4-17
「よし」
――今一度、決心を固めて俺は、新樹の家に玄関から入っていく。入ると、許可を取るため、「お邪魔します」と大きな声を上げると、奥から「どうぞ」と新樹のお母さんの返事がくる。
そして、二階に上がっていき部屋の前に立つ。いつものようにノックして、「新樹、約束より遅れたけど来たぞ」と囁くように言う。
変わらず中から返答はこない。俺は毎日ノブを持って一度だけ、ドアを開く。ドアの前に新樹が座っているか、確認するためだ。
朝やらずに学校に行ったため、このタイミングで俺はノブを下げてドアを押した――。
「あれ? 開いた……」
全開までドアを押すと、暗いが見知った風景が広がっている。メルヘンらしさのない壁に好きなスポーツの女子選手のポスター。最奥の隅には、投げ捨てられたようにソフトボールの道具が転がっていた。
久しぶりに明かりが射しこんだ部屋の真横から、「まぶしい……」と少しアクの混じったような声が聞こえた。
「新樹か?」
目をやる。そこには体操服を着て、膝を抱えている新樹の姿が、だけど、
「――っ!?」
(お前さんよ――。こいつは、大変な事態に遭遇してしまったようだね)
リラが新樹に近づいた。その瞬間、新樹は不意に埋めていた顔を上げる。
「てん、し……?」
新樹の目線の動きが、リラをしっかり捉えているように思えた。それにリラが反応する。
「――なに!? あたいはきちんと透明化にしているはずだよ」
リラ。不思議なことじゃない。これは上原さんにもあった現象と同じだ。オーラのチカラが不安定になると、リラやオーラを視認できるようになるのかもしれない。
(な、なるほどね。憑かれている人自身も、オーラに近くなっているんだろうね。ならあたいは、一旦このおっぱいのおなごの死角に逃げるとしよう)
リラは、新樹の頭上に移動した。新樹のオーラをじっくり調査するらしい。
「……? 私、今日一日中、州をまってたんだ」
部屋をキョロキョロして、リラをさがしていたようだが、すぐに諦めた。
膝を深く抱えて、虚ろな目をしている新樹が、感情のない声で俺に喋りかけてくる。
「なんで? まあ嬉しいけども」
「今日――州が私に告白しようとする夢を見た」
俺は、内心ドキリとした。反応しようにも、新樹は虚空を見つめている。そのまま、おかまいなしに新樹は続けて、夢の話をした。
「昨日はコウが私のことが好きだ、て州に明かすビジョンを見た。最近、毎日見るようになった。これって全部本当、なの?」
虚ろな目のまま、俺を横目で見やってくる。
「ああ、全部本当だ」
俺が肯定すると、頭上で調査していたリラが意味深に呟く。
「夢? …………。ふーん、なるほどね。わかったよ。このおなごのオーラの正体が」
まるで名探偵染みた言い方で、謎を解いたリラ。俺がすぐさま、「教えてくれ」と宙に浮くリラを見る。しかし、リラはもう包み隠さず、新樹の前に下りた。
「お、おい、リラ、いったいどういうつもり……」
(まあまあ、見ておれ)
リラは俺にそう言うと、新樹の瞳を凝らしながら、あることを始めた。
「色海新樹、だったね。いろいろ訊きたいことがあるんだけど、いいかい?」
「あ、アフロの金髪……え、これって、正夢……?」
新樹は、ジーっとリラを見つめる。おそらくだが、過去に見た夢と照らしあせているのだろう。
「お前さんは、予知夢のチカラに目覚めているようだ。さっき話している内容からいって、自覚はあるみたいだけど、いつからだい?」
「えっと……期末テストの前くらいから、かな」
新樹は淡々と答える。言葉に生気は感じられない。
「その夢には、順序はあるのかい? ほら、近々起きる順番さ。新しい順に見る、ってとか」
「関係ないよ。明日だったり、一週間だったり、あとに見た夢のほうが先に起きたり、バラバラが多い」
「鮮明さはわかるかい。色がついてたり、きちんと声が入ってたり」
「夢によるかな。色があって、声もあるし、途切れないキレイな映像のときもあれば、モノクロで声がないときもある。さまざまだよ」
「その夢に――解森州だけが視るオーラが出てきたことは、あるかい?」
リラがどんな意図で訊いているのかわからない。でも、ひとつだけ言えるのは、リラは新樹のオーラの重度を知ろうとしている。
「一度だけ――ある。まさにこのシーン。私が暗くなっているところに、小さな天使のような女の子が現れた。そして、上を見ると私のオーラはすごく淀んでいて、気持ち悪くて。それを女の子がどうにかしようと、いろいろな質問をしてくれていた。そんな夢――」
リラが現れた日の朝に、俺に話してくれた内容だった。所々、端折ってくれていたのか。俺に気を遣って……。
「なら、最後だよ。色海新樹。そのオーラがもし――生きていたら、どうしたい?」
新樹が前に俺に話してくれたとおりだった。あれは、「どう思う?」と訊いた。けど、今回は自身のことだ。だから、リラは「どうしたい?」と言ったのだ。
「私には、難しい話だよ。そこらへんは全部、州に押しつけていい……?」
徐々にだけど、虚ろさはなくなっていた。けど、まだ生気を感じない目をしている。
「ああ、俺にまかせろ」そう託された。新樹は俺が助けたい。できるかぎりなら。
最後にリラは、新樹に「少し話すから、休んでていいよ」と言い、俺に顔を向けた。
「これでわかった。おなごには、三つのオーラが入り混じっているんだよ」
リラは、小さな指を三本立てた。




