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オーラ・コミュニケーション  作者: 友城にい
第四章 真実(うそ)から出た嘘偽(しんじつ)
39/55

4-4

「さっそくですが解森せんぱいって、色海せんぱいとつきあってるんですか?」

「な、なんで今、新樹の名前が出るんだよ……」


 動揺する俺のところに彼女は、ゆったりとした足取りで、距離をなくした。しかし、その顔は無表情のままだ。


「ほら。そういうところです。『新樹』って呼んでるじゃないですか」


 彼女の声は、抑揚のない一定したリズムで、演奏ならばブーイングの嵐だろう。それほどまでに感情が含まれていない。なら、俺に問い迫ってくる圧は、いったいなんなのだろうか。


「……べつに俺たちは、そういう関係じゃない。つか、なんで気になるんだよ」

「わたしは気になりません」


 彼女は、俺の付近まで来て、直前で左に曲がった。


「クラスでたまに名前が挙がるんですよ。お二方の名前が」


 俺は、気づかなかったが物陰に白いベンチまで用意していた。そこに彼女は腰かける。黒い傘に白いベンチに座る少女。かなり絵になっていた。


「騒々しいんですよ。『だれか訊け』って。でもこれで話題がひとつ減って助かります」

「そ、そうか。なら俺もひとつ訊きたいんだが、なんでわざわざこんな暑い屋上で観戦を。間違ってたらすまないが、ソフトを観てたんだろ。もしそうなら、普通に芝生やらに座って観ればいいんじゃないか」


 彼女と話をしながら、すでに彼女になにかしらの疑いをかけているリラが突然、俺の脳内に語りかけてきた。


(このおなごのオーラ。陰湿なものを感じる。これは――『嘘』のオーラだろうね)


 リラ、それはありえない――。俺はリラの結論を即座に否定する。無論、否定したのには、絶対的な理由と根拠があった。


(なぜそう思う。灰色のオーラ。あれはまぎれもなく、『嘘』のオーラのはずさ)


 たしかに灰色のオーラに分類されるものの中に、『嘘』は存在する。だが、あれは俺が腐るほど視た『嘘』のオーラじゃないんだ。なんていうのだろう。もっと色素が薄くて、白とどっちつかずみたいな色をしているんだ、嘘は。人生で一番視てきたオーラだ。自信がある。


(ならば、あのおなごのオーラはなんだって言うんだい?)


 俺もそこに悩んでいた。彼女のオーラは、灰色としては濃いタイプにあたる。挙げられるものとしては――


「あまりひとに言うことじゃないんですが、これは緊急事態として例外にしましょう。じつはですね――」


 黒髪を風に靡かせた彼女は、ベンチを立ち上がり、柵に指を絡ませた。


(結局、あのオーラはなんだと推測するんだい?)


 ああ、そうだったな。あれは――


「――一週間前に、こいびとと別れたんです」


 消失――。


「世には『傷心旅行』ってあるじゃないですか。でもわたしにはおかねもありませんし、それのまねごとみたいなものです。だから、大目にみてください」

「そ、そうだったのか。それは俺が無神経だったな。悪かった」


(なるほどね。恋愛の破局。それならば、お前さんのいう『消失』に合致がいくだろう)


 まあな。彼女の見せている虚無感な面持ちが、ずっと疑問だった。俺に近づいてきたときの「覇気」の変化。あれはきっと――消失の真逆――発現の原種と、信じたい。

 そんなタイミングで、グラウンドのほうから「ゲームセット」のホイッスルが聞こえる。


「あ、試合終わった。ごめん。俺、そろそろ戻るよ」

「色海せんぱいのところにですか?」

「そ、そうだよ……。あ、これよかったら使えよ。まだここにいるんだろ?」


 俺は帽子を差しだした。彼女を気遣うというのは、差し出がましいと思う。少なくとも、熱中症対策の補充と彼女の身を案じる、という意味合いだ。


「なんです? わたしのなかの解森せんぱいの印象をよくしたいのですか? ざんねんですが、それはふかのうでしょうね」

「べつにそういう意味じゃないんだが……で、帽子はいらないのか?」

「いちおう、お借りしておきます。ねんのためにですよ」


 彼女は、俺から奪うように帽子を受け取って、それを即座に黒髪の頭に被せた。


「じゃあ俺行くよ。まあ、帽子はべつに捨ててくれてもいいから」


 俺が戸を開けて身体を通し、戸を閉めようとしたとき、彼女からこんな声が聞こえた。


「解森せんぱいって、やっぱり――ヘンなひとです。だって、わたしがここにいることをはじめから知っていたようにきましたから。ふふ」


 俺は階段を駆け足で下りる。後ろをついてくるリラが不意に、


「お前さんよ。この世にはひとつとして、『本物』の存在を覆す、『偽物』はないんだよ。騙せるのは子供騙し、か。『偽物』と知ってて所持している、自己欺瞞、か。だよ」

「いったいなんのことを差してんだ?」

「さぁて。なんのことだろうね。まあ、いずれわかるよ。だって、あたいはわかっているからね」


 リラの意味のわからない、自己陶酔したような理屈を理解できる日は、そう遠くはない。

 そして今更、終了してからこみ上げてくる。

 俺は彼女に当てつけてしまったのだろうか。そう。まるで、なにかから逃げるようにして――。



     ☆



 ランチタイムを挟むと、決勝戦が行われた。決勝戦は、新樹がピッチャーをまかされたようだ。キレイなウインドミル投法で、キャッチャーミットに叩きこむ、乾いた音がここまで聞こえてくる。


 昼からはご飯も食べたこともあって、リラは木陰で終始眠っていた。俺は、タオルを頭にかけて試合終了の瞬間まで、新樹の熱闘を見守りつつ観戦した。


 戦いの火蓋が切られる試合開始のホイッスル。開始早々、新樹の投球が冴える。それに負けじと相手方のピッチャーも、これまた素晴らしい三振劇を演じた。


 新樹が抑えれば、相手方も同じように塁を踏ませない。といった投手戦が延々続く。まさに決勝戦の舞台に相応しい、バットでの快音が姿を見せず、現しているのはピッチャーの土を蹴る摩擦と、キャッチャーミットに白球が収まる爽快な捕球音だけだ。


 じつに一歩も引かない両者。執念の投球を繰り広げたのである。

 後半戦に突入すると、長打性の危ない当たりも生まれだす。だが、味方のファインプレーなどの魅せる技で観客とチームメイトを湧かせた。


 そんな戦いは、通常七回を終了しても依然として決着がつかず、とうとう延長戦にまで縺れこんだ。

 固唾を呑んで、俺はマウンドに登る新樹を見つけた。すでに肩で激しく息をする新樹。かなり消耗している様子だった。相手もまだ続投するようで、グラウンドの脇で投球練習をしている。それを新樹は見ていて、自分も踏ん張ってやる、と自分を奮い立たせているように思えた。


 ここまで投げて、今更自分だけ交代するのはなにか許せないものがあるのだろう。スポーツや、そういった物事に携わったことが一切ない俺に、気持ちは到底わかり知れない。


 たったひとつだけ、俺が言えることがあるとすれば、それは――


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