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「州……?」
新樹が心配そうな顔をする。俺は、「なんでもない」と冷静を保とうと自分の弁当に目線を戻そうとした。
でも、〈腕〉の行き先が気になってしまって、そちらに目をやってしまう。
「――サイアクー。私最下位じゃーん」
盛り上がる話題は、どうやら毎月の楽しみである占いのページ。どうやら菅野さんは運勢が悪かったらしい。いかにもな会話で、背もたれに寄りかかる。そのメイクばっちりの顔はあまり残念そうにしていない。気分とノリだろう。
菅野さんのオーラに変化はない。ならあの〈腕〉はなんだ。
「ふふふ、あたしは一位だったよ。ラッキー。いいことあるといいなー」
「マジ宮坂いいなぁ。私と代わってよー」
菅野さんがおねだりするように、宮坂さんに抱きつく。
着崩した制服。襟のリボンなどもはずしている。印象的にはボーイッシュな風貌の宮坂さん。彼女は菅野さんと一番仲が深い。
「ダーメー。これあたしの運だもん。いいじゃん、愛も最近ついてるし」「ケチー」
他愛のないような内容の会話。なんでもない――のなら、どれだけよかったか。
俺は思わず立ち上がった。「なにする気だ……」
菅野さんから伸びた〈腕〉が宮坂さんのオーラに食らい繋がり、そして――ストローのように吸い始めたのだ。
「州、どうしたんだい。いきなり立ち上がって」
コウも声をかけてくる。
ハッと我に返り、オーラ以外を見渡す。気づけば、教室にいた数人の生徒が俺をじっと見る――いや、嫌気の差すような視線を浴びせる。
「またあれだよ」「ホンット解森ってさぁ」
「こら。また港くんに」「あ、そうだった。でもさぁ――」
〈腕〉は一定の量を吸収すると満足したみたいで、菅野さんのオーラの中に戻っていった。
それでもオーラに変化は現れない。ほんとになんだったのだろうか。けど、今まで見たものと明らかな違いを感じる。そうあれはまるで――
「州っ! 食事中は用事がないとき以外、立ったらメッ!」
「あ、ごめん……」飛んできた新樹の当然のような叱責に、俺はすばやく座り直した。
「いきなりどうしたの?」
「……え、あ、なんでもないんだ。ホント気にしなくていい」
俺が強く拒むとそれ以上、新樹は深く訊いてこなかった。なんだか申しわけない気持ちになる。「じゃあ私、そろそろソフトのほうに行くね」
黙々と食べていると新樹がそう言う。時間を見ると長い針が上り始めている。昼休みもそんなに長くない。
「おう。気をつけろよ」
「うん。またあとでね」
新樹はそそくさと食べかけの弁当をナプキンに包んで、イスを元あった場所に戻す。弁当をカバンにしまって、廊下に逃げるように飛びだしていった。
勘づいてはいるはず。俺の異変に。新樹のオーラがそう語っていた。でも、ここに新樹の出番はない。本人がそれを一番わかっている。
さて……こうしている暇はない。
「では、会議といこうか、州」
「おう」俺とコウも席を立つ。かぎられた時間の中で、もたついている場合じゃない。即座に片づけて、教室を出ていく。
会議の場所というのは、学校の屋上である。
この時期の屋上は人の出入りが少ない。理由のひとつが暑い。時間が時間なだけに太陽が南中にある時間帯。見晴らしがいいスポットとして有名で、生徒には残念がられている。
俺とコウはあえて、この場所を選ぶ。なぜかというと他人に聞かれては困る話だからだ。
「倍ぐらい、あっつい……」わずかな屋根のある影に俺とコウは腰を落とした。
「州。もっとほかにいい場所ない? さすがに外で慣れてる僕でも、ここは暑いと思うよ?」
「でもほかに人目がつかない場所もないし……しょうがないだろ。つべこべ言わずに会議するぞ」
俺が無理に会議を始めるとコウは観念したように、「わかったよ」と諦める。
「それで、今日の菅野さんはどうだった?」
コウも俺の能力のことは知っている。そして、菅野さんの異常についても。
「正常になってた。昨日までが嘘なくらいに。あくまでさっきまでは……」
「その様子じゃ想定外の出来事でも起きたみたいだね。州が思わず立ち上がってしまうほどの」
「さすがだな、コウは。思わずは余計だが」
「たいしたことないよ。州の顔にそう書いてある」
加えて「州はわかりやすいよ」と、買ってきていた紙ジュースをストローですする。
「でもあれは想定外なんてものじゃない」
「なにが起きたんだい? 気づいたら立っていたぐらいの現象って」
ほっとけ、とツッコミ、話を続ける。
「菅野さんのオーラが――『生きている』かもしれない」
真剣に、嘘のようでバカみたいな俺の話にコウは疑うことなく、「緊急事態ってことかい」と冷静に返してくれる。
「そうかもしれないな。俺もさすがにあれは――少し怖かった」
そして、気がかりなことが俺にはあった。
俺が教室から出るとき、宮坂さんがキツそうにしていたこと。それと――オーラが極端に小さくなり、存在さえ消えかけていた。吸引の影響だろうか。
「州?」
「あ、いや。きっかけかは定かではないが、菅野さんが羨ましそうに宮坂さんに強請った途端に、オーラから『腕』みたいなものが出てきたんだ」
「腕……?」
疑問を持つコウに、手に持っているジュースを指差して、
「例えるならば、そのストローだ。腕がオーラをストローみたいにじゅーと吸いだしたんだ。一定の量を吸うギリギリまで。これって、なんだと思う?」
「興味深い話だ。そうだね。今までの傾向から推測するに、菅野さんは宮坂さんの運のよさを欲しがった。無意識的に。それがオーラに伝わって、オーラがオーラを食べる。もしくは吸収した。これって昨日までの肥大化と関係あって、一致すると思わないかい?」
「俺は関係あると思ってる。初めからオーラは生きていた。少なくとも先週から――」