ササメside
意識が上がってきたのか、身体の芯から溶けるような激痛が波のように引いたりきつくなったりする中、ふわりと優しく誰かの手がオデコに当てられたり、背中から温かく何かが流れ込んできたり。何度となく、繰り返され、時々視界に入るのは心配そうに、気遣う手がぼんやり。ユウリの妹が熱出して寝込んで危なかった時、ユウリの気遣う手つきってこんな感じだったなって。体が揺れているのを感じるから、移動しているのだろうか。ぼんやり、取り留めもなく、また意識が沈んでいく。意識が上がってきて、私を捕らえた男が自分の世話をしてくれている。手つきで、ずっと、この男が手当てしてくれていたのだと、判って内心、驚いていた。移動したり、止まったり、頻繁にしているようだった。
捕らわれた時は、すごく乱暴だったから、手荒く扱われるモノだと思っていた。そうして、ぼんやり目を開けてると、動けなくした生きている魔物をドンって何匹か置いて、食べろって。いつも、しているように、凍らそうとすると、鋭く身体の芯から頭に痛みが抜けていった。次に、気がついた時にはまた違う魔物が置かれ、恐る恐る、凍らせてみた。何も起こらず、ほっとした。うつらうつらしていると、時々、まだ、背中に手を当てて魔力補充をしてくれたり、オデコに手を当てて、痛みを和らげる魔法を使ったりしてくれていた。何日ぐらい寝ていたのだろう。
なんだか、もう、この人に、恐怖を感じなかった。捕らえられた時は、すごく怖かったのに…。
つぎに目が覚めると、まだ、馬車を走らせていた。魔物が馬車を追いかけていたし、お腹が空いていたので、素直に「お腹がすいた」って言うと、少し呆れられた。どうやら、その前に食べた時からそんなに時間が経っていなかったらしい。呆れながらも、ちゃんと用意してくれるあたり、かなりいい人だと思う。時間がくるまで、ほっとかれるかなって思ったのに。普段何匹くらい食べてたか、尋ねられた時はどうしようかと思った。だって、ユウリと一緒に依頼こなす時はかなり余分に手当りしだい吸収してたから。だって、そうしないと、危なかったから…もちろんユウリが、よ。
なので、朝食べてきた分だけ報告した。けど、それでも多かったようだ。
えっ、普通って何匹くらいなんだろう?
そう言えば、皆、そんな食べてなかったのかも。
意識がはっきりしてきて、縄を解いてくれた。多分、馬車から落ちる&馬に踏まれるのを防止するためだったようだ。日が落ちて、野営する為に止まった。冒険者っぽくて、すこしワクワクしてしまった。だって、ユウリと旅したことなかったから。冒険者っぽくて。
いや、だって、普通に家帰るのよ?薬草採取と、魔法練習との毎日で。ユウリと一緒だから楽しかったけど。それは、それ。
ほら、憧れっていうの?村の図書館行った時、解毒の魔法を覚えたくて、本を読んだりした時に、すごい、冒険譚があったりして、それも、読んだりしたし、ジュリちゃんに、教えてもらったりしたの。んで、見張りの代わり番とか、そういうのするって。こういうのは初めてだったから。…でも、ユウリと旅したかったな。
男は焚き火の前で食事を作って食べている。馬車の後ろに腰かけて、脚をブラブラさせて星を眺める。…もう、ユウリに逢えないのかなぁ…。
男は私に気を遣い、焚き火を、弱めて自分の体の影に私が入るように場所を移動する。
おかしくなった。捕らえておいて、奴隷として売り渡す癖に。生きてさえいれば、あとは、どうなろうが知ったことじゃないはずなのに。
…お金のため…かぁ…。
悪人にはなりきれないんだろうなぁ。
そう思うと、私は男に名前を尋ねていた。
男は名前を教えてはくれなかったし、私の名前を教えても、呼びもしなかった。まぁ、親しくなってどうするって話だしね。
男は、俺が憎くないのか?って尋ねた。正直、どうなんだろうって思った。確かに、痛い思いさせられて、ユウリと別れる事になった。でも、この人が来なくても、他の人がやって来ていただろう。
むしろ、自分の馬鹿さ加減に嫌気が差す。自分より強い冒険者のディアスさんが、私に逃げ隠れろって言ってくれてた。なのに、自分は強いし、いざとなったら逃げきるし大丈夫!なんて根拠のない自信を持ってたんだから。そっちの方がよっぽど痛い。
…どうすれば、ユウリと一緒に居れたのだろう…。って考えていたら、この人、ディアスさんの名前を言った。
えっ!知り合い?
しかも喧嘩したっぽくて、意気消沈している。私のせい!?だから、謝ったほうがいい?いや、そんな謝罪されても、私だったら困るわ!気まずい。うん…静かになっちゃった…。
でも話題変えてくれた。妹の話をしてるとユウリが浮かんできて…。
ユウリと使い魔契約した時には、負荷かからなかったのになぁ。…奴隷印は、キツい。今だにズキズキしているのだから。こんなに違うのに驚いたし、ユウリの時はよっぽど運が良かったのだろう。
身体の怠さや痛みは残ってたけど、魔力はそこそこ溜まっていた。男は、野営中、ずっと結界を張っていて、目の下にクマが出来ていた。この人、ずっと、私の世話を焼いてあまり寝れてなかったのだろうか。
結界を張るのを代わろうか、って言うと、商品なんだから休んどけって。商品って言ってるくせに、ずいぶん優しくする。時々、私を通して誰かを見ていた。変なの。
まるで、商品だから、って自分に言い聞かせてるみたい。だから、丁寧に扱ってるんだって。
だって、商品なら、最低限の食事を与えればいいし、縄をほどく必要もない。奴隷なのだから、この人は、私に結界を張るよう命令も出来る。そうすれば、自分が、休むことだって出来るだろうに。
でも、気遣いしてくれたのだから、遠慮なく休む事にした。
翌日から、食事の仕方を変えるように言われ、すごく戸惑った。今までにした事が無かった方法だったから。
凍らさずに、魔物から直接魔力を吸収する。
大人達が時々していた方法だった。移動中、ずっと練習したけれど、中々感覚が掴めなかった。けれど、この人が、丁寧に何度も根気よく教えてくれたおかげで、少しずつ出来るようになってきた。
そんな時だった。街の大きな門と大きな壁が見えたのは。