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「新樹――――っ! 俺、やっぱり―――っ! 新樹のこと――――っ! すっげー、尊敬してる――――っ! 逃げずに、かといってずっと、自分を信じてる新樹を――――っ! 俺は――――っ! スキだ――――――――っ!」
俺は頭に乗せていたタオルを振り落とし、簡易ネットにしがみついて、できるかぎりの大声で応援した。というより、自分の思いの丈をぶちまけただけだった。
俺からマウンドまでけっこう距離はある。俺が叫んだことは、もちろん気づいているだろう。選手から関係者から観客から、ほぼすべての人の注目を集めていたからだ。でも、マウンドに立つ新樹だけが、俺のほうを振り向いていなかった。
不思議だったが、オーラを視るとキュウリのような濃い緑、『動揺』を現していた。
完全に聞こえていなかったわけではないようだ。そりゃいきなり、誰かが叫び始めたら動揺もするよな。それも俺だし。知人として恥ずかしかったのだろう。
別段、俺も最初からすべてを伝えるつもりで、大声を上げたわけじゃない。あくまで少しでも、一部だけでもと、叫んだ次第だ。
そんな俺の騒動で、中断されていた試合再開のコールを促される。すぐさま新樹は、モーションに入り、ボールが投じられた――
――キーン、
この試合初の爽快な快音が鳴り響く。新樹の渾身の一球が跳ね返された先を、俺を含む、全員が追った――。
☆
「そんなに落ちこむなよ。新樹は誰の目から見ても、大健闘だったはずだ」
「うん……キャプテンにもそう言われたよ。違うんだ。私、こうなるんじゃないかなぁ~、って予感してたんだよねぇ」
新樹は帰路の途中に黄昏に満ちた空を仰ぎながら、そう呟いた。
「それって、あれか。新樹がたまに言ってる。夢のことか?」
「よくわかったね。うん。昨晩、見たんだ。今日あった、延長戦にホーラムンを打たれる夢。また正夢になったね。もうこれ、私、予知夢って呼んでもいいんじゃない?」
新樹は、バットなどが入っている重そうなバッグを左右に振り回しながら、俺の前を行く。そして、歩みを止めてそのまま振り返った。影が縦に大きく伸びる。茜色に焼けた雲をバックに、新樹はバッグを後ろ手に持ち、はにかみながら前かがみになった。
「ねぇ、州……」と、甘い声音で俺を上目遣いで見つめだす。それを一秒のズレなく、同時に動く影は、さながらノンフィクション映画のようだった。
「なんだ。改まって」
「さっき、試合中に叫んでた内容に、その……私のことが好きだって……ほ、ほんとう?」
「――っ!? そ、それは、あくまで努力して、自分を高めて、一点をずっと見つめてて、その一点を信じている新樹が好きだ、って意味で。べ、べつに深い意味は……」
急に雰囲気を出してくるから、なにを言いだすのかと思えば。やっぱり全部聞こえていたみたいだ。当然か。
俺も俺でテンパって、早口になってしまった。新樹に言われて考えるが、柄にもないことはするものじゃない。普通に恥ずい行為だよな……。
「そのわりにやけに動揺しているみたいだねぇ~」
いつもみたく、にやにやして顔を近づけてきた。マシュマロにも似た、ふにふにに緩んだ表情なのに、俺を弄んでいるようにも思える。
「それより、本当によかったのか。祝勝会に参加しないで」
新樹は、きょとんとした顔をして俺から離れる。「いいよ」と素気なく言う。続け様に、新樹はくるんと反転し、後ろ歩きで俺の顔を今度は覗きこんでくる。
「キャプテンも無理に参加しなくていいよ、って言ってくれたし。なにより――州と話をしたかったから」
「なんだよそれ」
「最近、私、練習続きで州と話をする機会が少なかったでしょ。州もさびしがってるかなぁ~って。私の元気を分けてあげないと、州すぐに目が据わるからねぇ」
「俺はいったい新樹のなんなんだよ。俺は、ロボットかなにかか?」
俺がそうツッコミを入れると、新樹は喜色満面と言った感じか。るんるんと後ろ歩きだというのに、スキップを刻む。器用なやつだ。
途端、新樹の動きが止まった。「あ、誰かが手を振って走ってくるよ」と新樹が言うので踵を返すと、遠目だが見知った人物が、新樹に負けないぐらいの笑顔で駆けてくる。
屋上にいた彼女だった。小柄な体型でありながら、滝のように流れ落ちる黒い髪を激しく揺らして、全力でこっちに向かってくる。
あのあとも度々屋上を見ていたが、けっきょく彼女は、試合終了までいた。でもなんで、彼女が俺と新樹を追いかけてきてるんだ?
「あ。あれ、咲妃乃ちゃんだ」
「新樹、あの子のこと知ってるのか?」
そういえば彼女の名前を訊くのを忘れていた。自分の名を知っていたばっかりに、こっちから訊くタイミングがなかったのもあるが。
「知ってるもなにも、咲妃乃ちゃん――鈴宮咲妃乃ちゃんは、ソフト部の『元』部員だったから。でも、練習三日目で辞めちゃって。そんなにまだ知らない、かな」
それでも二日間しか共に練習していない部員の名前を、よく憶えていた新樹は偉い。
俺は彼女――鈴宮さんにまだ不確かな、疑問のようなシコリを感じていた。胸の奥の奥。底に届きそうなところで静かに埋まり、手探り程度じゃ見つかないように眠る。俺を欺くために、わずかに膨らんだ封印された箱は、シコリだけ目印をつけていた。
その箱を開ける鍵は、案外身近に――
「解森せんぱーい。まってくださーい」
手をぶんぶん振っていた、鈴宮さんは息ひとつ上げず、ようやく俺たちのところに追いついた。
俺は軽く驚いている。だって鈴宮さんが、最初会ったときとはまるで別人のような顔つきと、口調まで変わっていたからだ。
「あ、色海せんぱい。おひさしぶりです。きょうの試合、すっごくよかったですよ」
礼儀正しく、新樹に頭を下げる。そして、上げるときはなぜか、俺のほうを向いて顔を上げた。その動作のひとつひとつに、俺はただ戸惑った。
俺は鈴宮さんに、違和感しか湧いてこない。リラに訊く。こ、これって……。と。
(やっぱりね。あたいの観察眼に間違いはなかったようだね。でも、なぜこんなに色が濃く……)
「ねぇ、州って、咲妃乃ちゃんと知りあいだったの?」
「ああ、えっと、鈴宮さんとは――」
「あっれぇ~、あれれ~? 解森せんぱい、だめですよー。とっても、とぉぉぉぉぉってもだいじな、ともだちにヒミツにしちゃあ。色海せんぱい、じつはですねぇ。解森せんぱいと、わたしはですねぇ。おつきあいをしてるのですよ」
「――――――――――え」
次回が気になるぞよ! (白々しい)
友城にい




