4-11
「厳正なる召喚――《オーラ・コミュニケーション》を解森州に発動を許可する」
何度やっても慣れないオーラ召喚に、俺は身体を強張らせていると。刹那。みるみる雲にでもなった気分で、軽くなっていくがわかる。俺はオーラになった。
さすがに三度目だ。ここらへんは、もう平気そう。俺の本体は、召喚前に日陰に座っていたので、だいじょうぶだ。心配することはない。
リラがもう一度、十字架を掲げた。鈴宮さんに憑いたオーラを呼びだす気だ。
「それじゃ、あのおなごのオーラをここに呼びだそうかね」
『その必要はない。我はここにいる』
「――っ!」俺はズシリと重量を帯びた声のする、上空を見た。
「お主、どうやって。それはいいとしても。これはいくらなんでも、デカすぎやしないかい……」
リラも唖然とし、驚嘆するほどの大きさを誇る灰色のオーラが、直立不動していた。三階建ての校舎の大きさを、軽々超える身長だ。高さも驚きだが、なによりも――
「その姿は――力士か」
『我もお前と同様、話をつけに参った。お前には関心がある。なにせお前には、我のチカラ――《嘘を嘘だと疑う心を無くす力》が効かなかったからな』
丁髷に鋭い目つき、筋肉の塊だという圧迫感のある体躯。同色しかないオーラなのに、まわしにだけ黒みがついている気がした。それほどまでに、このオーラには迫力があった。
「つまるところ嘘が本当のようになる、ってことか? それで新樹がすぐ信じてしまったのか……」
『鈴宮殿がそうしたかったのだ。許してはくれないか。我のチカラを鈴宮殿は自覚している――それを、遊び半分で使ってしまうのだ』
「だけど、見て見ぬふりをしているってことだよな」
言うところの「黙視」だ。チカラを乱用されているのに、このオーラは見た目だけで、鈴宮さんにすごく甘いと窺える。
『お前の言いたい気持ちは充分に伝わる。だが、まずは我の質問に答えてくれないか』
稽古でボロボロの掌を突きだす。オーラの体格差がありすぎて、俺は掴まれでもしたら、ひとたまりもなさそうだ。
『お前は、偏見を持っているか』
意外な質問だった。いかにも関連していた、「嘘をどう思うか」これが妥当だと思っていたから。
「偏見か。そうだな。といっても、俺自身がまず偏った存在だからな。なんとも言えん」
『お前は自分を周囲に理解してほしいか』
このオーラの質問の意図が読めない。まるで鈴宮さんと話しているみたいだ。
「それは不可能に近いと思っている。人は常日頃、いつ何時、どこかの瞬間に、自分でも気づかないうちに変わるからな。以心伝心でもないかぎり、無理難題だろ」
『最後だ。お前がもし、自身の持つ個性を否定された場合、どうする』
「それは何人中、何人の否定派だ。それによって俺の判断は変える。百人中百人が否定するのなら、俺は墓場までその個性を持っていく。けれども、一人でも肯定もしくは、どちらでもない人がいるのなら、俺はその個性を否定しない」
その言葉は、自分の存在を消さないための言葉だ。俺の存在意義を見出すための、ご都合主義な解釈。
『ならば、お前のその返答を少しいじわるではあるが、つけ加えよう。もし否定派にお前の大切な人がいたのなら、お前のその考えは覆るのか』
「覆らない。静かにその人の前から消える。俺はその人の考えを尊重したいから」
俺の答えを聞いて、オーラはゆっくり瞳を閉じた。そのまま二回ほど頷くと、言葉を発する。
『潔いと言えば、好感的。執着心がないと表せば、非常に卑怯な〝平和主義者〟気取りの思考をしているようだな』
――平和主義者。それでいて――偽善者。俺を表すのに、適している当て嵌まった印象だ。
『では、今のお前の思考を前提に、問うとしよう。我の本筋である。――嘘をどう思うか』
「一言で言うならば――リスクだと思う」
『リスクとな。それは、どんなリスクになるうるものになるのか』
「お前のチカラのとおり、嘘だとバレなければ嘘は嘘にならない。言った本人以外は、それが本当になるだろう。だが、裏を返せば、そこには相当のリスクが伴う。バレた暁には信頼を失うことになる。たとえ、そこに優しさがあったとしてもだ。だから、嘘をつく人は、つく人で信憑性を作りたがるんだ」
『なるほど。それがお前の信念であり、嘘に対しての想いの強さ。そう捉えて間違いないか』
「なにが言いたい」俺は、眉間にしわを寄せた。
『嘘には多種多様の使い勝手さがある。優しい嘘。ついてもいい嘘。小さな嘘。バレない嘘。必要な嘘。これは全部、お前たち人間が都合よく作った嘘だ。嘘に大きさなんてない。すべてが平等に嘘になる』
俺とはまた違った嘘の価値観。でも、俺はその価値観を理解できなかった。
「その理屈がお前の信念だというなら、それには含まれていない。悪意に満ち足りた嘘だろうと、お前には平等だと言うのか……」
俺は、喉から絞りだすようにオーラに問いかけた。
『――無論だ。我に例外はない』
きっぱり言い切るオーラ。その返しに、俺は反応することができなかった。反論する余地がいくらでも残されていようとも、俺にその言葉たちを信用することができなかったからである。
『問う――。お前は嘘で固めた人。本音で生きている人。どちらに好感が持てる』
「適度によるかもな。どちらかに振り切っているってことだろ。本音で生きているのが、子供で、嘘で固めている人が、大人ってイメージな気もするが」
『そろそろ本題に入ろうか。お前は、鈴宮殿の顔をしっかり見たことがあるか?』
次々と流れこんでくる問い。俺は、流れに逆らうこともできなかった。今の俺にできることは、質問にひたすら答えていくだけ。
理解が追いつかず、「どういうことだ……?」と目を細めた。
『鈴宮殿はずっと悩み苦しんでいる。己に。ただ異性を好きになれない。それだけでだ。同性の女の子が好き。これのなにが悪い!』
張り裂けそうな心のうちを明かす。
オーラ――力士の目つきがどんどん厳つく、強烈さを帯びていく。土俵上で戦っている力士の勇士は、こんな面構えだった気がした。
『でも鈴宮殿は優しかった! 中学一年生のころだ。鈴宮殿は、親しかった友達に告白した。ずっと好きでしたって。もちろん女の子だ』
「待て。鈴宮さんが中学一年生のときには、お前はすでに鈴宮さんのオーラとして憑いていたのか?」
思わず、訊かずにはいられなかった。
『たわけ! いいから最後まで聞け。鈴宮殿なりに悩んだ末の答えだ。でも、その友達はゴミでも見るような目で言い放った。「マジでキモ。死ね」ってな。鈴宮殿のことはすぐに広まった。それから誰にも相手にされなくなった。ただ同性が好きってだけでな』
力士の眼孔は見開かれていた。鈴宮さんの苦しさをこのオーラも知っている。だから必死に、ありったけの抱えていたものを俺にぶつけてくる。
『鈴宮殿は高校生を機に自分を隠した。嘘という皮で自分を守った。そこで我は誕生した』
「誕生した……? 憑いたの、間違いじゃないのか」
『我の概念は鈴宮殿の胸の中にずっとあった。だから、鈴宮殿のことは把握している』
俺の背後を浮遊していたリラが、首を突っこむ。
(そんなことが可能なのか! いったいどうやって、裁判官の目を……)
しかし、オーラはリラを無視した。
『お前に、今でも苦しんでいる鈴宮殿の皮を生成している我を排除する権利――違うか、お前に鈴宮殿に未来を、勇気を、与えられる自信があるのか?』
「俺は……」
あまり自信があって、檀上に立ったわけじゃない。でも、心のどこかで鈴宮さんの事情を少しでも知って、救ってやりたい自分がいたのかもしれない。
それがさしでがましいことだと知っているのに。
『どうなんだ!』
たとえ、このオーラを取り除いたところで俺は、鈴宮さんになにができるんだ? 友達になる? 相談に乗ってやる? 背中を押してやる? なんだこれ……。上辺だけの対応じゃないか。こんなもので誰が喜ぶんだよ……。
「はは……」俺は言葉ではなく、渇いた笑い声が出る。それに痺れを切らしたオーラが、俺に指を差して、
『我は思う。狼少年が信頼を失うという考え方を。人間は、嘘と建前の生き物だ。嘘をついてなにが悪い。だからな、お前は引っこんで在りもしない現実を見ているがいい!』
オーラは、俺を覆うほどの大きさの掌を、突きつけた。
『もうお前と話すこともないだろう。さらばだ。つまらない人間よ――』
そう言って、掌を俺にぶつけた。瞬間――俺は強制的にフェードアウトを余議なくされた。俺は説得に失敗した。わかっていたはずなのに、悔しい気持ちでいっぱいになる。
――クソ……、と。
そして俺は、深い闇に堕ちた――。
☆
まただ――またこの夢だ――。
見たくも聞きたくもないのに、俺の意思を無視して、たまに再生される『カセットテープ』が強制的に流れた。




