小春日和
秋も深まり、冬の気配がいっそう近づく日の続くある朝のこと。
寒い寒いと身を縮こまらせ、暖かな毛布にくるまっていた幼馴染みを連れ出そうとしたのは単なる気まぐれだった。
「んん……まだ眠い……布団から、出たくないな……」
小さな手で掛布団の端を握りしめたまま、半端に開いた眠たそうな目はまだどこか焦点が定まっていない。
子供は風の子などと言われるほどなのに少年は随分と寒いのを苦手としていた、
そんな事は歯牙にもかけず、少女はくるりと立ち上がる。小さな足が軽く畳を踏む音を聞き、しばらく新鮮な空気を取り込んでいなかった昔ながらの和箪笥が開く音を聞く。
大した着物も入ってはいない。勝手に開けられたところであまり頓着のない少年も今更気にはしなかった。
「ねえ、早く起きてちょうだい?いいものを見せてあげるから」
こてりと小首を傾げながら、その反応の鈍さに年相応にふっくらと柔らかな白い頬を膨らませる。
「ええ……?それにこんなに薄い衣じゃぼく……」
「ほらあ、早く早く!」
少女に急かされ顔を洗うこともそこそこに、少年は戸口に立ってようやく目が覚めてきた。
「ねえ、待って?きみもぼくもこんなに薄い衣で外に出てはきっと怒られてしまうよ」
くいくいと腕を引く手を辿れば、目の前にいる少女の着物に目がいった。この季節にしては幾分薄すぎる。
寒がりな少年に比べて少女は太陽の子のように快活だが、いくらなんでもと慌てて引き止める。
「良いのよ。今日は。ほら、それよりも早く」
少女の方が僅かばかり少年よりも背が高い。力もそれに伴ってか、少年の止める言葉も聞かず戸を開けてしまった。
ああ、寒い……そう思いかけ、少年ははたと目を瞬かせた。
「寒く……ない?」
「そう、そうなのよ。今日はとてもいい天気なの!あんまり着ていたら暑くなっちゃうでしょう?」
麗らかな春の日差しのような暖かな陽光が身体中に降り注ぐ。
ここ数日の芯から冷えるような寒さに震えていた少年は思わず少女をまじまじと見ていた。
「小春日和というんだって爺様から聞いたの!さあ、行きましょう」
少女の笑顔は日差しに負けないくらいの眩しい。その手に引かれるまま、少女の言う'いいもの'とやらのある場所まで小走りにかけていく。
慣れたようにすいすいと、低い裏山の生い茂った木々の隙間を抜けていく。
「ねえ、まだ行くの」
先ゆく少女の着物の背を見つめながら少年はぽつりとこぼす。これ以上行っては怒られてしまうのではないかとはらはらし始める。
「着いたわよ!ねえ、見て」
そんな気も知らず振り向いた少女に促され、顔を上げたところでそんな考えは消えてしまった。
「あ……」
緩やかな風に吹かれる山間。見晴らしの良いそこは、赤と黄色とそれから様々な色に染まった木々に埋め尽くされていた。
燦燦と降り注ぐ陽光に、色付く山々、見つめる少女の瞳もきらきらと輝き嬉しそうに笑っている。
「悪くないと思うんだけど」
くすりと笑った少女はいたずらが成功した時と同じ顔だ。
強引に布団から引きずり出され、薄い衣で森の中を進み、散々だと文句を言いたかった少年だったがそんなことはどこかへ消えてしまっていた。
「そうだね」
その代わり、少女に負けないくらいの笑顔で笑ってやった。
偶然見つけたとても綺麗な景色。独りぼっちで見るのはなんとなく寂しくて、気まぐれに寒がりな幼馴染を連れ出した。
驚く顔と返ってきた嬉しそうな言葉。
きっと、この景色は一生忘れないだろう。