いの少女が、その小さな身体を生かし、御者席に座る二人の間に飛び込んでくる。


「御者を変わるわ。あなたたちも早く武具の点検を済ませちゃいなさいよ」


 寡黙な色黒の肌の男は無言で頷いたが、美男子は悩む素振りを見せた。


「外に出て大丈夫か? お前、身体が弱かっただろう。結構寒いぞ」


 美男子に気遣われた魔法使いの少女は鼻を鳴らした。


「そんなの旅に出た時点でいまさらでしょう。それに、私も少しは丈夫になったのよ」


 マイペースに馬車の中に引っ込もうとしていた色黒の男が、ぴたりと動きを止めた。

 その後ろで、美男子の男と魔法使いの少女はやり取りを続けている。


「……前にそんなこと言って無理をして、倒れてなかったか?」


「あれはちょっと自分の限界を見誤っただけよ。回復してからはそんなことはなかったでしょ」


「本当に心配したんだぞ。皆も心配してる。まだ子どもなんだから、もうちょっと自分の身体を気遣ってだな」


 くどくどと説教を始めそうになった美男子の男を、魔法使いの少女は嫌そうな顔で遮った。


「もう。子ども扱いしないでって言ったでしょ。私の身体のことは私が一番よく分かってるんだから、心配しなくても大丈夫よ。無理はしないわ。ウィンディもこの分からず屋に何か言ってよ。有り難いのは分かってるけど、こう何回も同じことを聞かされると嫌になっちゃう」


 顔をへの字にひん曲げる魔法使いの少女を微笑ましそうに見ながら、口元を緩めて話に耳を傾けていた神官戦士の女性が、少女の要請を受けて口を挟んだ。


「ライズが心配しなくても、あなたが思っている以上にシーラは成長していますから大丈夫ですよ。ディルクもそう思うでしょ?」


 今度こそ中に引っ込もうとしていた色黒の肌の男は、自分の名前を呼ばれてまた動きを止める。

 振り向いたディルクは、無愛想なまま頬をかいた。

 別に不機嫌なわけではなく、ディルクはいつもこんな表情なので、これが平常である。


「甘やかしても子どもは成長しない。ライズは少しシーラを構いすぎだ」


「……ディルクまで子ども扱いするんだから。男どもには本当に嫌になるわ」


 ため息をついて、シーラが苦々しそうに舌打ちした。苛立つシーラを、彼女にウィンディと呼ばれた神官戦士の女性が宥める。


「お二人とも、シーラのことをそれだけ大切に思ってらっしゃるのですよ」


「それは分かってるけどさぁ。過保護過ぎると思わない? そもそも身体が弱くたって、魔法使いなんだから、倒れる原因は肉体疲労よりも精神疲労の方が多いのに」


 不満そうに頬を膨らませるシーラに対して、ライズはそういうところが子どもに見えるんだと言いそうになったが、ぐっと堪えた。

 言えば、シーラが怒り出すと思ったのである。


「俺は中に戻る。武器の点検をしなくては」


 形勢不利を悟ったディルクはいそいそと一足先に馬車の中へ戻っていった。


「あいつ、逃げやがったな」


 背後を睨むライズの太ももをシーラが抓り上げた。


「点検しなきゃいけないのはあんたも一緒でしょ。ここは私とウィンディに任せて、あんたもさっさと終わらせてきなさいよ」


「いたたたた。分かったから止めろって」


 小さく悲鳴を上げたライズは、半ば押し込まれるような形で中に引っ込む。

 ウィンディと二人きりになったシーラはぶんむくれた。

 本人は大人ぶっているが、実際の態度には充分に子どもっぽさが残っている。

 それがまた男たちに子どもらしさを感じさせて子ども扱いをさせる原因になっているのだが、シーラにその自覚はない。


「ったくもう。これから魔王城に乗り込まなきゃならないってのに、暢気なんだから」


「ライズもディルクも、本当は怖いのを我慢してるんですよ。シーラだってそうでしょう?」


 己の膝に視線を注がれているのに気付き、シーラは気まずげな表情で両膝を押さえた。

 態度では強がっていても、ウィンディの指摘通り、シーラの膝は彼女の感情を素直に表現していたのである。


「仕方ないじゃない。怖い物は怖いんだもの」


「そうですね。怖い物は怖い。それが人間ですわ」


「ウィンディはいいわよね。聖歌(ホーリーソング)あるから、恐怖なんてへっちゃらでしょ?」


 子どもらしからぬ皮肉げな微笑みを浮かべたシーラに、ウィンディは首を横に振った。


「とんでもありません。確かに聖歌を歌えば心は奮い立ちますが、恐怖そのものを消すことはできませんもの」


「そうなの?」


 シーラは意外に思った。

 魔王城へと続く山脈を守るドラゴンを相手にして、主力だった騎士団がブレスの一発で壊滅した時も、立ち寄った街の住民が魔王の手先の暗躍によって丸ごと化け物に変えられていた時も、ウィンディは聖歌を口ずさみながら自ら前に出て奮戦し、折れかけたシーラたちの心を何度も奮い立たせてきたのだから。


「私、ウィンディは私たちと違って恐怖なんて感じないんだと思ってたわ」


「それこそ買い被りというものです。わたくしの本分はあくまで癒し手。恐怖に打ち勝つことができたのは、信頼できる仲間がいるからですもの。わたくしが立ち上がれたのは、そうすれば皆も立ち上がってくれると信じていたからですわ」


 背中にむず痒さを感じて、シーラを身を捩った。

 長い間一緒に旅を続けてきたけれど、そこまで思われていたなんて、シーラは全然気がつかなかった。

 話を聞いているシーラの方が恥ずかしくなってしまう。


「そこまで信頼されてたなんて、ちょっと照れちゃうな」


 口元を緩ませて、ぽりぽりとシーラは己の頬をかく。

 そこへ、馬車の中からライズの大笑いと、ディルクのくぐもった笑い声が聞こえてきた。


「何の話してるのよ、あいつ等」


 目を丸くしたシーラが、首を巡らせて背後を振り返る。

 ウィンディも手綱を捌いて前方に注意を向けながら、背後の声に耳を傾けた。


「ちょっと! だらだらしゃべくってんじゃないわよ。点検は済んだの?」


「いやそれがさ、聞いてくれよ。ディルクと今魔王が死に際にしてくることについて予想し合ってたんだけどさ。呪いをかけてくるんじゃないかって話になったんだけど、その予想が思ったよりも面白くて」


 どうやらライズもディルクも完全に点検から意識が逸れているようで、今までシーラとウィンディが待っていた時間は全くの無駄だったようである。


「……この能天気ども。話すのはいいけど、ちゃんと点検はやりなさいよ。それで?」


 怒鳴りつけてやりたかったが、ウィンディとの話からこれも恐怖を抑えるための反動かもしれないと思ったシーラは、苛立つ気持ちを抑えて続きを促した。


「いやあ、最初のうちはオーソドックスに死の呪いとか石化の呪いとか真っ当に考えてたんだけどさ、ディルクが『もしかしたら、魔王の奴は俺たちには考え付かない嫌な呪いをかけてくるかもしれない』とか言い出してから話がおかしくなって」


 シーラに無言で睨まれ、ディルクは気まずげにライズに文句を言った。


「……お前も終始ノリノリだっただろう。人のせいにするな」


 馬車の手綱を握って行き先を見ていたウィンディが、くすくすと笑いながら面白がって、前を向いたままちらりと背後に視線だけ向けて、会話に加わってきた。


「でも意外と有用かもしれませんね。死の間際にかけてくる呪いといえば相場が決まっていますけれど、定番の呪いならわたくしが全て解呪できますもの。魔王もそれを予想して、わたくしが解けないような、とてもマイナーな呪いをかけてくるかもしれませんわ」


「もう。ウィンディまで」


「そうカリカリすんなよ。シーラなら魔王はどんな呪いをかけてくると思うんだ?」


 不満を顔に出していたシーラは、ライズに宥められて憮然としながらも、仕方ない付き合ってやるかと仏心を出して考え始める。


「私は身体が弱いし、運動を強制されるような呪いが一番嫌だわ。うん。ある意味では死や石化の呪いよりも嫌かも」


「確かにな。俺たちの中で身体鍛えてないのってシーラだけだもんなぁ」


「……シーラはもう少し体力をつけた方がいい。そうすれば今より病気にもなりにくくなるはずだ」


「うっさいわね。私はインドア派だからいいの!」


 しゃーっ! と猫のようにライズとディルクに威嚇するシーラをウィンディが宥める。


「まあまあ落ち着いて。ライズは面白くないから、笑いを取らなきゃいけなくなるような呪いが厄介ですわね」


 ウィンディに話を振られたライズは、大げさに心外だというように肩を竦め、両手を掲げた。

 穏やかな口調だが、地味に酷いことを言っている。


「おいおい、俺みたいにイケメンでありながら笑いを取れる男はそういないぞ」


「……うわ、自分でイケメンだとか言っちゃう? キモい」


 ぼそっと呟いたシーラの一言にライズのガラスハートが震えるが、ライズは辛うじて上がっているテンションを保った。

 勇者は決してこんなことで泣いてはいけないのである。

 ライズがやらかしそうな嫌な予感がしたディルクは控えめにライズを制止するが、ライズは気付かない。


「なら一つ、俺が笑いを取れる男だって証拠を見せてやろう! 『この揚げたパンはどんなパンですか?』『フライパンです』どうだ、面白いだろう!」


 その瞬間、馬車の中の空気が凍った。

 嫌な予感が現実になり、止められなかった己の不甲斐なさにディルクが悄然とする。


「笑うどころか、寒くなったんだけど」


 つまらないダジャレを聞かされて氷点下のように感情が冷え切ったシーラは表情も冷め切って、これから屠殺する家畜を見るような目でライズを見た。


「確かに、別の意味では笑いが出てきますけど……」


 さすがのウィンディもフォローできないらしく、笑顔が引き攣っている。


「あれ、もしかして、面白くないのか……?」


 渾身のギャグが滑ったことにようやく気付いたライズが、恐る恐るシーラとウィンディに尋ねた。


「全く笑えないどころか、木枯らしが吹くわよ」


「さすがに、擁護できませんわね……」


 女性陣二人の評価は辛らつだった。


「これで私とライズの嫌な呪いは決まりね。後はディルクとウィンディかぁ。何がいいかしら」


 どうやら興が乗ったらしく、シーラは獲物を前にした猫のような目で、ディルクとウィンディに対して順繰りに目を向ける。

 巻き込まれたくなかったディルクは、ぼそぼそとシーラに言った。


「俺はいい」


 普段はゆっくり喋るディルクだが、この時ばかりは妙に早口だった。よっぽど嫌だったらしい。

 だが、嫌だと言われてはいそうですかで済ませるほど、シーラは素直な性格をしていない。

 むしろ、こういう時こそシーラは調子に乗る。


「というわけで、まずは空気を読まないディルクからに決定ね!」


「……話を聞いてくれ」


 遠慮がちに苦情を申し立てるディルクの肩を、ライズが叩いた。

 振り返るディルクに向けて、ライズは首を横に振る。


「諦めろ」


 ディルクががっくりと肩を落とした。せめてもの抵抗か、シーラに懇願する。


「手柔らかに頼む」


 シーラは腰に手を当て、指を左右に振りながら言った。ノリノリである。


「じゃあ、ディルクはあんまり酷いのにするのも可愛そうだからぁ、語尾に何か特徴的な言葉をつけないと吐血して寿命が一年縮んじゃう、なんてのはどう!?」


 ライズ、ウィンディは固唾を呑んでディルクの反応をうかがう。


「……それならいい。喋らなければ、それで済む」


「いいのかよ!」


 思わずといった調子でライズが突っ込みを入れた。きっちり裏拳で突っ込んでいるあたり、プロ並の反応である。評価は散々落とされているが、笑わせるための努力はしているようだ。

 ウィンディがシーラに尋ねた。


「でも、どんな語尾になるかが問題ですわ。 ……にゃん、とかだったら、わたくし笑いすぎて死んでしまうかもしれません」


 深刻そうな顔で話すウィンディの顔は憂いに満ちているが、相変わらず内容は酷いことを言っている。


「にゃん!? あのディルクが!? ブッ! ちょ、それあり得ない! 超受けるんだけど! ねえ、試しにちょっとやってみてよ!」


 シーラに話を振られたディルクは、嫌なことでも頼まれると断れないお人よしであった。

 厳つい顔だが、顔に似合わず純朴で善人なのだ。


「絶対に嫌だ、……にゃん」


 ぶほばっ! と形容しがたい音を立て、噴出したシーラの腹筋が崩壊した。


「ちょっ、まっ、反則! それ反則だから!」


 笑い転げるシーラは笑いながら苦しそうにしている。そのうちゼーゼーいいながら痙攣し始めた。虚弱体質の面目躍如である。

 慌てたウィンディがシーラを介抱し始める。


「確かに、普段喋らない分インパクトはあるな。ディルクには悪いが」


 喋るどころではなくなったシーラの代わりに、ライズが感想を述べる。

 無言でいじけ出すディルクを放っておいて、ライズはウィンディに話を振った。


「最後はウィンディだな。……でも、ウィンディの嫌なことって何だ?」


「別にありませんわよ。人道にもとるようなことを強制されるような呪いは嫌ですが、人を害しなければいけなくなるような呪いはわたくし解くことができますから」


 ウィンディは澄ました顔をしている。

 元に戻ったシーラがニヤニヤ笑いながら口を挟む。


「私、ウィンディの弱点知ってるわよ。ウィンディって、こう見えても初心なのよね。そのせいで、この年齢にもなってまだしょ」


 シーラが言い切る前に、ウィンディが慌ててシーラの口を塞いだ。

 いつも落ち着いているウィンディの顔が、珍しく真っ赤になっている。


「駄目です! それ以上言わないで! 二人だけの秘密にするって約束したでしょう!」


 口どころか鼻まで塞いでいるので、窒息しそうになっているシーラが必死にウィンディの手を叩いているが、気が動転したウィンディは気がついていない。

 見過ごせなくなったのか、蚊帳の外に逃げ出していたディルクが、ウィンディに注意を促す。


「……それくらいにしておけ。それ以上はシーラが死ぬ」


「ご、ごめんなさい! わたくしったら何てことを」


 慌てたウィンディが慌ててシーラの口から手を離す。

 ようやく開放されたシーラは、肩で息をしながら新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「危うく魔王と戦う前に師匠に会いに行くところだったわ。もう、気をつけてよね」


 そんなことを言うシーラにも、かなり自業自得の部分があるんじゃないかとディルクは思ったが、ディルクは何も言わなかった。沈黙は金なのである。


「でも、これでウィンディの呪いの方向性も大体決まったわ。ウィンディって真面目だし、身持ちも固そうだから、はしたない格好をしなきゃいけなくなる呪いとか嫌じゃない?」


 話を振られたウィンディは、顔を赤くしながらも律儀に考え込む。


「そうですね。確かに嫌かもしれません。何を強制されるかによって解呪の方法も細かく変わってきますから、容易に対策できるものでもありませんし」


「おわっ」


 突然に馬車の中にいたライズが声を上げたので、シーラとウィンディは中に注意を向けた。


「どうしました? 何かあったのですか?」


 ウィンディが声をかけると、ライズから返事が返ってくる。


「いや、何か荷物から虫が出てきて外に飛んでった。食料に紛れてたみたいだ」


 話を聞いたシーラがげぇっと乙女らしからぬ声を上げた。


「ちょっと、やめてよね。それ私たちも食べるんだから」


 どうやら虫が嫌いらしく、年相応に嫌がっている。


「……好き嫌いはするな。虫も毒が無い種なら食える。貴重な食料だぞ。村で飢饉があった時はお前も必死に虫を探して食ってただろうが」


 ディルクに諭されたシーラは、当時のことを思い出したのか顔を真っ青にした。


「嫌なこと思い出させないでよ! あの時は本当に何も食べ物が無かったから、背に腹は変えられなかったのよ。ああもう、思い出しただけで鳥肌が立ってきた!」


「見た目が見た目ですから、よほどのことが無い限り、食べたいとは思えませんものね」


 さすがにシーラと同意見なのか、ウィンディも苦笑いしている。

 不意にシーラが眦を吊り上げた。


「っていうか、あんたたち点検は終わったの?」


「……俺はもう済んだ」


 馬車の中からディルクはすぐに答えたが、ライズの返事がない。


「ラーイーズー?」


 米神に青筋を浮かべたシーラがライズの名前を呼ぶと、ライズの慌てた声が聞こえてくる。


「すまん、もうちょっと待ってくれ。すぐ済むから」


 ガチャガチャとしばらく音がし、ライズが言った。


「今終わった。シーラ、遅くなってごめんな」


 殊勝に謝られたシーラは、吃驚して言葉を濁す。


「え、わ、悪いと思ってるなら私は別にいいけど……」


 前方を見ていたウィンディが振り返り、声をかける。


「ほら、皆さん、魔王城が見えてきました。あともう少しで到着ですわよ」


 シーラが慌てて振り返り、馬車の中からライズとディルクも顔を出した。

 四人の前で、ついに魔王城がその威容を曝していた。

 決戦の時は近い。



■ □ ■



 魔王城の中は、不気味なほどに静まり返っていた。

 他に存在する音がないので、自分たちの武装が立てる金属音や布、皮の擦過音がうるさいくらいに響いている。

 前列を歩いている男二人のうち、ライズが口を開いた。


「てっきりモンスターがわんさか出てくるもんだと思ってたが、拍子抜けだな」


「……不意を打とうとしているのかもしれん。警戒を怠るな」


 口笛を吹こうとしたライズをディルクが嗜める。


「近くには邪悪な気配を感じませんね。城の奥にほとんどのモンスターが篭っているようです」


 後列を歩くウィンディも予想もしなかった事態に少々戸惑っている様子で、口調に困惑が滲み出ていた。


「まあ、出てこない分にはいいんじゃない? 魔王と戦う前の余計な消耗は避けるに越したことはないんだし」


 シーラは消極的過ぎる迎撃体制をそういうものだと割り切ったらしく、理由はどうあれ体力を温存できるのはいいことだとポジティブに捉えていた。


「にしても、消極的なのはいいけど、この悪趣味さは何とかならなかったのかしらね」


 柱に苦悶に歪む人間の顔が無数に彫刻されているのを見て、シーラは嫌そうに顔を背ける。

 そこかしこに立っている柱はどれも悪趣味さでは同じような彫刻だし、そもそも魔王城は城門からして悪趣味だった。

 門柱は首を切り落とされた女性の裸体を模して作られていて、門は人間の肋骨を思わせる概観をしていた。

 その門が左右に開く様はまるで人間の肋骨が真っ二つに切り開かれていくかのようで、それだけでシーラはうんざりしたほどだ。


「この城だけでも、魔王が倒すべき敵なのははっきりしてますわね。神を冒涜しています」


 彫刻を見つめるウィンディの表情は険しい。

 しばらく進んだ一行は、突き当たった扉を開けた。

 整然と本棚が並び立っているのを見て、ライズが落胆を滲ませた声を出す。


「ここは書庫だな。また外れか」


「魔王城の書庫……ちょっと見たいかも」


 そそくさとシーラが本棚に近付き、収められた本の背表紙を眺める。


「『黒魔術教本』『遺失呪文目録』『属性魔法大全』『上級死霊魔術』……すごい、稀少本ばかりだわ!」


 シーラの声がみるみるうちに弾んでいき、興奮を隠さなくなっていく。


「ちょっとウィンディ手伝って! 持てるだけ持ち帰りたい!」


「……おい、どんな呪いがかかってるか分からないんだから、迂闊に手に取らない方が」


 ディルクの忠告は当たり前のように無視された。

 何とも言えない顔で黙り込むディルクの傍を、ウィンディが苦笑しながら通っていく。

 ウィンディが呪いがかけられていないか精査した本を、シーラは片っ端から己の道具袋に放り込んでいく。

 中の空間が魔法で広げられているので、かさばる本でもスペースはたっぷりとあった。


「ん? ……何これ。嫌いな相手と仲良くなる方法? 変なハウトゥー本が混ざってる」


 本を手に取るシーラの横から本の題名を読み取ったライズが不思議そうな顔をする。


「誰がこんなものを読むんだ。一応置いてあるってことは需要があるんだよな」


 よく見ると、シーラが喜びそうな稀少本の他に、似たようなハウトゥー本がちらほら紛れている。


「『部下の上手な育て方』『平和への戦い』『失敗しない人間関係作り』……何よもう、全然魔法と関係ないじゃないの!」


 たまたま一箇所に固まっていたらしい本を、シーラは邪魔とばかりにぽいぽい放り捨てていく。

 シーラと一緒に本を調べるウィンディが困惑した声を出す。


「平和の必要性を説く本が、何だか多い気がしますわ……」


 戸惑った顔のウィンディに、ライズが眉を寄せて考え込む。


「魔王と平和って、一番結びつかない言葉じゃないか。どうしてこんな本が魔王城に……?」


「……別に、モンスターたちも人間関係に悩んだり、平和を楽しんだりするってだけじゃないのか?」


 遠慮がちなディルクの発言を聞いたシーラは、眦を吊り上げてディルクを睨む。


「ハァ? あんた何言ってんの?」


 ウィンディも呆れているようで、微笑みが苦笑いへと変わっている。


「ちょっとそれは、あり得ないと思いますわ。聖典にはそんな記述はありませんもの」


 普段は女性人に呆れられたり怒られたりしているライズすらも、今回ばかりは突っ込みに回っている。


「そもそもモンスターは人間じゃないだろ。しかも平和を壊すモンスターが平和を楽しむって何の冗談だ」


 特にライズの意見にはディルク自身も同感だったので、ディルクは何も言わずに黙り込む。

 その後も探索は続いたが、中々魔王が待つ玉座の間へと続く道は見つからない。

 歩き疲れたシーラが扉の前で立ち止まり、吼えた。


「どうしてこんなに入り組んでるのよ! 一本道にしなさいよ!」


 シーラに合わせて止まったウンディが、シーラに的確な突っ込みを入れる。


「さすがにそれはどうかと。防衛できませんわよ」


 扉を開けたライズが中を見て落胆する。


「また外れだ。ここは厨房だな。どうする。一応探索しておくか」


 皆を見回したライズの提案に、ディルクが賛同する。


「……隠し階段があるかもしれん」


 どこかピントのずれたディルクの発言に、半眼でシーラが突っ込む。


「厨房にそんなのがあるの? 仮にあったとしても、玉座の間に続いてる保障はあるの?」


「……」


 黙りこんだディルクとシーラの間で微妙な間が空き、シーラが叫ぶ。


「何かいいなさいよ!」


 漫才のようなやり取りをしている間に、探索を終えたウィンディとライズがシーラとディルクのもとへ戻ってくる。


「いたってごく普通の厨房でしたわ」


「やっぱり何もないな。隠し階段もない。人肉とか密かに無いか期待してたんだが、本当に何も無かった」


 憮然としているディルクを置いて、シーラは何事も無かったかのようにころっと態度を変えた。


「仕方ないわ。先に進みましょ」


 ディルクが頭を抱えた。



■ □ ■



 大扉には、でかでかと達筆で「平和主義」という言葉が刻まれていた。


「おい、これは何の冗談だ」


 さすがにお調子者なライズの声も固い。


「知らないわよ。っていうか、何、これ」


 意味不明な事態に遭遇して、シーラの機嫌が再び悪くなる。


「本当に魔王が平和主義だったら、そもそもわたくしたちはここにいないんですけど……」


 さすがに笑うしかなかったらしく、ウィンディが苦笑している。

 ただ一人何も言わないディルクは、何とも言えない表情で大扉を見つめていた。


「とにかく、開けるぞ」


 罠の類が仕掛けられていないのを確認して、ライズが大扉を押し開く。

 大小の髑髏で飾り立てられた、悪趣味な玉座の間がライズたちを出迎えた。

 入り口の床には赤い絨毯が敷かれ、それが真っ直ぐ中央の玉座へと続いている。

 広間を照らすシャンデリアも髑髏で出来ていて、窪んだ眼窩の奥で蝋燭の炎が燃えている。何らかの加工が施されているのか、熱で炙られても髑髏が燃える様子はない。

 そして玉座には魔王が腰掛けていた。

 太く禍々しい角を二つ、側頭部から生やし、ぬめりと黒く輝く太い尻尾が生えている。


「人間どもよ! よくぞこの余の前まで来た! 本来なら生かして返さぬところだが、余に従うならば、命だけは助けてやろう!」


 朗々と玉座の間に響き渡る声で、魔王が言い放った。

 もちろん、四人とも魔王の申し出を飲むはずがなく、魔王の提案はあっさりと一蹴された。


「冗談。ここまで来たら、やることは決着をつけること以外にはないだろ」


「……志半ばで倒れた戦友たちの無念、今こそ晴らす時」


「覚悟しなさい。ぎったんぎったんのめったんめったんにしてやるんだから」


「神の名の下に。あなたを滅します」


 魔王にしてみても拒否されるのは織り込み済みだったようで、やや芝居がかった口調で言い放つ。


「ならば仕方ない! 余の温情を無視した報い……お前たちの命で購ってもらおう! 覚悟するがいい、ここがお前たちの墓場となるのだ!」


 最後の決戦の火蓋が切って落とされた。



■ □ ■



 ライズの剣が魔王の胸板を刺し貫く。


「ば、馬鹿な……。余の一番の見せ場が全て省略されるとは。む、無念……」


 ごぶり、血を吐いた魔王が憎憎しげにライズ、ディルク、シーラ、ウィンディを睨みつける。


「だが、ただでは死なぬ。魔王の呪いを受け取るがいい。貴様らは未来永劫、死ぬまで苦しみ続けることになるのだ……!」


 呪詛を吐く魔王にライズがとどめを刺した。

 剣を引き抜いたライズは、剣についた血を払って鞘に納める。


「これで、世界が平和になるな」


「仇は、討ったぞ、戦友……」


「流石に魔王を倒すと感慨深いものがあるわねー」


「浄化完了……」


 思い思いの方法で戦闘後の高ぶった気を静めた四人は、魔王城を出て馬車へと戻る。

 馬を馬車につなぎ直して帰る準備をしながら、四人はお互いの健闘を称え、祝福し合う。


「帰ったら凱旋だな。盛大に歓迎されそうだ」


 ライズは苦笑しているが、どちらかというと盛大に歓待されるのを期待しているかのような様子だった。

 まあ、無理もない。魔王を倒したのだから、多少天狗になっても許されるだろう。


「一息ついたら、息子の顔でも見に行くか」


 ディルクが控えめな独り言で爆弾発言をかました。


「……お前、結婚してたのか」


 愕然とした顔のライズに、ディルクが無言で頷く。


「よく考えたら、結婚して子供もいるって考えるのが普通の歳なのよね、ディルクって」


 馬車の椅子に腰掛け、足を組んだシーラが神妙な顔をした。


「……知りませんでした」


 何故かウィンディがショックを受けている。

 馬車の点検を終えたライズが号令を出した。


「よし、出発するぞ。シーラとウィンディは先に中で休んでくれ。最初は俺たちで御者するから」


「了解した」


 頷いたディルクが御者席に上がる。


「ちょっと早いけどひと眠りしよっかなー。魔王との戦いは激戦だったし、それまでも強行軍だったから疲れちゃった」


 背伸びをしたシーラが、少しふらつきながら馬車の中に入っていく。


「わたくしも少し睡眠を取らせていただきますわ。精神力を消耗し過ぎました」


 シーラに続いてウィンディも馬車の中に入った。

 女性二人が馬車に乗ったを確認し、最後にライズがディルクの反対側から御者席に上がる。

 馬車が動き出した。



■ □ ■



 しばらくすると、馬車の中からがさごそと音が聞こえてきて、ライズは背後に意識を向けた。

 どうやら寝入っていたシーラとウィンディが起きたようだ。

 予想通り、御者席の後ろの窓を開けて、シーラが顔を出す。


「ふぁぁ、よく寝た。ねえ、今どの辺り?」


 寝ぼけ眼のシーラに、ライズはディルクと相談して決めた予定を教えた。


「もうすぐ魔王城に行く前に補給に寄った村に着く。今日はそこに止まろう。城に魔王討伐の連絡をする必要があるし」


 予定を聞いたシーラは緩やかに流れる景色を眺める。


「全然モンスターが出ないと魔王を倒したって実感するわね。平和っていいわー」


「これで、破壊された村や街も復興することでしょう。わたくしも教会に籍を置く者として、とても喜ばしいですわ」


 遅れてウィンディもライズとディルクに顔を見せる。遅れたのは身だしなみを整えていたかららしく、寝癖が爆発しているシーラとは違い、髪が綺麗に整えられていた。


「ところで、死に際に魔王が口にした呪いって、いったい何だったのかしら」


 あらぶる鷹のポーズを取りながらシーラが言った。


「……お前は何をやっているんだ」


 いきなり奇行を取り始めたシーラを、唖然としたディルクが見つめる。


「まさかそれが呪いだったりしてなははは」


 ライズは笑っているが、本人としては全くシャレになっていない。


「ちょ、止まらないんだけど、何これ!」


 ポーズを取るのは一瞬のようで、シーラはあらぶる鷹のポーズを取っては止める、取っては止めるを繰り返していた。


「何これ、ちょっ、助けて!」


 健常な人間にはたいしたことのない動きでも、病弱なシーラにはきついようで、やがてぜえぜえ言い始める。


「おい、落ち着け……ごはぁ!」


「ギャー! ディルクが吐血したー!?」


 シーラの奇行を止めようして振り向いたディルクが突然血を吐き、真正面から血を浴びたシーラが絶叫してあらぶる鷹のポーズを取る。

 カオスだった。


「もしかして本当に魔王の呪いなのか!? ウィンディ、解除してくれ!」


「お二人とも落ち着いて気を静めてください! まずはシーラから診ます!」


 ライズに声をかけられたウィンディが、慌てて解呪の準備をする。


「早くして、倒れる! もう動きたくないのに身体が勝手に動くのよー!」


「いったいどうしてこんなことに……ごふぅ!」


 御者席では顔を青くしたディルクが呟いては血を吐いている。


「お前はもういいから喋るな!」


 青ざめているディルクの口をライズは片手で押さえた。

 続いてウィンディがディルクを診て、結論を出す。


「まだ断言はできませんが、おそらく、シーラにかけられている呪いは『行動強制の呪い』、ディルクにかけられている呪いは『病巣の呪い』でしょう。幸いこの二つについては解呪の呪文を覚えていますので、すぐに解呪しますわ」


 ウィンディは解呪の呪文を唱えた。

 しかし呪文は発動しなかった。


「ど、どうしてですの!?」


 思いも寄らぬ事態に、ウィンディの顔色が真っ青になる。


「ま、まさかお前も呪いに……? 他の魔法が使えるか、試した方がいいんじゃないか」


「そ、そうですわね。では、癒しの祈りを……」


 ウィンディは己の神に祈りを捧げた。

 しかし祈りは届かなかった。


「な、何故ですのー!?」


「の、呪いよ。きっと私たち全員に、魔王が呪いをかけたんだわ。死に際に言ってたじゃない」


 パニックから脱したシーラがあらぶる鷹のポーズを取りながら言った。

 真剣な表情でシリアスにポーズを取っているので、違和感が凄い。

 うっかり直視してしまったライズが噴出した。


「笑うな! 私だってしたくてしてるわけじゃないのよー!」


 ライズに文句を言ったシーラが続けてもう一度あらぶる鷹のポーズを取る。


「ああ!? また止まらなくなっちゃった! 助けてウィンディ!」


「シーラ、落ち着いてください! さっきは治まっていたではないですか! 口を閉じて、気を静めるのですわ!」


 パニックになりかけたシーラをウィンディが宥めた。

 何とか平静に戻ったシーラが黙り込むと同時に、ポーズを取ることもなくなった。


「どうやら、シーラにかけられた呪いは、シーラが喋ると発動するみたいだな」


 ポーズを取る時と取らない時の違いを比べたライズは、己の仮定を述べる。

 続いてディルクを診たウィンディがライズに言った。


「見た限り、ディルクも呪いのトリガーになっているのは声を出すことのようですわ。ただ吐血しているわけでなく、吐血という行為を媒介に、呪いによって生命力を削られているようです」


「何だって。っつーことは」


「ええ。最悪、死に至ります」


 厳かに告げたウィンディの言葉を聞いたライズは、かっと目を見開くとディルクの方を向いた。


「お前、しばらく喋るの禁止な!」


「……」


 ディルクは何も言わないが、沈黙は雄弁にディルクの不満を語っている。


「どうやら、わたくし自身も呪いによって神との繋がりを絶たれてしまったようです。今のわたくしには、神聖魔法は使えません」


 ライズが慌ててウィンディに尋ねた。


「何だって! じゃあずっと皆このままなのか!」


「いいえ、旅立ちの際に大司教様にいただいた解除薬が一つだけ残っています。これでわたくしの呪いを解いて、お二方の呪いを解きましょう。念のため、ライズのことも調べておきたいです。わたくしたち三人に呪いがかかっているのに、ライズにだけかかっていないとは思えませんわ」


「そうか。そうだな、頼む」


 ウィンディはライズの身体を診察し、やがて神妙な面持ちで言った。


「やはり、ライズにも呪いがかかっていますね。しかも、一番たちの悪い」


 他の三人の時点で相当たちが悪いのに、それ以上っていったいどんなんだとライズが戦慄する。


「ど、どんな呪いなんだ……!?」


「条件付の『死の呪い』ですわ。わたくしたち全員がそうですが、条件付の呪いというのは厄介で、もともとの呪いのカテゴリーから逸脱してしまうことが多いのです」


「つ、つまり……?」


 思わず唾を飲み込んだライズが、ウィンディに続きを促した。


「最悪の場合、わたくしの魔法どころか大司教さまのお薬も効かない可能性がある、ということですわ」


 黙りこんだライズは、やがてしっかりとした口調でウィンディに言った。


「それでも、ディルクとシーラの呪いは解けるんだな? ならやってくれ。俺はお前の魔法が効かなかったら別の方法を探すから」


 ウィンディは沈鬱な表情でライズを見る。


「……いいのですか?」


「ああ。自分より皆の方が大切だよ」


 一瞬息を呑んだウィンディは、泣きそうになるのを堪えて笑顔を作った。


「あなたは勇者の鑑ですわ。ですがもう少し、自らのことも労わってくださいませ」


 懐から薬を取り出したウィンディが、薬を口に含む。


「これでわたくしの呪いは解けたはずです」


 振り向いてシーラに歩み寄ったウィンディは、シーラに向けて手を翳し、神聖魔法を詠唱する。


「そしてこれで、シーラの呪いも解けたはずです」


 シーラは飛び上がって喜び、あらぶる鷹のポーズをしゃきーん! と取りながら早口でまくし立てた。


「よっしゃーこれで元通りね! いちいち喋るたびにあんな変なポーズを取らされる必要はもう無くなるのね!」


 己の行動に気付いてない様子のシーラを痛ましそうに見ながら、ライズはウィンディに言った。


「……おいウィンディ。戻ってないぞ。というか、神聖魔法が発動してる様子すらないんだが」


「お、おかしいですわ。大司教さまからいただいた薬なら、ほとんどの呪いは確実に解除できるはずですのに」


 動揺するウィンディの額には汗が浮いている。


「って、全然治ってないじゃないのよーっ!」


 遅れて気付いたシーラがまたあらぶる鷹のポーズを取りながら叫んだ。


「もう嫌これー!」


 無理やり何回も同じポーズを取らされるシーラは泣き言を漏らした。

 今まで黙っていたディルクが我慢できなくなったのか、シーラを嗜めようとして血を吐いた。


「落ち着け、シーラ……ぐふぅっ!」


「きゃああ、ディルクが血を吐いて倒れたー!?」


 慌てるシーラだが、呪いのせいでディルクに視線すら向けることが出来ず、あらぶる鷹のポーズを取り続けている。

 焦ったライズはウィンディの肩に手をかけ、揺すった。


「な、何とかならないのか、ウィンディ! このままじゃシーラはともかくディルクがやばい!」


 がくがく身体を揺すぶられたウィンディは顔面蒼白で言った。


「もう一度全員の呪いを詳しく調べてみます。先ほどは種類を調べただけですから、何か新しいことが分かるかもしれません」


「た、頼むぞ」


 まずは手近なシーラから調べ始めるウィンディを、ライズは祈る気持ちで見つめた。



■ □ ■



 全員の呪いについて調べ終わったウィンディは、最後に自分の呪いを調べた。

 すると、もともと他人の呪いを調べている段階から青白かったウィンディの顔から、さらに血の気が引く。

 そして、ウィンディの顔にみるみるうちに朱が上っていた。

 唇がわななき、視線は定まらずあちこちを彷徨っている。


「ど、どうしたんだ……?」


 傍から見ているしかないライズは不安に満ちた視線をウィンディに送る。

 ライズの問いかけが後押しになったのか、ウィンディはまだ若干顔を赤くしながらも、ライズたち三人に向き直る。

 つい呪いを忘れて声を出しそうになるシーラを制し、ライズがウィンディに尋ねた。


「何か分かったのか?」


「ええ。呪いについては、今度こそ全て調べ終えました。どうやらわたくしは、大きな勘違いをしていたようです」


「か、勘違いって、どんなだ?」


 深刻なウィンディの表情に不安になって、勢い込んだライズに対し、ウィンディは沈鬱な目を向けた。


「呪いの種類です。正確には、ディルクには語尾に『にゃん』と付けなければ寿命が一年削られる呪いが、シーラにはあらぶる鷹のポーズを取らなければ声を出せなくなる呪いが、ライズには一ヶ月毎に百回笑いを取らないと死んでしまう呪いがそれぞれかかっております」


「……は?」


 たっぷり間を置いて、目を点にしたシーラが声を漏らし、あらぶる鷹のポーズを取った。


「そ、そしてわたくしには、全裸に葉っぱで乳首と女性器のみを隠した状態でなければ、魔法が一切使えなくなる呪いがかかっておりました……!」


「……何だそれ?」


 唖然として聞き返すライズの目の前で、ウィンディが泣き崩れる。


「しかも、これらの呪いはただでさえ強大な魔王が、死に際にかけたせいでとても強力な呪いになってしまい、今となってはわたくしですら解くことは困難です……!」


 黙っていたディルクも我慢できなくなったか、思わず口を挟み、反射的に語尾を付け足した。


「そんなことあるはずがない……にゃん」


 自分の行いを後悔したディルクは即座に地面に手をついて項垂れたが、吐血することはなかった。

 気まずい空気が場を包む。


「えーと……マジ?」


 呆然とした表情でシーラが呟く。

 きっちりと身体はあらぶる鷹のポーズを取っているが、よく見ると腕が震えていた。


「本当ですわ。わたくし自身、嘘であればどんなに良かったか」


 暗い顔と声でウィンディが答える。


「となると、俺は毎日百回笑いを取らないと問答無用で死ぬってことか……?」


 さすがに即座には信じられない様子のライズが、震える声で呟く。


「残念ながら」


 重々しい声と態度で、ウィンディが趣向した。


「ま、まあ笑いを取ればいいんだろ? この勇者ライズに不可能はないぜ!」


 空元気でライズが自身満々に胸を張る。


「なら、試しに何かやってみれば?」


 シーラの言葉に対してにやりと自信満々に笑い、ライズは面々を見回して取っておきだとばかりに胸を張る。


「藁を笑う奴は藁に泣く! どうだ面白いだろう!」


「全然面白くない。っていうか意味わかんないし」


 運動しすぎで若干顔色を悪くしながら、シーラはあらぶる鷹のポーズを取った。無理やりポーズを取らされるシーラの目は達観し始めている。


「残念ですが、ライズにはその類の才能は授けられなかったようですわね」


 ウィンディが深いため息をついている。


「な、何故だ! 俺の渾身のギャグだぞ! 遠慮なく笑っていいんだぞ!」


 ドン引きしている女性二人に必死に詰め寄るライズをディルクが止めた。

 ディルクはそのままライズに対し、ゆっくりと首を横に振る。

 止めろと言いたいらしい。


「無理はするな……にゃん」


 語尾を付け足すディルクの目は死んでいる。

 真正面からディルクの表情を見たライズは、そっと目を逸らす。


「何というか、その、ごめん」


「気にするな……にゃん」


 目に光るものを滲ませ、ディルクは皆から背を向ける。

 岩山のようにごつごつとしたディルクの背中がたそがれていた。

 落ち込んでいるディルクから目を逸らし、ライズはウィンディを見て質問する。


「皆にかけられた呪いについて、解く方法はないのか?」


「わたくし自身の呪いでさえ、大司教様のお薬を以ってしても解くことができなかったのですから、既存の解除薬では効果は望めません。となると残るは神聖魔法による解呪ですが、わたくしの神聖魔法で解けなかったのですから、これもやはり並の使い手では不可能です。少なくとも、わたくしより優れていないと可能性は低いでしょう」


「でも、そもそもの話、ウィンディより優れた神聖魔法の使い手っているの? 確かウィンディって、教会の関係者の中で、一番神聖魔法に精通してたはずでしょ?」


 あらぶる鷹のポーズのままウィンディに問いかけたシーラに対し、ウィンディは重々しい表情で頷く。


「……その通りですわ」


「駄目じゃない、それ」


 愕然とした顔をしたシーラは、喋ったので顔から下はきっちりあらぶる鷹のポーズである。

 シーラの奇行を見たライズが堪え切れない様子で噴出した。


「ちょっと! 笑わないでよ、私だって好きでこんなポーズしてるわけじゃないんだから!」


 なおもあらぶる鷹のポーズを取りながら、シーラがライズに文句を言う。

 それを見て、ライズの笑いの発作がさらに酷くなった。


「笑うんじゃないわよぉぉぉぉ!」


 しゃきんしゃきんとあらぶる鷹のポーズを繰り返しながら、半泣きでシーラが絶叫する。

 ライズは笑い過ぎて呼吸困難になっていた。


「笑わせなきゃならないライズが逆に笑わせられてますし、わたくしは実質神聖魔法が使えないも同然。シーラもあの有様では、同時に印を組まなければならないような大魔術は使えないでしょうし、前途多難ですね。ディルクとライズの呪いが戦闘能力には直接関係ないのは、幸いと言っていいのか分かりませんが」


 はあ、とウィンディが物憂げにため息をつく。


「その代わり、命の危険があるけどな」


 ようやく笑いの発作が収まったライズも、困りきった表情をしている。

 ふと何かに気付いたかのように素の表情に戻って顔を上げたライズは、ウィンディに振り返った。

 妙に溌剌した笑みを浮かべ、ライズがウィンディの肩を叩く。


「そういえば、俺とディルク、シーラの呪いについてははっきりしたけど、ウィンディの呪いについては確かめてないよな。もしかしたら間違ってるかもしれないし、やっぱり確かめないとな」


「確かにそうですわね……」


 一瞬納得して頷いたウィンディは、次の瞬間慌てた様子でライズに食って掛かる。


「って、全然そうではありません! わ、わたくしにあのような破廉恥な格好になれというのですか!?」


「だって確かめなきゃ呪いが本当か分からないじゃないか。俺は確かめたが最後死んじまう可能性があるから無理だけど、お前は違うだろ。なら、確かめた方が良い」


 理路整然とウィンディをなだめるライズの後ろで、シーラがあらぶる鷹のポーズを取りながら半眼になっている。


「色々建前を並べてるけど、それってつまり、ウィンディの恥ずかしい格好が見たいってだけよね……」


 ふとシーラが横を見ると、一人黄昏ていたはずのディルクがいつの間にか座っている。

 驚いたシーラはディルクに尋ねた。


「何時からいたの?」


 シーラの質問には答えず、ディルクは無言で頬を赤く染める。

 いつから話を聞いていたどころか、どうして場所を移動したかも察したシーラは、身体をずらしてディルクと若干距離を開けた。


「ここにもむっつりスケベがいたか……。はぁ。男ってフケツ」


 ディルクが慌てて首を横に振るが、信憑性は全くなかった。


「まあ、冗談はともかくとして、だ」


「冗談だったのですか? ライズのことですから、てっきり本気なのだとばかり……」


 仕切り直そうとしたライズに対し、ウィンディが戸惑った顔になる。


「お前は俺を何だと思ってるんだ……とにかく!」


 一瞬ウィンディにじと目を送ったライズは、脱線しかけた話を修正する。まあ、話が脱線したのはそもそもライズが原因なのだが。


「俺はこんなくだらない呪いで死ぬなんてごめんだ。だから、皆、俺を笑ってくれ!」


 ばーん、と背後に波が立ちそうな勢いで言ったライズの目は真剣そのものだった。真面目も真面目、大真面目である。

 だが、対する他の面々の反応は芳しくない。


「そんなこと言われても、別に面白いこともないのに笑えないわよ」


 三人を代表してシーラがあらぶる鷹のポーズを取りながら文句を言う。


「それについては心配いらない。俺の高尚なギャグを聞いたら、皆腹を抱えて笑い転げるぜ」


 ライズは自信満々だった。

 作戦の成功を早くも確信しているようだ。

 一方、シーラは半信半疑だった。


「そうだっけ? さっきのアンタのギャグ、死ぬほどつまらなかった気がするんだけど」


 喋るたびにポーズを取らされるので、シーラは疲れて息が乱れてきている。


「大丈夫だ。問題ない。今度のはとっておきだからな」


 歯をきらりと輝かせたライズは自信満々の顔で言った。


「布団が吹っ飛んだ!」


 胸を張って、鼻の穴まで膨らませた自信満々振りだった。

 対する三人は実に白けていた。


「とっておきが、それ?」


 剣呑な目つきで、あらぶる鷹のポーズを取りながらシーラはライズを睨む。


「……話にならない、にゃん」


 ディルクは首を横に振るが、ディルクの語尾も話にならない。違和感ありまくりである。呪いがある以上仕方ないのだが。


「擁護出来かねますわ」


 さすがのウィンディも呆れている。フォローすらできるレベルじゃないらしい。


「笑えよ!」


「無理」


 目を剥いたライズが文句を言うが、シーラがあらぶる鷹のポーズを取りながら一言で一刀両断する。


「ち、ちくしょおおおおおおお!」


「ちょ、ライズどこへ行くのですか!?」


 泣きながらライズは馬車を降りて駆け去っていってしまった。


「……追わなくていいのか、にゃん」


「ライズなら放っておいても帰ってくるでしょ。魔王は死んだから、このあたりのモンスターは姿を消したし、安全よ」


 あらぶる鷹のポーズを無意味にビシッと決めながらシーラが言った。ちなみに、シーラにとってはあくまで不本意な行動である。別に自分からノリノリでポーズを取っているわけではない。


「前途多難だな、にゃん」


「あとディルク、あんたの顔でにゃんとか言われると気持ち悪いから黙って。私もそろそろ黙りたい」


 ポーズを取り過ぎて疲れを滲ませた表情でシーラが言った。

 理不尽に気持ち悪いと言われたディルクは凹んでいる。


「先が思いやられますわ……」


 最後にウィンディがぽつりとそう漏らした。



■ □ ■



 ライズたち勇者一行が帰還の途を辿っている頃、勇者たちと魔王の激戦の地となった魔王城では、生き残りの者たちが魔王の骸の前に集まっていた。

 皆人間ではなく、モンスターである。

 ただのモンスターではなく、全員が種族としては最高位に近いモンスターたちであった。


「ああ、おいたわしや。我らの魔王様が死んでしまうとは」


 長い年月を経た老竜が顔を伏せ、泣いた。


「例になく、平和主義の良い魔王だったというのに」


 八本の腕を持つ悪魔は、それぞれの腕で腕組し、眉を寄せている。

 その横に立つ、骨と皮ばかりの老人の姿をした死霊が顔を覆って嘆いた。


「先代の魔王は無類の戦争好き、先先代の魔王は色狂い、先先先代の魔王はアルコール依存症と欠陥ばかりの魔王が続いていた折に現れてくださった、久方ぶりにまともな感性を持ったお方でしたが、それが仇になってしまうとは」


 巨大な白い旗を掲げた状態で死んでいる魔王を前にして、魔王の部下たちはその死を悼んでいた。


「ほとんどのモンスターは殺され、生き残ったモンスターたちも散り散りになってしまった。これでは魔王軍の再建は不可能ですな」


 カールした髭が特徴的な吸血鬼がステッキで床を突きながらため息をつく。


「不可能も何も、新たな魔王様が誕生されるまでは、挙兵などできようはずもない。また姿を隠さなければならぬ」


 いかにも武人らしい雰囲気を帯びたリザードマンの戦士が、厳かな声を出した。

 リザードマンの戦士のセリフに対し、反応したのは淫魔を束ねる長老だ。

 長老といっても、姿かたちは妙齢の美女だが。


「しかし、ここぞとばかりに人間どもは我らへの追撃の手を強めてくるでしょうね」


 淫魔の長老の言葉を聴いて、アラクネの族長も頷く。


「であろうな。いやはや、頭の痛いことだ」


 生き残った者たちも一人、また一人とその場を去っていき、最後の一人になった。


「許さんぞ、人間ども……! 魔王様を殺された恨み、この俺が晴らしてやる!」


 最後の一人は魔王の骸を前にして、吼えた。



■ □ ■



 一方その頃、魔王城から遠く離れたある王城では、帰還した勇者たちが盛大なパレードで歓待された後、王に事態を説明していた。

 話を聞いた王は目を丸くする。


「すぐには信じられん話だのう……証拠を見せてくれんか?」


「しかし陛下、もし本当だとしたら、戦士殿の寿命が縮んでしまいます」


「じゃがのう、大臣よ。こればかりは実際に目にせんことには信じられぬよ。そんな下らん呪いが、本当に存在するのかのう?」


 疑い深い王の言葉に、畏まりながら話を聞いていたライズたちは心の中で血涙を流した。

 ライズはこっそり他の三人の様子を覗き見た。

 偶然だろうか、ディルクもまたライズを見ていた。ディルクの目は、「俺のことは気にせずやれ」と語っているように見えた。

 実際は、ディルクがその時思っていたのは、「止めてくれ俺の寿命が縮む」である。


「……私の呪いについては生死に直結してしまうためお見せできませんが、私以外ならお見せできます。ご覧に入れましょう。まずはシーラから頼む」


「仕方ないわね」


 王から許可を得て立ち上がったシーラは、ビシっとあらぶる鷹のポーズを決めながら発言した。

 一部の隙もない、完璧なあらぶる鷹のポーズだった。


「こんな風に、私には、喋ると発動する呪いがかかっています」


「これは、なんと面妖な……」


 声を出すことで呪いが発動しているので、息継ぎをするたびしゃきんしゃきんとシーラはあらぶる鷹のポーズを繰り返している。

 シーラの奇行を見た王は絶句していた。


「……これは面倒な呪いですな。命を落とすほどでもなく、かといって放置すれば日常生活に支障をきたす」


 大臣は冷静だ。


「次はディルク、悪いが頼む」


 気が進まないディルクだったが、断れずしぶしぶ口を開く。


「俺は語尾に『にゃん』とつけなければ、吐血とともに寿命が削られる呪いがかかっています。……がはぁ!」


 説明したディルクに呪いが発動し、ディルクは吐血して血反吐を撒き散らして倒れこんだ。

 場が騒然となる中、ディルクが口元の血を拭って立ち上がる。


「今度は呪いは発動しない、にゃん」


 低く太い声ではっせられたにゃん語は、場を静まり返らせるのに十分な威力を持っていた。

 ディルクが吐血する様子はないが、ディルクにとっては公開処刑そのものの羞恥だった。


「次は……ウィンディ」


「む、無理ですわ! いくら証明のためとはいえ、不特定多数の前であんな格好を晒すなんて!」


 悲鳴のような声を上げたウィンディの尋常でない拒否振りにざわめきが起きる中、王がウィンディに命ずる。


「どういうことかね。説明しなさい」


 たっぷり躊躇ったあと、ウィンディは重い口を開く。


「わたくしにかけられている呪いは、『全裸で乳首と股間に葉っぱを付けた状態でないと神聖魔法が発動しない』呪いなのです。発動しないことは今すぐにでも証明出来ますが、発動することの証明を今この場で行うのはあまりにも酷でございます。どうかご容赦くださいませ」


 ウィンディの発言に、場はまた妙な沈黙で包まれた。

 王を含め、男たちはどこか居たたまれない様子である。

 何しろ、ウィンディは勇者に付き従って旅に出る前からその美しさと神聖魔法に精通していることから、かなりの有名人だった。

 慈愛に満ちた女性としても尊敬を集めており、まさにたおやかという言葉が似合う淑女であったのである。

 それが、まさかの痴女化することを半ばとはいえ強制する呪いである。

 不埒なことにピンク色の妄想が浮かんだのか、にやける男すらいる始末だった。


「あー、さすがにそれでは、今この場で証明せよ、というのは無理があるな。魔法が使えないことをまず証明しなさい。あとは我が后に確認させよう」


 気まずい顔で王が締めくくると、ウィンディは明らかにホッとした顔で神聖魔法を詠唱した。

 詠唱が完成しても発動せず、そのまま魔力は雲散霧消してしまった。


「……発動せんのは確かなようじゃな。では、我が后よ、彼女を連れて別室で確認を」


「分かりましたわ、あなた」


 王妃がウィンディを連れ、侍女たちを伴い奥の部屋へと消える。

 戻ってきたウィンディは、何故かさめざめと泣いていて、そんなウィンディを王妃が慰めている。

 ウィンディが落ち着くのを待ち、王は王妃に話を聞く。


「して、結果はどうであった」


「間違いありません。件の格好で神聖魔法を詠唱したところ、発動を確認いたしました。念のため、全裸、下着のみなども試してみましたが、全て発動しませんでしたわ」


 どうやらウィンディが泣いていたのは、そのせいだったようだ。


「最後はお主じゃが、勇者ライズよ。この分だとお主の呪いも間違いなさそうじゃな。魔王め、とんでもない呪いを遺して逝きおったか」


 ふかぶかと玉座に座り込んだ王は、深いため息をつく。


「呪いを解く方法については、秘密裏に探させよう。お主らにも面子というものがあろうしの。今日は休むがよい。下がれ」


 頭を垂れたライズたちは、玉座の間を辞した。

 入れ替わりに騎士が一人駆け込んでくる。

 その騎士は夜通し走ってきたのか、汗だくで息も絶え絶えで旅装を脱いでもおらず、土埃に塗れていた。


「王の御前にそのような姿で参上するなど……!」


「伝令でございます!」


 跪いた騎士は非難の声を上げかけた貴族の一人の声を遮るように大声を上げると、一気に吐き出すように言った。


「ここより北西のバルバス村が、魔王軍残党の襲撃に遭い、助けを求めています! 奮戦しているものの敵の数多く、このままでは壊滅するのは時間の問題、至急援軍を求む、とのことです!」


「ま、魔王軍の残党だと!?」


「バルバス村といえば、勇者たちの故郷ではないか!」


「静まれぃ!」


 一気にざわめき始めた貴族たちを王は一喝し、再び勇者たちを呼びつけるように命じる。

 参上したライズたちに、厳かな声で王が命じた。


「話は聞いていたな! 勇者ライズよ、そなたは仲間たちとともに直ちにバルバス村に向かい、村の防衛に当たれ!」


「ハッ!」


 ライズは叩頭すると、足早に王の下を辞した。

 残っていた仲間のうち、代表してウィンディがライズに事の次第を尋ねる。


「何かあったのですか?」


「俺たちの村が魔王軍残党に襲われているらしい」


「な、なななんですってー!」


 思わずあらぶる鷹のポーズを取りながらシーラが叫んだ。


「早く助けにいかなければ、にゃん」


 厳つい声でディルクがライズに言う。


「ディルクの言う通りだ。悪いが皆、すぐに出発するぞ!」


 マントを翻し、ライズを先頭に、勇者一行は駆け出した。



■ □ ■



 時間を少し遡る。

 ライズたちの故郷であるバルバラ村は、特に主要な産業もなく、地理的にも旨みのない地域にある、寂れた農村だった。

 魔王存命時の魔王軍ですら避けて通るような田舎だったので、平和ボケがかなり深刻な事態になるまで進行していた。

 情報が伝わるのも遅く、村はいまだに魔王討伐の報で湧き上がっており、農作業を放り出して、村中お祭りムードが続いていた。


「村を出てった坊主たちが魔王を倒したらしいな! いやあめでたい!」


「あのハナタレ餓鬼がまさか本当に勇者になるなんてねぇ。人生は分からないもんだ」


 赤ら顔で酒を引っ掛ける男がいれば、しみじみと呟く中年女性もいる。


「でも、まだ魔王が倒されただけなんだろ? 残党が各地で暴れまわるんじゃないのか?」


「この村が勇者の故郷であることは有名だし、もしかしたら襲われるかも……」


「大丈夫だって! その時はライズの坊主が助けに来てくれるさ!」


 一部冷静な意見もぽつぽつ聞こえるが、たちまち楽観的な意見で埋もれてしまう。


「シーラちゃんは魔法使いとして若年ながら上り詰めたって話だし、ウィンディちゃんは神聖魔法の使い手としては右に並ぶ者がいないようになった。ディルクはもはや人類最強の戦士だ。同じ村から四人も英雄が生まれるなんて、世界はよくできてる!」


 昼間から酒を飲んで出来上がっている男が饒舌にまくし立てる。

 赤ら顔の男に、鍬を担いだ農夫姿の男が話しかけた。


「そういえば、もうすぐハンナの家に子供が生まれるらしいぞ!」


 吉兆事に、酔っ払った男は目を輝かせる。


「本当か! ならシーラちゃんに妹か弟ができるな!


 たまたま近くを歩いていた職人姿の男が、話を聞いて会話に加わってくる。


「そりゃ目出度い! 出産祝いを贈らんとな! シーラちゃんに連絡もしないと!」


 洗濯物が入ったたらいを担いだ女が通りかかって足を止めた。


「へえ、子供が生まれるのかい。そんなら私はお祝い料理でも作ろうかね!」


 しばらく生まれてくる子供のことで盛り上がったあと、農夫姿の男が呟いた。


「だがしかし、もし本当に魔王軍の残党が攻めてきたらどうするんだろうねぇ」


 赤ら顔の酔っ払いが陽気に農夫姿の男の心配を吹き飛ばす。


「ヨハネとベルゾイが村の入り口で見張っているから大丈夫だろ! 持ちこたえてるうちにライズの坊主たちが助けに来てくれるさ! だって故郷だしな!」


「でも、ヨハネは居眠りが多いし、ベルゾイは見た目だけで実際は運動音痴だし、本当に大丈夫かねぇ?」


 職人風の男は、完全に安心はできないようだった。


「こんな田舎の村を襲うくらいなら、残党は別の村を襲うだろうさ! 何しろ、本当にここは勇者の故郷って事以外何の特徴もない田舎だからな!」


「しかも村長が他の村から巻き上げた金で防衛費上積みしてるから、他の村より防衛設備整ってるしな!」


 酔っ払いと農夫姿の男が笑い合う。


「懐かしいねえ。ライズたちがまだひよっこだった頃は、あたしたちも色々手伝ったもんだ」


 たらいを担いだ女が何かを懐かしむ顔をした。


「今でこそ俺たちを追い抜いて遥かに強くなっちまったが、昔は俺たちの方が強かったもんな」


 職人風の男はしみじみとしている。

 実は、この村の住人は何故か皆戦闘経験があった。

 田舎だが獣は多いし、勇者たちの露払いをしたこともあるため、戦闘能力が常人よりも高い人間が多いのである。

 そこへ、魔王軍残党が襲撃をかけてきた。


「勇者に殺された魔王様の恨み、思い知れ!」


 魔物を率いる魔族の男が、殺意の篭った目で村を見渡す。

 しかし、村の人間の反応は暢気なものだった。


「おい、見張りは何をしてたんだ。もう村の中にまで入り込まれてるじゃないか」


「あれだろ。一人は居眠りしてて、もう一人は素で気付かなかったんだろ」


「でくの坊じゃないかい!」


「仕方ない。あいつら村の中で一番弱いし」


「こうなったら俺たちで村を守るか」


 村の人間が暢気に話す中、悲壮な表情を浮かべる者が一人。

 唯一中央から派遣されている騎士だった。

 彼は貴族出身で、鎧こそ立派だが、実質的にはお飾りの存在だ。

 今まで村に魔族が攻めに来ることなど無かったから、騎士にとって今の村は死地だとしか思えなかった。

 震える騎士を他所に、村人たちは家に戻って武器を持ち出し、再び集まる。


「一応王都に伝令を出しておいた方がいいな」


「そうだね。もしかしたらライズの坊やたちが来てくれるかもしれないし」


 村民たちの会話を聞いて、騎士の胸に希望の火が点る。


「ならばその任、私が勤めましょうぞ!」


「……あー、じゃあ、お願いします」


 騎士は有事の際には村の兵士たちを率いて戦うべき存在だ。

 それが、伝令とはいえ自ら村から逃げ出すという。

 本来ならば弾劾されても仕方ない発言だったが、村民たちは、役に立たない騎士の指揮で戦うよりも、彼を逃がすことを選んだ。

 騎士は戦では無能でも横柄ではなく、善良で慕われていたのである。

 自分が無能であることを知っているからこそ、騎士もまた自ら伝令を志願した。後で処分を受けることも覚悟の上で。


(済まない、済まない……! だが、この任、必ずや果たして見せる……!)


 悲壮な決意を固めた騎士が村を脱出した後、村の中では戦いが起こっていた。



■ □ ■



 故郷のバルバラ村にライズ、ディルク、シーラ、ウィンディの四人が到着した時、村の中では村民と魔物たちの激しい戦いが繰り広げられていた。

 全員が並の兵士よりも遥かに強い戦闘民族のような村民たちは、魔物を相手にしても、全く引けを取っていない。

 かつてはライズたちよりも強かったというのが頷ける奮戦振りだった。

 しかし、彼らも魔物を指揮する魔族の男の相手は荷が重いようで、いくらか怪我人が出ているようだ。


「あの魔族がこの襲撃の親玉か。俺たちで仕留めるぞ!」


「……」


 意気込むライズに、ディルクか何か言いたげな目を向けた。


「……」


 シーラもまた、不安そうな目でライズを見上げる。

 ディルクとシーラの二人は、喋ることで発動する呪いに冒されている。戦士であるディルクはともかく、魔法使いのシーラにとって、それは致命的だ。


「今のわたくしたちで倒せるのでしょうか。シーラは使える魔法が限られますし、私はそもそも神聖魔法が使えませんのに」


 二人が言いたかったことを、ウィンディがライズに代弁する。ディルクとシーラがこくこくと頷いた。


「でも、使えないわけじゃないだろ? ほら、今は故郷の危機なんだし、ここは力を合わせて、ええと、その」


 流石に明確には言い辛いのか、ライズが言葉を濁す。


「……わたくしに、あのような姿になれと?」


 訴えかけるような上目遣いで、ウィンディがライズを見つめた。

 いつの間にか復活して二人を追い越したディルクが、無言で大斧を構える。

 ディルクの耳はしっかり二人の会話を拾っていた。


「男って奴は……」


 あらぶる鷹のポーズを取りながら、シーラが呆れ顔で詠唱を始める。


「なあ、ウィンディ。お前の助けが必要なんだ。頼むよ」


 申し訳なさそうに微笑んで、ライズは村にはびこる魔物の群れ目掛け飛び込んでいく。

 すぐにディルクが後に続いた。

 伊達にパーティを組んでいたわけではない。ライズとディルクは、阿吽の呼吸でたちまち魔物たちを切り崩していく。

 だが、魔物は良くても、魔族を二人だけで倒せると思うほど、ウィンディの目は節穴ではなかった。


「仕方ありませんね。シーラだって、力を振り絞っているんですもの。わたくしも、覚悟を決めましょう」


 目を閉じたウィンディは、決意を固めると潔く法衣を脱ぎ捨てた。法衣の下には、下着の代わりに葉っぱが装着され、乳首と恥部を隠している。


「わ、わわわ、わた、わたくしは、こんなことではめげませんわよ……! ああ、でも、こんなわたくしをどうか見ないでくださいまし……!」


 ウィンディとて、村には戦うためにやってきたのだ。用意をしておかないはずが無い。例え、それがどんなに恥ずかしいことであったとしても。

 もちろん敵味方全員の視線を浴びた。



■ □ ■



 自分がかき集めた魔物たちが、次々と倒されていくのを、魔族の男は呆然としながら見つめていた。


(ただ、倒されるならばまだ良かった。だが、何なのだ、これは)


 魔族の男の眼前では、意味不明は光景が繰り広げられている。


「容赦しない……にゃん」


 巌のような大男が、不釣合いな可愛い語尾で喋りながら、身の丈ほどもある戦斧を振り回し、魔物たちを惨殺していく。


「フレイムスロワー! ボルテックカノン! アイシクルブレード!」


 矢継ぎ早に、いちいちあらぶる鷹のポーズを取る魔法使いの少女が発動させた魔法は全てが一撃必殺で、魔法が完成する度に魔物の群れがごっそりとその数を減らす。

 その魔法の威力もおかしいが、何故あらぶる鷹のポーズを取る必要があるのか、魔族の男にはまるで分からない。


(我等など、魔王様に比べればその程度の障害でしかないということか……! おのれ人間め……!)


 憎悪が魔族の男の胸を焦がすが、戦況は悪くなるばかりで、魔物が次々と討ち取られていく。

 奇跡的に魔物のうちの何匹かが彼らに手傷を負わせても、全裸と殆ど変わらない姿の破廉恥な僧侶が、たちまち傷を癒してしまう。


「何故だ……! 何故こんなふざけた奴らに、我等が負けるのだ!」


 怒りの余り歯軋りする魔族の男だったが、彼を悩ませる事案はそれだけではなかった。

 一番の戦力であるはずの勇者が、戦いを放棄して魔族の男の目前で笑わせようと躍起になっているのである。

 舐められているとしか思えなかった。

 そして、勇者が戦力外となっていても、敵わないことこそが、怨めしい。


「おのれ人間どもめ……! どこまでも我等を馬鹿にするか! 真面目に戦ええええええええ!」


「はん、こちとら大真面目だっての! 何しろこっちは一日百人笑わせなきゃならないんでね! ほら、笑え! 殺されたくなかったら笑うんだ! ところで、葡萄一粒どう?」


 剣先を相手の顔に向けた状態で柄を股に挟んで構え、変顔しながら腰を前後に振り、魔族の男の周りを器用に飛び跳ねる勇者が、懐から取り出した葡萄を一粒魔族の男の顔面に投げつける。

 おかしな行動をしながらも勇者の動きは鋭く、魔族は翻弄された。


「ど、何処までも我等を馬鹿にするかあああああああああ!」


「どうして笑わないんだああああああああ!」


 頭に血が上って逆上する魔族の男と同時に、何故か勇者まで逆上した。

 股に挟んだ勇者の剣から光が迸る。

 放たれた光の奔流はたちまち魔族の男を飲み込み、跡形無く消し飛ばした。



■ □ ■



 バルバラ村は駆けつけた勇者パーティと、村人たちの奮戦によって守られた。

 怪我人こそそれなりに出たものの、幸い死者は出ておらず、その怪我人たちもウィンディの癒しの魔法によって治癒されている。


「……ウィンディちゃん、その格好、もしかして都会で流行ってるの? おばちゃん、流行には疎くて、どうも頭のおかしい格好にしか思えなくて。気を悪くしたらごめんよ」


 怪我が治った中年の女性が、恐る恐る、遠慮がちにウィンディに問いかける。

 魔法を使う必要があるから、ウィンディは未だに葉っぱ装備のままである。


「あ、頭のおかしい……。ふふふ、そうですよね。普通の人から見たら、こんな格好をしているわたくしなんて、気が狂った痴女にしか見えませんよね。……こうなったら、この格好を世に広めることで、わたくしの恥部を隠してやりますわ。そう、木を隠すなら、森の中。人類葉っぱ計画を発動させましょう。皆、葉っぱ装備になればいいのです。人類全員が葉っぱ装備になれば世界は平和になるのです。こんなに素晴らしい格好なのですから、皆も行うべきなのです!」


 羞恥心のあまり何か頭の切れてはいけない糸が切れてしまったウィンディは、目を爛々と輝かせるとそれまで縮こまらせていた身体をむしろ見せ付けるように反らした。

 辛うじて乳首が葉っぱで隠れているだけの乳房が揺れ、村の男たちの視線が釘付けになる。


「あはははははははははは! この世全ての人間に、葉っぱ装備を! あははははははははは!」


 視線を感じたウィンディが、ついに声が裏返った高笑いを上げ始めた。


「お、おい、ウィンディ、落ち着けにゃん」


 正気を失った状態を流石に拙いと感じたディルクは、青ざめた表情でウィンディを正気に戻そうとしたが、悪意の無い村人の一言で地に沈む。


「ガハハハハ! 何だディルク、その喋り方は! 新しいキャラ付けか!? こういっちゃ何だか、気持ち悪いぞ!」


「お、俺だって、こんな言葉遣い嫌だ、にゃん。好きでやってるわけじゃない、にゃん。こんな言葉遣いでどうやって妻と息子と会話すればいい、にゃん」


 でかい図体に反して繊細な精神のディルクはさめざめと泣いた。


「ねえ、そう何度も取ってるその変なポーズ、好きなの?」


「好きなわけないでしょうがコンチクショー!」


 シーラが村の子どもたちに囲まれ、地団駄を踏みながらあらぶる鷹のポーズを取っている。

 喋らなければいいのに、全てに言い返さなければ気が済まないシーラは、口を閉じられないのだ。

 バルバラ村の村長であり、ライズの祖父でもある老人が、ライズに尋ねた。


「何だか妙なことになっているが、どうしたのじゃ」


「実は、魔王の死に際の呪いで全員こんなことになっちまって。笑ってくれ。俺も一日百人から笑いを取らないと、死んじまうんだ。俺、もうコメディアンにでもなるしかないかもしれない」


 流石にライズも村長に事情を話すのは恥ずかしかったらしく、歯切れが悪い。


「ぶほぉ!」


 事情を聞いた村民の誰かが盛大に噴出した。

 笑いは連鎖し、やがて村民百人が大笑いを始めた。


「おいおい、聞いたか!」


「あの勇者にまで上り詰めたライズ坊やが、よりにもよってコメディアンだとよ!」


「こいつは笑えるぜ!」


「ハハハハハハ!」


 次々に伝播した笑いは、村民たちを笑いの渦に叩き込んだ。

 ライズはこれで一日目の条件を達成した。


「おお! やったぞ! 俺にはやっぱり笑いを取る才能があるんだな! どうだ、シーラ!」


 目を輝かせて喜ぶライズが、自信満々にシーラに振り返る。


「あー、ノーコメントで」


 引き攣り笑いを浮かべて返事を濁したシーラは、あらぶる鷹のポーズを取ったまま横目でディルクとウィンディを見た。

 相変わらず酷い。


「帰りたくない、にゃん」


 ディルクは体育座りをした状態で膝と膝の間に頭を入れてしくしくと泣いており、ウィンディはすっかり吹っ切れてしまったようで、人が変わったように笑っている。


「あはははははははは! 世界に葉っぱがあらんことを!」


 カオス過ぎる状況に、シーラは匙を投げた。


「もうどうにでもなーれ♪」


 良い笑顔で、シーラはあらぶる鷹のポーズを取った。



■ □ ■



 最後に、勇者パーティの顛末を記す。

 魔王を討ち果たし英雄となった勇者ライズは、呪いから逃れようと笑いを追及する余り奇行を取り続け、最終的に勇者ではなく、歩けば指を差して笑われるコメディアンとして死んだ。多くの知識人が勇者の転落とも言える末路を嘆いたが、本人は己が成した偉業よりも、他人を笑わせ続けた行為の方が有名になったことに、生涯嬉しそうな笑顔を浮かべていたという。

 勇者パーティを献身的に支えた僧侶ウィンディは、開き直りを通り越して葉っぱ装備の素晴らしさに目覚め、葉っぱ装備をご神体として全裸に葉っぱ装備の素晴らしさを布教する葉っぱ教なる新興宗教を起こして教会から破門された。破門後は葉っぱ教教祖として精力的に活動し、信者獲得に勤しんだ。美人である上に、蘇生の奇跡を行える数少ない人物なので、入信者はそこそこいたようだ。蘇生は無料だが入信が条件である。

 果敢なパーティの切り込み役であり、勇者の相棒であった戦士ディルクは、散々逡巡した末に家族の待つ家に戻った。家に戻った彼を、妻と息子は暖かく迎えた。理解ある家族に恵まれ、彼は幸せな生涯を過ごした。しかし外出先では行く先々で口調の語尾と見た目のちぐはぐさ故に大人には気味悪がられ、子どもには面白がられていたらしい。子どもに懐かれることの多い彼だったが、無邪気な発言に心を抉られ、時折妻の胸に顔を埋めて泣いていたという。ちなみに彼の妻は豊満な胸の美人だったとか。

 魔法使いのシーラは話そうとするとあらぶる鷹のポーズを取ってしまうため、元々の病弱さも相まって引きこもりになり、コミュ障になった。それでも勇者パーティの面々とは最後まで連絡を取り続けたらしく、顔を合わせることもあったようで、あらぶる鷹のポーズを取りながら空をかっ飛ぶ妙齢の女性の姿が度々目撃されている。彼女が残した多くの手紙や手記は、後の世で歴史的資料として価値を認められ、高値で取引されるようになったという。




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