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オーラ・コミュニケーション  作者: 友城にい
第一章 黄色と青は紙一重
8/55

1-7

 そんなてんやわんやしている俺に、ひとつの爽やかな声が聞こえる。


『なんと! さっきまで人間だった小僧が、私と同じオーラになりおったぞ!』


 え? お、おーら? 俺がおーらに……なったってこと?


「俺、死んでないのか?」


 俺の質問にオーラは、腕を組み、首を傾げた。まあわかるわけないよな。

 要領を得たわけじゃないが、深呼吸をして息を整える。慌てていても仕方ない。この際だ。こいつにいろいろ訊いてみよう。


「お前はなんだ」

『だいぶ動揺していたようだが、もうよいのか?』

「質問に答えてくれ。お前はなんだ。幽霊……じゃないよな、少なくとも」

『それは私にもわからない。わかっていることは、この子――愛を幸せにさせたい。それだけが、私の使命』


 菅野さんを幸せにしたい……か。おそらくそれは嘘じゃない。嘘には聞こえなかった。


「これは俺の推理だが、お前はなんで、俺や宮坂さんから元気というか――『活気』を吸い取っている」


 オーラの精悍な太い眉がヒクッと動く。


『ほほう。小僧、そこは《運気》と言うべきではないのかな』

「たしかにな。俺も最初そう思ってた。だが、宮坂さんの状態を見るにピンときたんだ。これは、『気まぐれ』じゃないな、って」


 運気というのがあると仮定しても、奇妙なさじ加減だ。一度や二度、適量を取られたと過程しても、宮坂さんの疲労感は明らかにおかしな点が残る。そういえば、なぜあんなに……。


『小僧、賢いな。そこまで知っているなら、なぜ私が《活力》を欲しかったのかをお教えしよう』

「その前にいいか」


 オーラの言葉を手で制する。俺が知りたいのは、そこじゃない。べつに知りたくないわけではないが、俺がすぐ知りたいのはべつのだ。


『なんだ』

「なんで今日はよりにもよって、宮坂さんから吸い取ったんだ。俺が察するに今までは赤の他人から取っていたと推測するんだが」


 俺がそう言うと、オーラは「ふん」と鼻を鳴らす。


『悪いと思っているよ。愛の大切な友だからね。でも、いいじゃないか。少しだけ、ほんの少しだけ分けてもらっただけのこと。階段から落ちたのだって、その子の勝手なぎせ――』

「もういい。もうわかった」


 それ以上聞くのをやめた。俺には軋むような胸糞悪い話だ。オーラは『だろうね』と澄ました顔をしている。


『なら、仕切り直して話すけどいいかな』

「ああ」俺は視線をはずした。


『始まりは些細なことだった。愛のオーラに意識を宿したものの、愛は毎日楽しそうにしていたからね。私は大変暇を持てあましていた。なぜこの子に宿ったのだろう。そう思っていたある日、愛がこんなことを口ずさんだんだ。そう――



 〝もっと刺激のある毎日が欲しい〟って。



本人は冗談半分だったろうね。けど、私はそれを叶えてやろうと』


「みんなから〈活力〉を分けてもらったというのか」

『ご明察。そのとおりだよ。始めは、愛の友以外のクラスメイトから少しずつもらっていたんだが、なに故、この暑さだろ。一週間もしないうちにバテてしまってね』


 それで最近、クラスのみんなが異常に疲れているのか。


「それがなんで宮坂さんから吸い取ることに繋がるんだよ」

『まあ、そんなかっかしないでくれないか。これもすべて……愛のためなんだからさ』


 ずくっ、一瞬、俺の中でなにかがうごめいた。


『予想外の出来事――小僧にもよくあるだろ。愛が予想以上に強情になっていてね。それの影響かな。オーラが小さくなってしまったんだよ。そこで近くにいた、あの子の〈活力〉をしぶしぶ分けてもらったってわけだ。わかったかい』

「一ミリもわかるわけないだろ……」心の根底にある声で全否定する。

『わかるわけない? まあそうだろうね。小僧みたいな若造には、私みたいに誰かを想い、全身全霊で尽くしたいというのはわかるまい』

「わかるよ、そんなのぐらいなら……」

『十六、七の人生で誰を想ったことがあるのか、言ってみろ』

「家族とか……友達……あとは……」

『ふん、全然違う。そういう戯言は、遊んでから言え』

「戯言……? はは、そうかもな。お前が言っている『想い』と、俺の知ってる『想い』はたしかに多少の差異があるかもしれない。だがな――」


 これは俺の中の持論と、誰かのための代弁に過ぎない。それを勝手にほざいているだけ。


「お前の『想い』は、菅野さんにまったく届いていないのも、また事実――違うか?」

『小僧……貴様、なにが言いたい。それじゃ、まるで――』

「『私が間違っていたみたい』とでも言いたいのか。そのとおりだよ」


 オーラは、今まで意気揚々と自信満々で傲慢な態度の高飛車な物言いを演じていたのか、と思わせるようだった。数秒前のその姿はもう、俺の前にはいない。


「今のお前のやり方は、逆に菅野さんを不幸にしている。いや……もう不幸まっしぐらだ」


 俺がオーラの主張を自信を目標を強く否定したとき、オーラから異変が発生した。


『貴様、世の中にはな、言っていいことと悪いことがある。そして、貴様は今悪いことを言った。教えてやろう』

「なんだよ」


 ぎりぎり歯を鳴らし、悪に満ちた形相のオーラの腕が伸びていき、ツタのような形に変わる。


『貴様もこいつに吸われたのだから、知っているだろう。快感を』

「ああ、知ってる。一瞬だけお湯に浸かったような感覚になった」

『そのとおり。私は《活力》を吸う代わりに、蚊の動力で痛みを和らげてから《活力》を吸うのさ。こうすることで対価を払っていると思わないか』

「なにを言ってやがる。対価……? お前、なにもわかってないのかよ」

『ああ? 私がなにもわかってない? だから、そんな戯言は――』

「いい加減、うるせぇ……もう喋るな……」


 俺の中の「なにか」が弾けた瞬間、口から吐かれた否定だ。もう我慢できそうにない。温厚に終わらそうと思っていたんだがな……。それも無理なようだ。


『ああ? 今、なんつった?』

「だから、うるせぇ、って言ったんだ。この自己中が」


 静かに憤怒する感情が、胸中でざわつく。口からではなく、肢体から発散されそうだ。


『き、貴様……私が、私が自分勝手だと言いたいのか!』


「そうだよ。なにもかもが間違ってやがる。菅野さんの気持ちも考えずに、勝手に人から活力を巻き上げて、菅野さんを無意味に元気にさせて」

『無意味だと……あれは、私の中のチカラ《笑いを幸福にする力》のためだ』

「それがそもそも無意味なんだよ。気づけよ、武士なら」


 俺に圧倒されたオーラは、顔を大きく引いた。言い返す言葉が見つからないのか。


「幸せとは確約するものか。苦労することが悪で、避けなければならない道なのか。貧乏くじは、排除しなければならないのか。みんなが一度くらい、崖っぷちを味わえとは、言わない。――けど、こんな幸せ。菅野さんは絶対望んでなんかいない……お前、今日の菅野さんの顔を見たのか」

『愛の……顔……たしか、しょんぼりしていた』


 オーラの凛々しい顔が困惑に早変わりする。ツタだった腕も元に戻り、拳を作った。そう。こいつは、菅野さんを第一に考えているオーラなんだ。


「そうだよ。宮坂さんが自分を庇って落ちたことよりも、純粋に大切な友達に怪我をさせたことに後悔の念をずっと抱えている。そんな菅野さんは、俺から見てもとても幸せそうには見えなかった」

『……………………』


 オーラも、後悔したように俯かせる。黙りこんで、言葉を返す余裕もないのかもしれない。


「幸せって言うのはな。運気や笑いで決まらないんだ」

『……じゃあ、貴様は、なにで決まると思っている』


 俺の葛藤が相手に聞こえるわけじゃない。だから、伝えるしかない。それが俺にだけしかできない手段。


「人だ」


 俺も人に助けられた人だ。人がいなければ、ここにいなかった、きっと。


「人っていうのは不幸な目に遭っても、みじめな気持ちになろうと、それを跳ね返せるような大切な人がいることで跳ね返す人だっている。だから、誰かの手助けで人生を明るく歩いても、それはきっとつまらない」


 これは俺の言葉じゃない。ある人から教わった言葉だ。俺にしかできない最低限の手助け。それを訴えかけるだけ。


「オーラ。言っとくぞ。人って言うのはな。困難を乗り越えてこそ、素晴らしい道筋を残せて、生きていてよかったと思える人だっているんだ」

『……そういうもの、なのか』

「そういうものだ。だからこそ、菅野さんだって、宮坂さんのことを――――うっ!」


 言葉を最後まで言う終える前に、また急に頭がキリキリと痛くなり、再び意識が遠のいていく。俺……どうなるんだろ……。



     ☆

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