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この日は予定通り答案用紙が返ってきた。そのあとは通常授業をやって、約束の昼食の時間が訪れる。
「おーい。港、一緒に食おうぜ」
「ごめん。僕こっちで食べるからさ」
「新樹ちゃーん、一緒に庭で食べなーい」
「あ、私先約があるんだー」
二人が俺の前と横にイスを持ってきて腰かける。んで前に座った新樹から会話が始まった。同時に持参している弁当箱を開けると、しつこそうな脂っこい匂いと焼き肉ソースの香ばしさがこっちにまで漂ってくる。
「テストの点数どう? 予想と違った?」
俺も弁当。コウはバイト先でもらったらしい、菓子パンを開ける。
「いきなりそれか。食事中でいろいろあれだし、あとでよくないか?」
「うーん。そうしたいのは山々なんだけど。私このあとソフト部に呼ばれてるんだよね。ほら、朝練出れなかったから」
新樹は箸でミートボールをぐるぐると回す。
「それならしゃあないか。俺はこんな感じだ」
まずは俺から今日の授業で返ってきた答案用紙を四枚見せる。
「州ってこんなに頭よかった?」
「コウ、なんか失礼だぞ、それ」
俺の回答欄を隅々まで見つめるコウ。たしかにコウには程遠い点数かもしれないが。オーラまでも『困惑』の花のアヤメみたいな青紫になるなよ。
「私はこんな感じだったよ、どう? 私にしては、かなりがんばったほうなんだよ!」
弁当とほかにもう一個小さな容器を取りだし、蓋を開ける。入っていたのは細かく刻まれたサラダだ。お肉とのバランスを取るためだろう。付属していた青じそを均一にかける。
俺もだが、夕飯の残り物を詰めた組みあわせ。白いご飯一面に、柔らかそうな牛肉が乗せられている。一枚箸で摘まんでパクッと口に放りこむ。運動部は大変だな。
「うわっ……全部、俺より点数高い」
なるほど。こりゃ自信もあったわけだ。新樹のオーラも輝きを増している。もはや自信の塊だ。
「さすが新樹ちゃんだね」
「ごくっ……。いやあぁ、どうやらコウに教えているあいだに、自分のなかにすりこまれたみたいで。それのおかげかな。なんて!」
きゃ! と可愛い声を上げて、サラダの頂点にプラスチックのフォークでひと刺し。大量のレタスを一気に口に持っていった。
「まあ、俺も毎回それが強いかな」
それで肝心のコウはというと、
「僕かい? まことに残念ながら追試は……すでに決定しました……」
膝の上から四枚の紙が出てきた。ピンだらけの赤い字。滅多にお目にかかれない点数。それをおもむろに見せる。
「やっぱり……」俺は呆れたふうに顔を手で覆った。
「何個あったの?」新樹が箸とフォークでカチカチ鳴らす。行儀悪いな。
静かに指を三本立てる。俺は「まあ」と置いて、新樹に提案した。
「またするか? 勉強会」
「私は全然いいよ、いつする?」
日程を決めようとする。そんなとき、教室の中心に集まるグループから大きく手を振って、こっちに声がかけられる。
「あっきー、ちょっと来てくれなーい?」
「なーにー」
「いいからー。見てほしいものがあるからさー」
「わかったー」
声をかけたのは、あの中のリーダー。菅野愛だ。
「ちょっと行ってくるね」
俺が「おう」と返すと新樹は席を離れ、菅野さんのところに行った。
あのグループは簡単に表すとギャルの集まり。机を四個くっつけて、ファッション雑誌を真ん中に何冊も広げて、食事中ずっと談笑で盛り上がっている。『楽しさ』があふれんばかりのひまわりのような黄色いオーラで蚊帳を作り、本当に楽しそうな雰囲気だ。
今朝言った新樹ともう一人オーラが違った女子。菅野さんはずっと元気で、あの中でも異色のパワーを見せるのが菅野さんだ。彼女の黄色い幸せオーラは楽しい気持ちで、ほかの人よりも群を抜いている。
もしあのグループの会話のネタが悪口や陰口やらなら、目も向けられない色になるし、非常に俺の目に優しいグループだ。騒がしいぐらい大目に見たくもなる。
新樹が席をはずしている時間、とくにコウとも話さず、飯を頬張っていると新樹が戻ってきた。
「おまたせー。愛ちゃんひどいんだよ。私がファッションに疎いの知ってて訊くんだからー」
「新樹はソフト一筋だからな」
「まあねえ~」
別段、気にせず呑気そうに箸を持ち直す。
「あとね。愛ちゃん昨日、読モやらない、ってスカウトされたんだってー、すごいねー」
「なんて雑誌? 僕はよく読むよ。話合わせにだけどね」
「たしか私たち向けのだったよ。名前は本屋にあるのを、見たことある程度だけど」
「なんだろう。チェックして、菅野さんが載ってたら教えてあげるよ」
「ありがと、コウ。あ、それとね。知ってた? 朝通る広場に木曜日にだけクレープ屋さんがくるの」
俺は興味なさそうに「知らない。夕方?」と話を合わせる。
「そうみたいだよ。ねえ今度買いに行かない? 私クレープ好きなんだー」
「クレープか。あんまり甘い物は食べないからな」
「僕はよく食べるよ。頭の栄養にね」
「そのわりに得意分野にしか行き渡ってないみたいだが?」
「ひどいっ!?」
コウを少しばかりからかう。朝の仕返しだ。というか痛い点を突く。そんなリアクションを見つつ、さっきの話の続きを持ちだす。
「そういや、いつ勉強会するんだ? 場所とかも決めとかないと」
「この前は私の家でしたもんね。なら次は州の家とか?」
「まあべつにいいけど。コウも異論はないよな」
「場所に文句はないよ。日程は僕、今日はバイトで遅いから明日でいいかな?」
「私も明日なら部活休みだし、ちょうどいいね」
「なら、母さんにそう伝えておく。それでいいか?」
二人とも頷く。
「じゃあ、決まりでいい――」
か、が出ず、妙な異変で身体に悪寒が迸った。
見る前から存在感が壮絶に伝わってくる。
俺は正面から菅野さんの頭上に目を移した。「な、なんだよ……あれ」視認して、背筋がゾッと凍った。口と頬がわなわな震える。風邪でも引いたのかと、勘違いするほどだ。
そうならまだいい。俺は目の当たりにする。ありえない現実が、異変が、衝動が。俺をフリーズさせた。
そう――
小さなオーラから〈腕〉みたいなものが、伸びでていたのだ。