ササメside
毎年、春や夏になると、湖まで降りて来ていた。魔物や魔物以下のものも、春には、小さな子供が増えたり、行動が活発になったりする。植物も花を咲かせたり、葉っぱを出したり、秋口には実がついていたり、そういうのを見るのが好きだった。
集落は、結界が張られていて、気温も周りの景色も変わることはなかった。周りはずっと凍ったまま。セツナおねぇちゃんは何かを習いだしていた。「私も!」って言っても、大人達は「まだ、早いから。」って。他の大人達は、基本集落から出ない。1人だけ1年交代で誰かが、ふらっと居なくなって…。戻って来た人に、何してたのか尋ねても答えてくれない。「もう少し、大きくなったらね。」って、そればっかり。
夜、おかぁさんや他の大人達が長の家に集まったりする時も、「子供はもう寝なさい」って。正直、暇だった。ササメおねぇちゃんが、何かを習いだす前は、よく一緒に居てくれたのだけど…。いや、その前は、私が魔物刈りにも連れて行ってもらえなくって、ササメおねぇちゃんが帰ってきてから、魔力を分けてもらったりしていたかな…。
セツナおねぇちゃんは、ホントのおねぇちゃんじゃないけど、集落で私と一緒に居てくれる子供だった。いつの間にか、一緒によく居て、何時から、だったのかはよく覚えていない。でも、来てくれた時、すごく嬉しかったのを覚えている。
魔物をしっかり凍らせれるようになってからは、魔物狩りに一緒に行けるようになったけど、毎日行くわけでもなかったし、暇を持て余していた。昼も夜も、何かするでもなくて。おかぁさんが、家で何もない空中から何かを紡ぐように、帯を織っている。雪女の白い着物も、色がついた帯もこうやって作られて、着ていると、魔力が馴染んで、服が一緒に成長していく。帯は唯一、色を選べるので、こうして余分に作ったりする。見ていると、楽しそうで、「これしてみたい。」て言ったこともあったけど、「百冬越えてからね。」って。
ある時、内緒で集落を抜け出した。ある境から、雪と氷が覆ってなくて、1歩外に出ると、とてもだるくなって、でも、その時、とてもフラフラした、小さな生き物がいたの。
「うわぁ。」思わず呟いていた。
フラフラした青い生き物は、そのままフラフラ~、あっちにフラフラ~して、光を反射して木々の隙間に消えた。周りの木々も、いつもと違って見えて、何が違うのかと思って、近くの木に触れてみると、白くなって、徐々にヒビが入ってサラサラ砕けていく。そっか、緑が覆ってるんだ。自然と魔力を吸い取っていたから、それをやめると、普通に触れた。ゴツゴツしてて温い。そのまま、しばらく眺めていたの。
帰ってくると、おかぁさんに凄く怒られた。それまで怒られたこと無かったので凄く怖かった。その日の夜は、ずっとだるかった。その翌日、ササメおねぇちゃんが来てくれて、家で寝込んでたら、魔力を分けてくれて、少し元気になった。その後も、元気になると、ちょくちょく抜け出しては怒られ、寝込む事を繰り返した。あの景色が忘れられなくて…。
ある時、ササメおねぇちゃんがいつものように背中に手を当てて、魔力を分け与えてくれながら、「外に出るなんて、どうして?」って訊いてきた。「だってね、すごく綺麗なの。」って私は正直に答えた。ササメおねぇちゃんは少し諦めた顔をして「そう、あんだけ叱られても出るんだもの。出ないように言っても出るんでしょ?」って苦笑して、それからこっそり「どうしても、外に出るのなら、魔力を多めに吸収して行きなさい。怠くなりにくいから。」って教えてくれた。
「…セツナおねぇちゃん…」
意識が上がってくると、鉄の棒が縦に並んで石の地面に埋まっている。薄暗い室内。誰かの手が背中に充てられている。
「気がついたかい?」
ササメ「ぁ、はい、すいません。」
顔を動かして目で斜め後ろを確認すると、大人の女が魔力補充をしてくれていた。その手が、すっと引っ込められる。
ササメ「…あの、ありがとうございます。…私はササメといいます。あの…貴女は?」
私は上半身を起こして、近くの石壁により、壁にもたれ掛かりながら尋ねた。
「…名前なんて、どうでもいいさ。どうせ、すぐ死ぬんだから。…それに、お礼なんていらない。命令されてしただけだからさ。…それに、死んでた方が良かったかもしれないよ。」
どこか投げやりな感じで、女の人は答えた。知らない大人の雪女だった。同じように捕まったのだろうか。
ササメ「…でも、まだ死にたくないから。…やっぱり、ありがとうございます。」
そう言ってから、眼を閉じて、深呼吸をした。