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幼なじみは勇者様!?  作者: クロイチハル
第1章 境界を越えて
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境界を越えて(3)

「運命かぁ……。本当にそんなものがあるのかな」


 町外れの農道。

 結菜は誰へともなしに呟いた。

 どうにもさっきの占いが後を引いている。

 もっとも、いくら特殊なやり方とはいえ、所詮は素人の真似事だ。

 気にしたところで仕方がない。

 それは十分、分かっているのだが……。


「もし叔父さんが選んでくれたらどうなってたんだろ。他の結果になってたのかな。……でもまぁ無理か。叔父さんって、いくら頼んでもあたしを占ってくれないし」

 

 唇を尖らせながら、ふと手にした紙袋へと視線を落とす。

 中には、“彼”が昔好きだったお菓子がたくさん入っていた。


「ちょっと暗くなってきたかな。急がないと」


 少し早足気味に、結菜は目的の場所へと向かって進む。

 季節は秋。

 空は茜に染まり、ヒグラシが絶え間なく鳴き続ける。

 見渡す限りに黄金色の稲穂が覆い茂り、まさに収穫目前といった趣だった。


「あの頃はあんなに高く感じたのにね……」


 自分の背丈が、群生する稲の高さを遥か高く追い抜いたことにしみじみと想いを寄せて、結菜は小さく溜息を吐いた。


 あの日から、今日でちょうど8年が経つ。

 その間、いなくなった幼なじみ・柊宮昴の消息はようとして知れない。

 警察や消防を巻き込んでの大規模な捜索。

 有力な目撃証言への報奨金の告示。

 あらゆる手を使って、彼の行方を誰もが追った。

 しかしすべては徒労に終わる。

 事故にしては不可解で、誘拐されたにしてもその痕跡はまったくない。

 いつしか地元の人たちの間では、彼が“神隠し”にあったという噂が、まことしやかに囁かれていた。


 今の時代、なんとも迷信深い話ではある。

 ただ、町に住む人々にとってはそう不自然なことでもなかった。

 なにせこの“結海町ゆうみちょう”は数年に一度、誰かしら失踪者が出る曰く付きの町なのだ。

 オカルト雑誌に掲載されたことは数知れず。

 テレビの特集だって組まれたことがある。

 もっとも結菜自身、その当事者になるとは思ってもみなかったが。


「ホント、どこ行ったんだろあいつ。弱くて、頼りなくて、泣いてばかりで。いつもイジメられてて、いつもあたしの後ろに隠れて。でも、そのくせ“大人になったら、ユナちゃんのことは僕が守ってあげるから”とか、適当なこと言って。それで結局ひとりでいなくなって」


 次第に歩幅を広げながら、結菜はまくしたてるように独りごちる。

 昴との思い出は、全部が全部いいものばかりでもなかった。

 喧嘩をしたことも一度や二度じゃない。

 だが、その度に仲直りして、ふたりはその距離を縮めていった。

 嬉しいことも、悲しいことも、楽しいことも、苦しいこともふたりでたくさん経験してきた。

 単なる幼馴染じゃなく、もっと年が上がっていれば親友と呼び合える間柄になっていたかもしれない。

 それ以上はまあ、あまり考えたことはなかったが。


 なんにせよ、それほどまでに親しくなった昴との唐突な別れは、彼女の心に大きな傷を残した。

 もともと人付き合いは得意な方だ。

 高校でも友達は多かった。

 しかし、いざ卒業してみると、ほとんど交流しなくなったのが実状だ。


 避けられているわけじゃないとは思う。

 むしろ反対。

 自分から、誰かと深く関わることを避けている。

 きっと、二度と同じ別れをすることがないように。

 実際、未だに同年代の子たちが集まる場所へ行くことには抵抗がある。

 高校卒業後、学校と名の付くところに通おうとは思わなかったし、身内の経営している喫茶店で仕事をしているのも、つまりはそういうことなのだろう。

 たとえそれが、ただの現実逃避に過ぎなかったとしても。


 

「はぁ。やっぱり、もう二度と会えないのかな……」


 気付けば、目元に暖かい感触がある。

 その温もりは、小さな線となって頬を伝った。


「会いたいよ……。スバル……」


 いつしか結菜は、小さな枯れ木の並ぶ河川敷に立っていた。

 少し遠くに、あの日寄りかかって数を数えた大木が見える。

 もう少しだ。

 そう思って袖で顔を拭こうと手をあげた、その時。




「きゃあっ! 何っ!?」


 突風が一陣、あたり一面を駆け抜けた。

 それは不自然なほどの波を起こして、辺りの草木や稲を撫でていく。


「びっくりしたぁ。あんな風、最近は……」


 結菜はそこで言葉を切った。

 何かが引っかかる。

 昔、同じような経験をした気がするのだ。

 そうだ、まさに今、自分が立っているこの場所で。


 突風のあとに訪れた凪の時間。

 不気味なほどの空気の沈黙。

 まるで時が止まったかのような静寂が、彼女の記憶を予感に変えた。


 気付けば、結菜は全力で駆け出していた。

 ヒグラシの鳴き声。

 黄金を裂く朱のトンボ。

 身をくすぐる葉の感触。

 それら全ての感覚を振り切って、結菜はまっすぐと走り続ける。

 かつて幼なじみを失った、あの場所へと。



「はぁ、はぁ……」


 ほどなくして、辿りついた大木のもと。


「まったく、あたしってば、何してるだろう……。こんな、馬鹿みたいに……」 


 肩で息をしながら、結菜は苦々しく悪態をつく。

 そこには誰もいなかった。

 ただぽつんと、見慣れた巨木が立つだけだ。


「当たり前だよね。そんなマンガみたいな展開、あるわけないよ。ほんと、どうかしてる。いくら占いで、あんな――」


 だが、彼女はそれ以上を口にできなかった。

 気づいてしまったからだ。

 振り返った視線の先。

 稲穂の群を裂くようにして歩いてくる、ひとつの人影を。


「誰?」


 結菜は静かに呟いた。

 逆光のせいで、その姿ははっきりしない。

 背格好だけを見れば、自分と同年代くらいに思えるが……。


「まさか、スバル……じゃないよね?」


 ほとんど無意識のうち、結菜はそう問いかけていた。

 あり得ない。

 そう分かっていても、そう口にせずにいられなかったから。


 しかし、淡い期待とは裏腹に。

 距離が近づくにつれ、なんとも言えない脱力感が体を巡った。


 ……違う。

 昴じゃない。

 そう、確信できたから。


 確かに歳のころは自分と同じくらい。

 十代半ばから、後半くらいに見える。

 だが、距離が近づき朧気ながら判然とし始めたシルエットは、結菜の中にある昴のものとは似ても似つかぬもの。

 ツンツンとした銀髪に、いかにも気の強そうな翡翠色の吊り目。

 ポンチョ――と言うよりマントだろうか。

 とにかく、おおよそそこらの若者たちとはかけ離れた、異国人風のファッションに身を包んでいる。

 それこそ、フィクションの世界の登場人物。

 思わずそう認めてしまいそうになるほど、特異な雰囲気を持つ少年がひとり、結菜の目の前に立っていた。


「えっと、その……。あなたは?」


「“ミスルト”が反応している……。そうか。テメェが特異点、ナルセ・ユナか?」


 少年の言葉に背筋がざわつく。

 あたしの名前を知っている?

 一方で、結菜の方にはまったく心当たりがなかった。


「そうだけど、どうしてあたしのこと……。あなたは誰なの?」


「まさか本当に当たりとはな。確かに便利な道具だぜ。“異世界”をあてもなく探し回る手間が省けた」


「ちょっと! あたしの話を聞いてよ」


 あまりに日本人らしくない外見ではあるものの、言葉はちゃんと通じている。

 ただ、会話がまったくかみ合わない。

 異世界とはどういう意味なのだろう?

 しかし、結菜が問いつめようとするよりも早く。


「悪いな……。お前に恨みはねぇが、世界の安定と俺たちの明日のためだ。消えてもらうぜ、特異点!」


「え!?」


 突然、少年が叫びとともに一歩踏み込み、右手を払った。

 反射的に上体を引き、飛ず退る結菜。

 すぐ目の前を何かが横切る。

 一瞬のことで目が追いつかなかったが、アレはもしかして……。

 いや、もしかしなくても!


「チッ、外したか。どうも体が重いな。エーテルが薄いせいか?」


「ちょ……!? いきなり何するのよ! 危ないじゃない!!」


「騒ぐなよ、抵抗すると痛いだけだぞ。こっちだって好き好んでやってるえわけじゃねぇんだ。無抵抗の人間、それも女子供をいたぶるような真似はしたくない」


「はぁ!?」


「だからさ……。ひと思いに楽にしてやるよ!」


 陽光を反射し、きらめいた閃光。

 今度こそ見えた。

 少年の手元、そこに握られているのは紛れもなく、


「ナイフ!? 冗談じゃ……!!」


「いくら霊力が強かろうと、しょせんお前はただの地上人だ。抵抗するだけ無駄だぞ!」


 少年の言っている意味が分からない。

 特異点?

 地上人?

 世界の安定のためって何?

 そのためにあたしを殺すってどういうこと!?


 意味不明だ。

 支離滅裂にもほどがある。

 しかし、そうか。

 いきなり人に切りかかる通り魔の思考なんて、そもそも理解できるはずないじゃないか。

 今はそんなことを考えてる場合じゃない。

 このままじゃ――



「っ!? いったぁ……」


 気づけば、茜色の空が眼前に広がっている。

 逃げようとして転倒した?

 認識すると同時、浮かび上がる影。

 さきほどの少年が、こちらを見下ろすように立っている。


 彼は本気だ。

 本気で自分を殺そうとしてる!

 思ったときには、もう止められない。

 次の瞬間、結菜は思い切り叫んでいた。

 力の限り、精一杯に。


「いやっ!! 死にたくないよ! まだあんたのこと、見つけあげられてないのに! お願い、助けて! スバルっ!!」


 ホント、どうしてその名が出たのだろう。

 助けて?

 おかしいな。

 昔はずっと、自分が助けてあげてたはずなのに。


 でも、そうか……。

 そうだった。

 確かにあの日、彼はあたしにこう言ったんだ。


『強くなって、ユナちゃんを守ってみせるから』


 何してるのよ!

 だったら早くあたしを―― 




「なんだ、テメェは……!!」


 忌々しげな少年の声が脳裏に響く。

 忌々しげ……? 

 どうして?

 何かがうまく行かなかったから?

 ……考えるまでもない。

 何かって、そんなの決まってる。


 痛みはない。

 刺されてない。

 あたしはまだ生きている。


 なぜ?

 誰かが助けてくれたんだ。

 誰かがあたしの声を聞いてくれた。

 

 誰? 

 誰があたしを助けてくれたの?


 震えながらも、なんとか瞼をこじ開ける。

 怖い、でも見なきゃ。

 目の前で何が起こったのかを。 

 勇気を振り絞り、前を見る。

 そこにいたのは、結んだ銀髪を風になびかせ、憎々しげに牙を剥く先ほどの少年と、


「うそ……」


 結菜を守るようにして立ちふさがる、また別の少年の姿。


 今度は覚えがあった。

 その後ろ姿に。

 あの頃とは少し変わっている。

 でも、ちゃんと名残はあった。

 女の子のように華奢な体も、はねかえったくせっ毛も、自分には確かに覚えがある。


 当然だ。

 だって、この子はあたしの大切な幼なじみ。

 あたしの大切な――



「スバル……!」


「もう大丈夫だ、ユナ。君のことは、俺が命に代えても守ってみせる」

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