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オーラ・コミュニケーション  作者: 友城にい
第四章 真実(うそ)から出た嘘偽(しんじつ)
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4-9

「黙って聞いていれば好き勝手に妄想して、想像して、意見をくっつければそれを提出物みたいに、はいどうぞ、これが真実です、みたいに自己完結して、本筋をガン無視しやがって。今さら引き下がれませんってか。今さら、はい、ごめんなさい、勝手に推理しました。とは言えませんてか。それが新樹ちゃんの信頼しているきみらのやり方かよ。はっきり言って、がっかりした!」


 コウは激怒した。いつも穏やかに、なにをされても眉ひとつ崩さず、笑顔を浮かべているコウが、口調や人相をグルっと変えて憤怒している。俺のための爆発だった。

 コウが怒るのを見るのは二回目だ。同じ赤だが、淀みのない心地よい赤だ。俺を守るための『怒り』だからだろうか。

 一回目も俺のために怒ってくれた。同じような状況で怒ってくれたことがある。その気持ちは、胸が張り裂けそうなほど嬉しい。けど、


「州がやった証拠もないのに、なんだ。今までの行いか。きみらの中に固定された概念が。あいつなら、新樹ちゃんを傷つけそうなことを平気でしそうという。そういう勝手な思いこみが、きみらの頭の中で発展して、成長剤でも打つみたいに大きくして、噂が噂を呼ぶように、州を犯人に仕立て上げることで、いるかもわからない犯人像を具現化させた。そうなのか!」


 俺は気づいていた。コウの言葉に耳を傾けている者が、一人もいないことに――。

 表情を見るかぎりでは悪びれているようにしょんぼりしているが、クラスのみんなが窺っているのは、あくまでコウの機嫌だけ。

 それに俺は気づいていた。俺が懸念していたのはそういうこと。コウが、新樹が、俺の両親が、先生が、校長先生が、国の偉い人がやろうとも。俺の信頼を得るのは、不可能なのだ。俺が太陽の光を浴びる日は二度とない。俺は見ているだけで、みんなから見えないように海の底に姿を消す。泣き叫ぼうとも聞こえない深さだ。


「コウ……もういい。俺は満足だ。コウのその気持ちだけで、俺は元気が出た。だから、まずは座れよ。な?」


 俺は場を静めるためにコウをなだめた。けれども当のコウは、怒りを抑えることができず、息をさらに荒げてクラス中を睨めつける。そして唐突に、


「州、行くよ――」

「は? お、おい……」


 コウが、イスに座っている俺の制服の襟を掴んで、強引に教室から連れだされた。そうして、無理やり連れてこられた場所は――


「屋上……? それよりいいのか。もうすぐ始業式が――あ」


 キーン、コーン、カーン、コーン、古きよき開始のチャイムが、校舎中に鳴り響いた。


「やっぱり、御盆明けにもなると、屋上も涼しくなってるね。夏休み前とは打って変わって、過ごしやすいとは思わないかい?」


 背伸びをして、何度も何回も何往復も、コウは深呼吸をする。風を受けて、おもむろにポケットからケースを取りだし、メガネを取りだした。わざとだったのか。


「どういうつもりだ。こんなところに連れてきて」


 伊達メガネをかけて振り返る。コウのオーラは揺れていた。『豊かさ』が。怒りを鎮めるための『ゆとり』を。『豊かさ』を保つための心に『ゆとり』を作ろうと奮闘していた。


「う~ん、そうだね。強いて言えば、あの場にいたくなかったのと。州と話をしたかった。『男の話』をね」

「なんだよ。男の話って……」

「わからないかい。僕と州のアイドル――新樹ちゃんのことだよ」


 グスッ、と俺の胸に直接、矢が突き刺さったように痛くなる。外装完璧の俺の胸に深く刺さったのだ。さっきはあんなにも無傷だったのに。


「そろそろはっきりさせておこうと思ってね。ズバリお尋ねするよ。州は、どう思ってるの?」

「話がまったく見えない。どういうことだ。新樹のことって……」


 本当はわかっているくせに。俺は全力でとぼけてみせる。


「逃げるなよ、解森州。僕には州のことなんざ、なんでもお見通しだって、前に言ったはずだよ。あんな明るくて、気さくで、一緒にいて楽しいのに、それ以上ないくらいの美人で、裏表もないのに、あんなに可愛いんだよ。あんな子が、いつまでも州のそばにいると思うなよ。新樹ちゃんのことなんて、いつだって誰かが狙っているんだ。それなのに、州は――」


「じゃあ、コウはどうなんだ。やっぱり……」


 俺は悪あがきをしたいがために、心に思ってもいないことを叫んだ。


「好きだよ――大好きだよ。一生一緒にいてほしいぐらいだ。できるなら、州には渡したくないね。だからこそだ。州はどうなんだよ」


 俺は、新樹がそばにいてくれているだけで満足していた。不遇なのか、と問われれば不平等。それ以上の関係を求めることを、心の中でおこがましいと思っていた。実際、おこがましいのかもしれない。それが俺の隔てりであった。


「嫌いじゃないんでしょ。新樹ちゃんのこと」

「そりゃ嫌いじゃない。どっちかと訊かれたら多分……」

「好きなんでしょ? それでいいじゃないか。なにが悪い。いったいどこに迷ったり、ためらったりする理由があると言うんだい。素直に認めていいじゃないか」


 俺のやり方は間違っているのだろうか。コウの言うとおり、素直に認めてみてもいいんじゃないか。胸の奥にある扉に押しこんでおくことが、最高の幸せのあり方だと思っていたが、それは大きな勘違いで。コウの言うとおりの、「好き」ということを肯定してしまうことが、誰にとっても幸せになりえる、唯一の方法なのか……?


「なあ、州。なんで、新樹ちゃんは引きこもってしまったと思う?」


 葛藤し、頭を抱えている俺に、コウが突拍子のないことを訊いてくる。


「それがわかったら、苦労しな――」


「――州のことが好きだからだよ。新樹ちゃんは、ずっと州のことが好きなんだよ。気づかないのかい。州言ったよね。新樹ちゃんのオーラが『嫉妬』かもしれないって。新樹ちゃんは、州が鈴宮さんに取られたと思って引きこもってしまった。僕のこの推理は間違っているかい?」


 たしかにその見解なら、新樹のあの状態にも合致がいく。でも、だからといってそこで俺がこの気持ちを肯定してしまう理由にはならない。


「新樹がそう言ったのか? それとも、コウがそう捉えただけなのか」

「僕が勝手にそう決めつけただけだよ。おそらくだけど、新樹ちゃん本人は恋心を抱いていることにさえ気づいていない。新樹ちゃんはあれで、心が未成熟なんだ。それは州も僕も同じ。だから、自分自身を認めてあげることが大切。僕はそう考えているよ」


 自分を認める……か。一番できそうで、一番できていないことなのかもしれない。俺は、自分に嘘をついている。おまけにそれを善しとしている「偽善者」だと、リラに言われた。

 今、自分に一番必要なこと。それは――


「――俺、新樹のことが好き。コウよりも、この学校、世界中のみんなよりも、新樹を好きでいられる自信があるくらい、俺は――色海新樹が好きだ。この心に偽りはない」


 コウにはっきりそう告げる。コウは安心したように顔を緩めて、俺に言う。


「なら、問題はないはずだね」

「なにが?」気づけばコウは、いつもみたいなオーラに戻っていた。

「僕と州が争う理由だよ。州が新樹ちゃんのことが好き。そういうことなら、僕は潔く身を引くってことさ。無駄な戦はしたくないからね。ましては州とは」


 すっきりした顔つきで、コウは俺の横を抜けていく。まさかと思うが、俺は嵌められたのか? コウはそのまま戸のノブを握った。


「タイミングもいいところで、ちょっと飲み物でも買ってくるよ。州はなにがいい?」

「じゃあ、柑橘類で頼む。お金はあとで払うから」

「いらない。僕のおごりだ。せっかくのお祝いだからね」

「なんのお祝いだよ」とツッコミを入れると、コウは笑った。そして、笑いながら買いに行った。束の間の、独りの時間の合図でもある。


 ――好きだよ――大好きだよ。一生一緒にいてほしいくらいだ。


 コウの新樹に対しての想いをストレートで伝わる、素敵な告白だ。しかし、コウは俺の背中を押すことで、この想いを封じこめることにした。

 俺はコウの想いを引き継いだ。そういうことになる。絶対、無下にするわけにはいかない。今日、帰ったらこの想いを新樹に伝えたいと思う。

 そんな俺の決心の瞬間に、誰かが階段を上る音が聞こえだした。コウか? それにしても早すぎるか。俺は戸を見つめる。


 ガチャ、と物静かに開いた人物は、


「す、鈴宮さん……」


コウの秘めていた想いを聞き、託された州。

そして、ついに――


友城にい

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